戦後処理(1)
冒険者パーティ風浪の牙を壊滅させた直人は現在唯一の生き残りである女冒険者、レーナの処遇についてレイシスと話し合っていた。
「さて、と――それでこれ、どうするよ。もう殺した方があと腐れないような気がするが……」
レーナの顎を持ち上げ顔を覗き込む直人。
顔は一言で言えば美人、体型も冒険者という仕事柄かよく引き締まっている。
そんな彼女の瞳の色は黒く濁り、光を一切映していない。
これはスキルの影響によるものなのだろうがなぜこうなっているのかスキル感情鑑定でも詳細はわからないでいる。
「そんな勿体ないことしちゃダメに決まっているでしょ!!」
頬を膨らませながらプンプンと直人の顔の周りで怒るレイシス、顔の周りを飛び回るハエのごとくうざったらしいので手で払い除けながら直人はレイシスになぜ殺していけないのかを聞いてみる。
「それはですね―――彼女は孕み袋として使えるじゃないですか!!!」
静かに拳を振り上げてレイシスの頭上へと拳を振り下ろす直人、拳はストンとレイシスの頭上を綺麗に打ち抜き彼女は硬い地面へと叩きつけられる。
「イッ……タアアァァァ――――イッ!!!!!痛い!痛いです!直人様!どうしていつもいつも殴るんですか!頭が馬鹿になったら責任とってくれるんですよね!?」
「頭ピンクのお前は馬鹿になるくらいがちょうどいいだろ」
「ひっどいじゃないですか!!」
ポカポカと肩を殴るレイシスを横目に見ながら直人はある疑問が浮かび上がる。
ちょっと待て……俺はなんでこうも普通でいられているんだ?
人を二人も殺した―――――
確かにあの時は普通ではなかった。こちらが殺さなければ死んでいたのは自分だろう、だから死なないために殺した。
ただ今は命の危機を感じていないにもかかわらず彼女を殺した方がいいと日本に居た時には考えなかったようなことを考えている。
俺はどちらかと言えば極力虫であっても命は奪わないように生きてきた。殺すとしても蚊などのこちらに危害を加えてくるような生物は殺していたが蜘蛛やゴキブリの類であれば外に逃がしていた。
そんな俺が、俺の心が無感情にただ殺せと心の奥底で叫んでいる。
それに俺はこんな簡単に暴力を振る性格だったか?しかもうざったらしとはいえ女性に……?
何かがおかしい、何かが欠けているような感じがする。
悶々とする直人の頭の中にこちらに来る前にも聞いたあのノイズのような音が響き渡り再び頭痛が襲う。
「―――ぅぐッ……!!」
頭痛は一定間隔で強い痛みが襲ってくるが痛みよりも砂嵐のごとく頭の中で響き続けるノイズのせいで頭がおかしくなりそうだ。
「大丈夫ですか、直人様!?」
頭痛に苦しむ直人を心配しレイシスが近づいてくる、彼女が直人の頬に触れるとあれほどまでに苦しかった痛みもうるさかったノイズもス―と引いていく。
「良かったです。痛みは引いたようですね!」
直人の頬に触れながら彼女はニカッと笑って見せる。
痛みが引いたことによってやっとぐちゃぐちゃだった頭の中が靄が晴れたかのようにすっきりする。そのおかげでレイシスに対しての疑惑がはっきりとした。
「レイシス、一つ聞きたい……」
「はい何でしょう?」
「……お前、俺の脳みそを弄ったか?」
「……」
ただの直感、ただこれまでのことを考えればつじつまが合う。
直人がそう問いかけるとレイシスの目がスッと据わる。
その瞳はどこまでも深くそしてどこまでも暗い、心の奥底まで見透かされているような言いようのない恐怖が直人を襲う。
「―――ッ!!」
身構える事すらできずただその場で息をのむ。
直人の頬から冷や汗がツーと一滴垂れ落ちるほんの数秒の時間が何時間にも感じられるほどの体感に終止符を打ったのはレイシスだった。
「はいっ!―――っと険悪ムードは終わりです!」
彼女がパンッ!と両手を打ち付ける音でハッと我に返った直人はレイシスをもう一度見る。
彼女はといえばいつものようにニコニコと笑いながらこちらを眺めている。
気のせい、だったのか?そう考えてしまうほどに彼女は先ほどの態度とは全く違う雰囲気を醸し出していた。
「さて直人様、先ほどの質問の答えですが……お答えしても?」
「――え?……あ、ああ」
空気の変わりようにあっけらかんとしてしまいつい返事にどもってしまう。
彼女はそれに対して特に気にする素振りは見せずただ淡々と話し始めた。
「それでですね、先ほどの直人様の疑問なのですが私の答えはYESです」
「……」
想像していた回答があっさりと返ってきてしまい回答に困っていると慌てたようにレイシスは補足説明を加え始めた。
「あ、えっと違うんですよ!まあ捉えようによってはYESというだけで実際に脳みそを弄ったわけではないんです!えっとですね、薄々わかっているとは思いますが説明しますね。私が弄ったのは直人様のSAN値の部分です」
「SAN値?」
SAN値、それはテーブル・ロール・プレイング・ゲーム通称TRPGと呼ばれる卓上で遊ぶボートゲームの設定の一部で使われている数値だ。
主に精神力の数値を現しており、直人の制作したゲームでもSAN値を使ったシステムを導入している。
「はい、私はここに直人様を呼ぶ際に肉体はゴブリンのものとして呼ぶつもりだったとお話したじゃないですか」
「ああ、そうだな」
「その時にステータスも弄れるところはいろいろと弄っていたんです。SAN値部分を弄ったというのはその時ですね」
「なるほど?」
レイシスはいつの間にか丸眼鏡を装備しており、眼鏡の位置が少しずれていることに気づくと「ちょっと待ってくださいね」と一言告げて眼鏡の位置を調節し、終えると話を再開し始める。
「直人様も気になっていると思う所、私が何をどう弄ったのかを説明すると簡単に言えば私は直人様のSAN値を消しました」
「はあ?」
SAN値を消す、その意味が理解できずに首を傾げているとレイシスが補足説明をしてくれる。
「直人様はSAN値についてはご存知ですよね?」
「ん?ああ、まあな。俺の作ったゲームにも導入している設定なわけだし」
「はい、そしてこの世界も直人様の作ったゲーム、ゴブリンの王国を元に作っているわけでしてもちろんSAN値も存在しています。そしてSAN値なんですがこれがどのような行動で減少するのか、またなくなったりした場合も直人様は知っていますよね?」
それはもちろん知っている。
ゲーム内設定では捕虜化した女性には必ずSAN値が存在し、SAN値が下がれば様々なバットステータス、デバフに罹ったり、SAN値が無くなれば捕虜となった者たちは――――
「―――死ぬ」
「はいそうです。SAN値とは精神力、つまり心が大きく揺れるようなことを目撃、または行えばSAN値は減っていきます。直人様をゴブリンとしてお呼びする以上今回のような人との争い、そして命を奪う行為を行うでしょう。それなのに相手を傷つけるだけでSAN値を減らしていれば命がいくつあっても足りなくないですか?」
「まあ確かにそうだな」
「そうでしょ!?だからとりあえずSAN値は消すべきだと思ったのでSAN値を消したわけで―――その弊害で性格だったりが変わってしまうかもしれませんが地球の方に戻れば元に戻ると思うのでどうか―――……!」
人を殺すことに対して何も感じない、これは人として踏み外してはいけないラインなような気がする。
この感覚に慣れてしまえば例え元の世界に戻れたとしてもいつも通りの生活には戻れない、そんな気がしてならない。
―――けど、今はそんなことどうでもいい。
この世界に来たのは妹の綾香の病気をなんとかするためだった。そして俺は綾香のためなら世界すら敵に回すつもりでこの世界にやってきた。なら俺自身のことは些細な問題だ。
もし性格まで変わってしまったとしてもその時はその時だ。
「わかった……綾香のためだしな、綾香を助けられるなら例え俺がどうなろうとかまわない」
「直人様!!」
なんだかレイシスの話に乗せられた感は否めないが覚悟はとうに決まっていた。それを思い出しただけだ。
「さすが直人様です!そう言ってくれると信じていました!でもやはり羨ましいですね、綾香様が……直人様にこれほどまでに思われているなんて私少しジェラシーです」
「はいはい。それよりも確認したいことがあるんだがいいか?」
「ハイなんでしょう?」
「一応聞いておこうと思ってな、SAN値がないとどんな影響があるんだ?」
そう聞くとレイシスはまたどこからともなくホワイトボードを取り出すと魔法で文字や絵を浮かべながら説明をし始める。
「そうですね~まずメリットから説明しますと精神攻撃系だったりの攻撃に対してほぼ完全な耐性が付きます」
「精神攻撃系?」
「はい!相手の心を殺す魔法だったりですね。直人様のゲームの中にあった魂の侵食なんかが該当するでしょうか?あとは傀儡化の魔法や幻術だったりの類にも耐性が付きますね」
なるほど、精神に干渉するタイプの魔法に対して耐性が付くのか。精神に対して干渉してくるような魔法は発動されれば最後防ぐ手立てが皆無と言っていいだろう。その魔法に対してある程度の耐性が付くのであればとてつもないアドバンテージになる。
「あとはそうですね~、これはメリットともデメリットとも捉えられるとは思いますが恐怖心だったり罪悪感、ストレス、不快感といった感情を抱かなくなります。直人様は先ほどご自身で体験されたのでわかっているとは思いますがこれは人を殺しても何も感じなくなります。ですのでこれを経験し続ければ精神面の性格だったりが変わってしまうデメリットになりますがその反面、常に冷静な思考で活動することができるんです」
「なるほど」
デメリットはやっぱりさっき聞いた内容だった。ただ捉えようによってはレイシスの言うようにメリットしても十分捉えられる。
「とりあえずはわかった。それぐらいならデメリットとは呼べないしとりあえずはこのまま活動するよ」
「ありがとうございます、直人様!」
「さてとじゃあ改めてこれからの活動方針について聞いてもいいか?」
聞くとレイシスは椅子から飛び降りガチャ台の中央に立って見せる。
「はい!っとその前に直人様朗報です!」
「朗報?」
「はい!このたびの戦闘によって狙いどお――……ゲフンゲフン、偶然の産物により直人様のレベルが上がりました!」
もしかしてこいつ、わざとさっきの冒険者を招き入れたんじゃないだろうな?
こちらが訝しむと聞いてもいないのに言い訳を言い始めた。
「い、いえ違うんですよ!まさかあんなに強い冒険者が来るなんて私にも予想外だったんですよ!確かによく確認もせずに近くにいた人間を誘導したのは失敗でしたがおかげでレベルも上がりましたし―――……」
うんたらかんたらと言い訳をし続けるレイシスの言葉を適当に聞き流しながらも気になった単語をステータス画面を見ながら確認する。
「レベルが上がったってのはどういうことなんだ?俺のステータス欄にはレベルの概念はなかったはずだが……」
「――――であるわけでですから―――……え?あ、それはですね、この世界には存在レベルというこの世界独自のレベルシステムがあるんです」
「存在レベル?」
「簡単に説明しますと―――……」
レイシスの話を要約するとこうだ。
存在レベルとはこの世界に存在するごく一部の生命体が持っている特殊なシステムらしく通常のレベルとは異なりレベルが上がってもステータスが上昇したりはしない代わりに上がった場合様々な特典が手に入るらしい。
存在レベルを上げる方法はまちまちらしいが共通して言える方法が世界に自分自身の存在を刻み付ける出来事が行われた時にレベルが上がるらしい。
今回の場合はB級冒険者パーティを壊滅させたためレベルが上がったらしい。
「つまり俺の場合は人を殺せばその存在レベルっていうのは上がるのか?」
「えっとあながち間違いではありませんが例えば他種族の村や町を占領したり後は―――王国を築いたりすることでも上がりますね!」
「王国を築く、か」
国を築くこと、これは直人が作ったゲーム、ゴブリンの王国の最終目標でもある。
つまりそれをわかった上での発言だろう。
「まあ実際効率的なレベル上げでおススメなのはやはり建国ってだけでどうするかはお任せします。ただこのレベルを上げることは綾香様の治療薬獲得に大きく貢献するということは教えておきますね」
「……とりあえずはわかった。それで?話が脱線したが結局レベルが上がって手に入れたものってなんなんだ?」
「あ!そうでした!聞いて驚いてください!なんとユニークスキル《ダンジョン生成》を獲得したんです!」
「ダンジョン生成……?」