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第2話 みんなでしあわせになろう


 がばっと身体を起こす。


「夢……?」


 呟いた自分の声はずいぶんと若い。

 ベッドから飛び降りて姿見へと向かう。部屋は間違いなく見慣れた私の部屋だ。


「この姿は……十六、七かな……。若いな」


 鏡に映った自分に語りかける。


 蜂蜜色の髪。青緑の瞳。初陣を終えたばかりの顔にはまだ幼さがあった。

 あと、だいぶ生意気そうだ。


 騎士になるのだという願いをごり押しして、武技でも魔法でも誰にも後れを取らぬと豪語していた時代だから。

 いまにして思えば、とんだ井の中の蛙なのだが。


「朝から鏡に向かって悦に入る我が主君よ。朝食の支度がととのいましてございます」

「のわ!? アンジュ!?」


 いきなり声をかけてきたのは侍従武官のトリアンジュ。どうして私の寝室にいるのかといえば、もちろん護衛を兼ねているからだ。


 ドアの外に待機している、などというカタチばかりの護衛ではなく、彼女のベッドもこの部屋にある。

 そこで剣を抱いて眠るのだ。


「護衛が控えていることを忘れて自らの美しさに見とれる我が主君よ。ご満足いただけたならお召し物を」


 黒っぽい髪と同じ色の瞳。

 いつも皮肉っぽい笑みを浮かべている白い顔。

 本当に、生まれたときから一緒にいるトリアンジュだ。本当に!


「アンジュ!」


 矢も楯もたまらず、彼女にかけよって抱きしめる。


「よかった! 生きてる! いきてるよぉ……!」

「裸のまま奇声とともに抱きついてくる我が主君よ。とっとと服を着て朝飯を食え」


 困ったような口調だが、とうとう敬語まで投げ捨てたぞ。この乳姉妹は。


「本当に変わらない。アンジュ……」

「妄言を繰り返しながら私の髪をなでる我が主君よ。昨日の今日で何が変わるというのですか」


 私を引き剥がし、トリアンジュは衣類を押しつけてきた。

 本当にとっとと着ないと、子供みたいに着せられてしまいそう。


 それにしても、昨日の今日か。

 トリアンジュにとっては昨夜寝てから今朝目が覚めるまで、とくに何もなかった普通の日常だろう。


 しかし私にとっては違う。


 戻ってきたのだ。

 あの地獄のような未来から。


 ドレスではなく騎士の官服を身にまとい、襟のボタンと一緒に気持ちを締める。


「アンジュ。大事な話があるの。食事のまえにきいてくれる?」


 応接セットに腰掛け、真剣な表情でトリアンジュに手招きした。


「御意にて」


 さすがに軽口をやめて対面に座る。


「これから話すことはとても荒唐無稽で、にわかには信じられないかもしれない」


 言い置いて、私は「これから起きること」を話し始めた。





「それでは、まずは来年嫁いでくる帝国の姫君を保護するところから始めましょう」


 ひとしきり説明を聞き終えたトリアンジュが腕を組んで言った。

 私の言葉を石ころ一粒ほども疑っていない表情で。


「……信じてくれるんだ?」

「我が主君よ。私はあなたとともに歩くと決めてここにいるのです。友の言葉を疑うならば、それは友ではなく単なる同僚や部下というべきでしょう」


「そうだったわね。腹心の友よ」


 ぐっと伸ばした私の右拳に、トリアンジュが自分のそれをぶつけた。


 親友の役割とは、間違っているときに、それでも味方になること。

 正しいときなら誰だって味方になってくれるから。


 だから、たとえば私はトリアンジュが間違った発言をしても、まずは味方する。

 したり顔で彼女の間違いを指摘するような連中を、まずは叩きのめす。


 その後で、時間をかけて何が間違っていたのか理解してもらうのだ。

 指摘なんて、上司でも同僚でも部下でもできるからね。


 友人の仕事は、そんなことじゃなくて信じることだと思う。


 裏切られたらどうするかって? そもそも裏切る可能性がある時点で、友情なんて結べるわけがない。


「ただね。私はもうリシャールのために生きるつもりはないのよ。アンジュ」

「はい、我が主君。ご自身のためにお生きください」


「ううん? 私が二回目の命をもらえたのは、アンジュをはじめとしたみんなのおかげ。だから、みんなのために生きるよ」

「そのみんなに我が主君も含まれているのなら、私は喜んでおともいたしますよ」


 ここが妥協点だと言わんばかりのトリアンジュ。

 まあ、私だってことさらに不幸になりたいわけじゃないからね。

 みんなで幸せになりましょうか。


「ただ、キサラ姫を保護するだけでアンリウが侵攻を諦めるとも思えないのよね」

「というと?」


「アンリウ帝国がリシャール王国に侵攻する目的ってやつよ」

「姫を自殺に追い込まれた怨恨ですよね?」


 トリアンジュが首をかしげる。

 それはもちろん理由のひとつだろう。

 しかし同時に、そのためだけに戦争を起こす国はないということだ。


「開戦の口実にはなるけどね」


 戦争には必ず戦略目的というものがある。

 領土を広げたいとか、権益がほしいとか、資源を奪いたいとか、あるいはその全部とか。


「つまり姫を保護した場合は武力を使った侵攻ではなく、外交による侵略があるということでしょうか」

「正解」


 相変わらずトリアンジュは鋭い。

 おそらく、キサラ姫の婚姻の目的は、リシャールを内側から切り崩すためのものだと思う。


「ですが、だとしたら死後四年で侵攻って早すぎませんか? 我が主君」

「そうね」


 私はテーブルに両肘を付き、指を組んだ。



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汚い、さすが帝国、さす帝ナブル。
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