5
昨晩はあまり眠れなかった。
昨晩どころか最近はうまく眠れないことのほうが多い。はじめは入会したてで緊張しているからだと思っていたが、そんなものではない。きっとこれは鬱だと思う。周囲との感覚のずれや、自分を理解してもらえないことがストレスになっているのだ。もっとシンプルに言えば、毎日狂気にさらされている。こちらもおかしくなってしまうに決まっているじゃないか。
朝の5時ごろにははっきりと目が覚めていた。そういえば最近は日光を浴びていないと思った。浴びたとしても朝礼の時にアリーナに入り込む日差しだけだった。きっと元気がないのは日光が不足しているからだ!と無理やり納得させ、多少の日光を浴びるべくアリーナへ向かった。
アリーナの前に到着すると、中から何か物音がしたため、誰かが中にいることがわかった。
中には樋口がいた。
「樋口さん。おはようございます。何してるんですかこんな朝早くから。」
「ちょっと運動をしたくて。体がなまっちゃ困るからね。あんたこそどうしたんだよ。」
「運動ですか。よくやりますね、そんなこと。俺はですね、日光を浴びに来たんです。」
「日光?」
「はい。」
「今、5時だよ。」
「え?」
「太陽さんはまだ上がってこないかなぁ。」
「あぁ…。そうだ。」
「そんなに悲しがるなって。俺があんたの太陽になってやるからよ。ところでなんでそんなに不幸せそうなんだ?ここの会員にしては珍しいな。」
「樋口さん、俺、正直に言うとあんまりここの雰囲気得意じゃなくて。今日もちょっと鬱っぽいなと思って、日光を浴びに来たんです。」
「えー、そうなの。なんだ昼間はあんなに幸せそうにしてたのにね。」
「あんたがそうしろっていったからなぁ!」
「あー、そういえばそんなこと言ってたなー。ごめんって。」
「そうだ、元はと言えばあんたが幸せそうなふりをしろとか運命がどうとか言ってたのが悪いんじゃねえか。コンチキショー。」
「だからごめんって。」
「ヘラヘラすんな。なにがおもしろいんだよ。」
「いやいや、ほら、ここにいるとマジ切れしてくる人なんていないからさ。」
「いやそんなことないでしょ、初日に騒いでたら怒られたし。」
「あれは薬がきれてたんだろうなぁー。」
「薬?」
「うん、毎朝吸ってるやつ。」
「あれはあやしい薬じゃないって言ってなかった?」
「いや、あれは怪しい薬だよ?」
「…」
「俺、あんたが気に入ったよ。」
「へ?」
「あんた、初日吸入薬使っても洗脳にかからなかったよな。あれさ、二日くらいなら結構かからないこともあるんだよね。でもさ、3日目くらいから、精神的につらくなったりしてさ、結局洗脳されてしまうんだよね。でもあんたは違った。正直さ、俺あんたも3日目くらいには洗脳されて空っぽの幸福者になっちゃうかと思ってたよ。」
「なんだ、え、意味わかんねぇ。でもさ、じゃあどうして樋口さんは洗脳されないの?」
「俺?俺はねぇ。」
「うん。」
「実は俺、諜報員なんだ。」
「諜報員?」
「そう、スパイってやつさ。今回の任務はここに入会して、この会の実態と使ってる薬物について調査をすることが目的なんだよ。」
「なんだか信じられない。」
「いやー、それが本当なのよ。でもね、そろそろ調査も終わるから、あとは何とかしてここを脱出するだけさ。」
「脱出?」
「ああ、そうだよ。」
「ここから出るの?樋口さん、頼むよ。俺も一緒に脱出させてくれよ。」
「もちろんいいぜ、さっき言ったけどさ、俺、あんたが気に入ったんだ。年も近いしな。」
「ありがとう樋口さん。俺、どうしたらいい。早くここを出たいんだ。」
「あせるなよ。まだしばらくは無理だ。とりあえず今も俺いろいろ忙しいからさ、また今晩にでも話そう。今晩俺の部屋に来なよ。」