第1話 やりなおし
勝てると思っていた。
あるいは勝てないまでも、撃退はできるだろうと考えていた。
王家の皆が。
だからアンリウ帝国から嫁いできた姫君を冷遇し、いじめ、自殺に追い込むという愚行をやってのけたのだろう。
怒った帝国が侵攻してきたときも、シルヴィアがいるから大丈夫だと謎の自信を持っていたようである。
大丈夫なわけはない。
彼らは、私が軍隊の湧き出す魔法の壺でも持っているとでも思っていたのかもしれないが、いざ蓋を開けてみれば、戦力差は五対一。
小手先の戦術でどうにかなるようなレベルのものではなかった。
もちろん気合や根性でひっくり返せるものでもない。
我がリシャール王国軍は連敗につぐ連敗で、開戦から二年で全面降伏に至った。
城下の盟というやつで、かなり屈辱的な講和条約が結ばれたらしい。
そのころ帝国軍の捕虜となっていた私が、その内容を知ることはなかったが。
降伏の後、私は帝国で処刑されることなく捕虜交換で王国に戻されたが、それは命日を少しばかり延ばしただけのことだった。
王家のため、国民のため、絶望的な戦いを繰り広げたはずの私たち王国軍は、まとめて国賊ということにされていたのである。
主戦論は私の口から出たもので、アンリウの姫を自殺に追い込んだのも私らしい。
ようするに犠牲の羊だ。
失政と敗戦の責任をすべて私と王国軍の生き残りに背負わせようということなのだろう。
祖国に戻った私たちを待っていたのはねぎらいの言葉ではなく、罵声と蔑みの言葉だった。
私の側近たちは帰国と同時に殺され、私は牢獄に繋がれる。
そして十日あまり、自白を強要するための拷問がおこなわれて、獄卒たちに陵辱された。
そして、すべては私のたくらみであったと自白させられる。
まあ自白しなかったら、したことにされただけだろう。
私は裸に裸足で刑場まで歩かされ、民衆からゴミを投げつけられ唾を吐きかけられながら処刑台にあがる。
処刑人の斧が、私の最後に見た光景だった。
「そして君はここにきた。リトルリシャール。姫将軍シルヴィアよ」
何もない白い空間にただひとつぽつんと置かれた椅子に座した男が口を開く。
貴族のような服装だが、リシャール王国のものでもアンリウ帝国のものでもない。
もっと実用的で機能的な服に見える。
「ここが裁定の門なのでしょうか。お伽噺で描かれる雰囲気とは少し違いますが」
そもそも、天国に通じる門も地獄に通じる門も見えない。
裁定の神だって、こういう実務的な文官っていうのはちょっとイメージと違う。
「自分が死んだことより、そちらを気にするのか」
「さすがにあの状態から助かる方法があるとは思いません」
首を振る。
と思ったが、私には肉体がないようだった。
視線を巡らしても、手も足も身体も見えない。鏡があればどういう姿なのか判るだろが、ここには男性が座っている椅子しかない。
「結論からいえば、ここは裁定の門ではない。そもそもそんなものは存在しないんだ。人間たちの想像の産物だね」
「では、この状態はなんなのでしょう? あなたも神ではないということなのでしょうか?」
「二つめの質問の答え。私は神ではなく監察官という存在だが、君たちに理解しやすい言葉でいうと悪魔が近いかもしれない。願いを叶えるという意味においてね」
「……何と引き換えに?」
「理解がはやくて助かるよ、リトルリシャール。これが一つめの質問の答えとなる」
生真面目な顔で一度言葉を切る。
「死に際の願いというのは大変に強い力を持っていてね。場合によっては世界そのものに影響を及ぼすこともあるんだ。ましてそれが「シルヴィア様だけでも助けてください」という他人の生を願うもので、しかも一万以上の数に上れば、さすがに対策を講じないわけにはいかない」
言っていることが難しくて完全に理解できたわけではないが、一万人以上が私の生を願ったということだろうか。
自分が死ぬときに?
「君は部下たちに愛されていたのだね。数人というのは例があるし、その程度なら気にもしないのだが、一万超えとなるとね」
苦笑の気配だ。
いや、そこはどうでも良い。
部下たちが、私が生きることを願ってくれたのか?
誰も助けられなかった、こんな無能な上官を。
「リット……モリースト……トリアンジュ……ミハイル……みんな……」
もし手があるなら、私は顔を覆って泣いていただろう。
子供のように大声をあげて。
願うなら自分が死にたくないと願いなよ。
死しんでいくみんなに心配をかけるなんて、私はダメ上司すぎだろう……。
「しかし彼らの願いは叶わない。死んだ人間を生き返らせる権限がないのでね」
たぶんそれは悪魔にもできないことなのだろうな。
私は小さく頷いた。
「なので、君の意識だけを過去に送る。私にできることはそれだけだ」
「過去に……」
それは、やりなおしができるということだろうか。
「もう一度同じように生きるのか、それとも違う道を選択するのか、それは君次第だよ。リトルリシャール」
「……その名では、もう呼ばれたくあませんね」
|リシャール王国の小さき姫。それは嫁がず国に残った姫に対する尊称だから。もう国のために生きるのはこりごりだ。
国のためではなく、死に際にまで私のことを案じてくれた、彼らに報いる道を歩もう。
次の人生では。
「では姫将軍シルヴィアだな。良い旅を」
すべて判ったような顔で、にっこりと監察官が笑った。
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