進軍(3)
侵攻を開始した直人がまず最初に狙ったのは物見やぐらの上にいる人間だった。
ゴブリンアーチャーに指示を出し各箇所にいる人間を狙って攻撃をしたが死んだのは一人だけ、開幕の狼煙にしてはいささか弱くなってしまった。
「どうしましょうか直人様、村人たちに侵攻が気づかれてしまいましたが……」
「まあ仕方がない、マジシャンの支援があったとはいえ遠距離射撃だったからな、むしろ一人仕留められただけ上出来だ。それにやつら迎撃ではなく避難指示を優先させたみたいだからな、安全に第二陣の攻撃を始められる」
直人の発言通りフォルダ村の住民は物見やぐらの人間も含めこちらの存在に気づいていながら攻撃を仕掛けてこないでいる。
そのおかげもあり障害物のない平原を走っているゴブリンたちは一切の死傷者を出さずに門前まで接近することに成功した。
「はあ~人間も馬鹿ですね~~こんっな強い立地に村を築きながらそのアドバンテージを捨てるなんて!直人様が用意していたいくつかの策もあまり使わなくてもよろしそうですね!」
「まあ仕方ないさ、ゴブリンマジシャンや別個で分けていた少数のゴブリンに火炎瓶なりで村に火を放たせたからな。ああいう強固な守りは内側から崩すに限る」
村の中からは住民と思しき悲鳴といたるところから煙が上がりその悲惨さを物語っている。
「このありさまでしたら放置していても勝手に門を開けて逃げ出そうとする人たちが出てきたんじゃないですか?あんなものまで用意しなくてもよかったんじゃ……?」
レイシスの言ったあんなものとは門前にいるゴブリンたちが持つ一つの兵器、破城槌だ。
対城兵器として知られる昔の武器で先の尖った先端部分を勢いをつけて城門や城壁などに向かって打ち付けることで門を破壊し突破することを目的とした攻城兵器だ。
「念には念をだ。それに時間を置いて不利になるのはこちらだからな」
「え?それはどういう……」
「悲鳴も聞こえてくるがそれと同じくらい避難指示だったり消火活動を始めている声も聞こえてくる。時間を与えれば与えるだけ相手に立て直すための時間を与えてしまう。それにもうじき武装準備だったりも整うだろうしな」
その言葉を聞いてレイシスは高く飛んで村内の様子を眺めている。
するとそこまで時間も経っていないのに急いで降りてきて捲し立てるように話し始めた。
「た、たいへんです!直人様の言っていた通り大扉前に武装した兵隊が揃いつつあります!」
「慌てるな、計画通りだ」
「え?」
『大扉門前にいる破城槌を持っていないゴブリンたちに告ぐ、各自に渡した魔法瓶を村に投げ込め』
ギギッ!というゴブリンたちの返事と共に空いた扉の隙間や扉を乗り越えて瓶を投げ入れる。
投げ入れられた瞬間村人たちの悲鳴が聞こえてくる。
「あ、あれは何を投げ入れているんですか?」
「ん?ああここに来る前に冒険者の女に作らせた魔術瓶だ。割れた瞬間中に内包された魔力が爆破、辺り一帯に様々なデバフ空間を生成するっていうまあ一種の爆弾だな」
「そ、そんなものまで用意していたんですね!」
「使えるモノは何でも使わないと生き残れないからな。……―――と、そろそろ大扉が崩れるみたいだな、レイシス、俺たちもそろそろ向かおうか」
「了解です!!」
二人は腰をあげると崩れつつある北門の大扉に向かって歩き始めた。
一方そのころの村の様子はと言えば変わらず地獄のありさまだった。
消火する人数が足らず燃え広がり続ける火の手、親とはぐれたのか一人で泣く子供、我先にと火の手の広がっていない中央へと向かう村人、避難訓練など無意味だったと言わんばかりに無慈悲な現実を突きつけられている。
さらにこの混乱した状況に拍車をかけているのが外にいる魔物の対処のために門前に集まった冒険者やこの村を守っていた衛兵が突然投げ込まれた瓶によって瀕死の重傷を負ってしまったせいだ。
「ヒーラーの方は重傷を負った冒険者や衛兵の治療を!動ける方は侵入してくる魔物の対処をお願いします!」
下に降りてきたマクスが指示を飛ばす。
平時であればマクスはこのような指示を飛ばす係ではないのだがそれを担うはずだったB級冒険者、風浪の牙がおらずまた衛兵長の友人やC級冒険者の方達は今目の前で重傷を負って倒れているため必然的にマクスがその係を請け負うしかなかった。
少し離れて待機していた魔法士などの支援班がマクスの指示で急いで倒れている冒険者たちの治療を開始する。
動けるものは武器を取り、魔法使いたちが支援魔法をかける。
出鼻を挫かれたため必要最低限の準備しかできなかったがなんとか態勢を整え準備を済ませた瞬間ついに大扉の耐久力が限界を迎えた。
「せ、戦闘準備!!」
「ギェ、ギェ、ギェ」
「ギギッ!」
門が壊れた瞬間わらわらと侵入してくる魔物たち、顔を除けば体格は人間に近く各々が人間のように武器を携えている。ただあの生理的に受け付けない不気味な顔は我々と同じであることを真っ向から否定している、まさに新種の魔物であるのは明らかだ。
「総員、攻撃開始!!」
「「おおおっ!!」」
倒れている者たちを後ろへ避難させている時間はなかったため重傷者を守りながらの戦いを強いられるフォルダ村一行の冒険者たち。
それはゴブリンたちも理解しているらしく優先的に怪我人に狙いを定めている。
それには村人たちも気づいているらしく怪我人を狙わせないように指示を出す。
「奴らの狙いは怪我人です!彼らの前に!絶対に奴らを近づけてはいけません!!」
「ギギッ!ギゲェ!!!」
そうしてゴブリンと村人との戦いが始まった。
ナイフなどの武器を持っているとはいえ戦闘センスは素人同然、長年戦い続けてきた冒険者や衛兵にとってゴブリンの相手は容易だった。
「ギギッ……」
「マクスさん、こいつら思ったより弱いですよ!」
「ええ、ですが油断しないでください!弱くても数は向こうの方が上、それに皆さんも見たでしょ、この門を壊す武器や、門前に集まっていた先輩方が謎の攻撃で倒れる所を!この魔物は人間のように知恵を持っています!絶対に油断しないように!!」
「は、はい!」
そうして彼らは次々に迫りくるゴブリンたちを倒し続けて約二十分が経った。最初こそは順調だった、一体一体は確かに弱く対処も簡単だったためだ。
ただ死を、傷つくことを恐れず、休むことなく攻め続けるその姿に徐々に村人たちの中に恐怖する者たちが現れた。
そしてさらには休むことなく戦い続けたため疲労や傷が蓄積されていく、治癒士は重傷者の回復で手一杯、魔法士は魔力がどんどん枯渇している現状、これ以上攻められ続ければ削りきられる、そう確信した時だった。
「グォオオオオォォォッ!!!!!」
絶望が現れた。
真っ赤な巨体に人間離れした筋肉、その巨体に似合った大きさの棍棒に人間の体など簡単に嚙み千切れそうなほどの大きな牙を持った怪物がそこにはいた。それも四体も……。
「あぁ……無理だ」
「な、なんで今あんなのが出てくるんだよ……」
「もうおしまいだ……」
疲れ切った村人たちにとってそれは絶望以外の何でもなかった。そして絶望とは伝染するものだ。
それを見た者は音を上げて、ある者は頭を抱えて膝をつき、そしてほとんどの人々が武器を捨て我先にと避難民がいる方へと走り出す。
「「うわぁあああぁぁぁぁ!!!」」
「ま、待て!待ってくれ!お前たちが逃げたら後ろの人たちは誰が守るんだ!」
マクスが声を荒げて呼び止めようとするが魔物への恐怖の方が勝り聞く耳を持とうとしない。
ただでさえジリ貧だったのに巨大な魔物たち相手に半減した戦力と士気ではもうこれ以上この場所を守り通すことは不可能に近かった。
「くそっ!ここには怪我人もいるというのに、いったいどうすれば……!」
「あ、あの!あ、あれってトロール、いえオーガでしょうか?で、でしたら魔法、そう!雷系統か火の魔法で倒せないでしょうか!?」
一人の剣士がマクスにしがみつく。
その話を聞いてマクスは後ろにいる魔法士たちに目を向ける。
魔法士たちはといえば前線が崩壊するのを見るや否や我先にと一目瞭然にその場を後にしていた。治療を止められたためか重傷者の呻き声が聞こえてくるがその者たちを癒すものはもういなくなっていた。
唯一残った魔法が使える冒険者も魔力ポーションを飲み干しており魔法が使えてもあと一回が限界だと告げていた。
「……後退、しましょう」
「へ?」
マクスにしがみついていた剣士がよほど予想していなかった言葉を聞いたのか素っ頓狂な声をあげる。
「ですから後退しましょうと言っているのです!幸いなのかはわかりませんがあの巨人が現れてから魔物の攻撃が止みました。なぜかこちらの様子を窺うだけで攻撃してこない。であれば今が好機です、やりたくはなかったのですが仕方がありません。怪我人は置いて避難民がいる中央広場まで後退しましょう!」
「しょ、正気ですか!?た、隊長たちを置いていくなんてそんなことをすれば隊長たちは……!」
「死ぬ、でしょうね。ですが仕方ありません。我々がここで死ねば奥にいる避難民が逃げる事すらできず魔物に蹂躙されてしまいます!せめて一人でも多く住民を逃がすことが我々の役目でしょう!!」
非道な行いをしようとしているのは理解している。正直見捨てるなんてことできるはずもなかった。倒れている連中の多くは古くからの昔馴染みばかりだ。それでもこの町を守る衛兵として、また冒険者として助かるかもわからない同僚たちよりも市民を優先すべきだとマクスはそう判断した。
「動ける人たちに指示します!今行っている作業を中断し、避難民のいる中央広場まで後退します!全責任はこの俺、マクス・カーンが請け負うから今はみんな一緒に避難してくれ!!」
その発言を聞いた動ける者たちの反応は各々違っていたが皆マクスの指示通り後退を開始した。
それを確認しマクスも後退しようとしたとき大扉から一匹のこれまでとまた違った魔物が侵入してくるのがチラリと見えた。
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