語り口
なぜ私はひとつの語り口しか持てないのであろうか。語り口が分裂できたならばどんなに良かったことか。ひとつはふたつに。ふたつはよっつに。四つの切り口。口がいくら増えようが頭が増えなきゃ意味がない。ならば四つの頭に四つの口。頭がいくら増えようが聞く耳持たぬならしょうがない。ならば四つの頭に四つの口、四つの耳。どこまで行こうが結局同じこと。何を言おうと、いつ言おうと、どのように言おうと誰かの口を介して出てくるだけなのだ。ないものねだり。数打ちゃ当たる? それもそうか。当たりが出るまで引く。そうすれば必ず当たる。しかし、どうしてそれが当たりだと分かる? あちらで呼んでいる? どうしてそれが、それだけが特別だと分かるのだ? 当たったことに気づきすらしないのに? ひとつとふたつの違いも分かりやしないのに?
語ることは騙らせること。吸収。同化。偽装。虚仮。模倣。異物はずっと残る。これが私の口ぶりなのか? どんどん大きくなる。あの川よりもあの氷河よりも。外部を植民地化したと思ったら、まさか内部から植民地化されるとは。皮肉なものだ。分裂。取り込むことは刻むこと。退却。退却に次ぐ退却。私ではないものは全て退けてしまえ。ひとつは半分に。半分は4分の1に。残渣はもれなく鳥の餌。何が残る? 無論何も残らない。
だからここに旗を掲げよう。風にたなびく小さな旗を。誰の記憶にも残らないような小さな小さな旗を。