第1話
深夜のコンビニで夜食を買って来た帰り道、近所の公園に見知った顔を見かけた。
かすかに憂いが滲んでいるようなその横顔が気になって、「何してるんだ?」と声をかける。すると幼馴染である雪月は表情を変えることなくこちらを向いて、こう言った。
「——10000円でどうですか?」
生暖かい夜風が吹いている。風がその小さな声をハッキリと連れて来た。
「10000円? どういうことだ?」
「質問に質問で返さないでください」
「そう言われてもなぁ」
あまりに言葉足らずだった。
まぁ素直に受け取れば10000円という金を対価に何かをしてくれるのだろうが……。
雪月は俺と同じ高校2年だ。無愛想だが顔は可愛いことで有名な美少女である。
そんな彼女の口から放たれたこのセリフだ。
(エロいことしか考えられん)
改めて見ればおっぱいが大きくて、太ももむっちりな男好きのする身体をしている。
やっぱりこれは、そういう事なのだろうか……!?
「早く決めてください。払うんですか? 10000円」
「うぅ、いや、その、えっとぉ……」
まさかドッキリとかじゃないよな……?
お札を渡した瞬間、あの木の陰とかからクラスメイトたちが現れて笑い者にされるとか。
嫌な想像が脳裏をよぎる。
「もういいです。玲れいくんが優柔不断の甲斐性なしであることはハッキリと分かりましたので。失礼します」
「ま、まま待った!」
早口で捲し立てて公園の出口へ向かった背中を慌てて呼び止める。
「払うよ払います! だからちょっと待ってくれって!」
叫びながらポケットの財布を取り出した。中を確認すると、お札は10000円1枚のみ。これがなくなったらあとは小銭が数百円しかない。
刹那の躊躇。しかし俺はもう止まれない。思春期の胸中は期待でいっぱいいっぱいなのだ。
「ほらこれ! 10000円! これでいいだろ!?」
「……本当にいいのですか? 私なんかで」
「はぁ!? おまえが良いんだよバカヤロウ!」
突如、不安そうにおっぱいを揺らして瞳を伏せてしまった雪月にお札を握らせる。
「ほれ10000円。間違いないな?」
「はい……契約成立、ですね……」
「お、おう……」
ドキッと胸が高鳴る。
さぁ、この10000円の対価を俺に見せてくれ——!! 来い、おっぱい! なんならパンツでも万々歳だが……!?!?!?
「で、では、今日のところはこれで失礼します。おやすみなさい」
「え。あ、うん、おやすみぃ」
小走りで駆けて行く幼馴染を手を振って見送った。
「俺の、10000円……」
ほぼ空の財布が手元から地面に落ちるのと同時に俺は膝から崩れ落ちた。
涙が止まらない。
「これが……これが10年来の幼馴染のやることかよぉ……!!!!」
たしかにそんな仲は良くないけどさぁ!
こうして、俺の不純は踏みじられたのであった。