武蔵と猪丸 ( 武蔵と市 短編小噺 その三 )
「 武蔵と市 」 ~ 時系列年表 ~
~ 二十年前 ~ 幻龍の謀略によって龍尾が抜け忍となり百合と出会う (二十四話)
~ 十七年前 ~ 市と漣の誕生 (二十五話)
~ 十一年前 ~ 市と漣の祖母、菊が亡くなる (短編小噺そのニ)
~ 十年前 ~ 五平(龍尾)、百合が死亡、市は光を失い漣の失踪 (七話)
~ 七年前 ~ 漣は養父捨楽と共に東都に移り住む (九話)
~ 六年前 ~ 武蔵と猪丸が出会う (短編小噺その三)
~ 三年前 ~ 負け戦で武蔵は左腕を失い敗走、浪人となる (一話冒頭に回想)
~ ニ年前 ~ 漣の養父、捨楽が亡くなる (十話)
~ 一ヶ月前 ~ 漣と五六八が出会う (十四話)
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【 起点年 】 本編一話の物語が始まる
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~ 十年後 ~ 小太郎と花の結婚、それぞれの旅へ (三十話、短編小噺その一、
一周年特別編)
~ ( 回想・本編一話より六年前 ) 武蔵と猪丸の仕える城 ~
六尺(180cm)、そして30貫(110kg)を有に超える大漢が黙々と、そして丹念に弓の手入れをする、この大きな弓は自身の体格に合わせて自らがあつらえた特別な弓だ、並大抵の体力では到底引けない、引けたとしても一度や二度が精一杯だろう、しかしこの漢は違う、大弓を容易く引き数十、そして時には百を超える矢を放ち遠くの的を正確に射貫くのだ。
漢はこの大弓を携え幾度も合戦に出て数々の武功を挙げたがそんな武勇伝も時と共に風化していた、何故ならこの時代、戦の主役は刀や弓から鉄砲、そして更に火力の強い石火矢、大筒が勝敗を決する時代へと突入、もはや旧世代の弓は火矢による火計が中心でその存在価値を失いつつある。
だが漢は弓にこだわり続けた、詰まらぬ意地やかつての栄光への未練では無い、鉄砲(火縄銃)は速射性が弓に劣り雨に弱いと言う欠点がある、そして何より信頼性が低かった、高価で質の良い舶来物ならまだいいが戦火が激しさを増すほど安価で粗悪な物が多く出回る、こうした数合わせの急造品は懐事情が厳しい大名の助けには成ったが鉄の質が悪く加工技術も未熟だった為に度々胴金が破損、いわゆる暴発事故が相次いでいたのだ、そんな鉄砲は漢にとって命を託す相棒には到底成り得なかった、この漢とは猪丸(この時二十九歳)、その人である事は既にお判りだろう。
しかし何時までも旧世代の弓に拘り続ける猪丸を回りの武士達が良く思うはずがない、かつては弓頭として一目置かれる存在だったが次第に「鉄砲を恐れる臆病者」、「時代遅れの弓馬鹿」、挙げ句の果ては「デカいだけで刀も振れない木偶の坊」、そんな陰口がそこかしこで囁かれる様になりそれは猪丸の耳にも当然入る、何時しか猪丸も周囲から距離を置く様になり数年の月日が経っていた、そして今日も一人で弓の手入れをして居る時にその漢は猪丸の前に現れたのだ。
「よう、俺は武蔵って言うんだ、三日前にここの親方に召し抱えて貰った、よろしくな!」
[・・・・]
「無視かよ、愛想悪いな・・、これからは同じ釜の飯を食うんだ、仲良くやろうぜ!」
だが猪丸の目線は弓に向いたまま全く動じず、
[仲良しごっこで侍をする気か?]
「いがみ合うよりは助け合える関係が良いって事だよ、戦とも成れば互いの背中を預ける事だってあるかもしれん」
[わしは弓侍だ、櫓の上で一人でも戦う、誰の助けも要らんよ]
「気難しい奴だな、まぁいいや、聞いたぜ、あんたの弓は凄いんだってな、俺もやがては天下一の剣士に成りたくて精進している、だから弓を極めたあんたを俺は認める」
久々に弓を褒められたのが多少は嬉しかったのか猪丸はこの時初めて武蔵の顔を見るなり【プッ!】と軽く吹き出した後に、
[天下一だぁ? その割にはひでぇ面してやがるな]
武蔵は今日の申し合い(練習試合)で一撃を喰らい左目の上が腫れていた、目が殆ど塞がる位に大きく青くだ。
「あぁこれか? さっき竹光で試合をしたばかりでな、結構な手練れで初手に良いのを貰っちまったけどその後は三本取返したんだぜ、それが悔しかったと見えてしつこく食い下がって来やがったが俺様の敵じゃ無いけどな!!」
[そうか、じゃあ挨拶がてら為に成る事を教えてやるよ、もし真剣なら最初の一太刀で額は割れそこでお陀仏だ、次は無い]
「そうかもしれんが最初から強い奴なんて居ないし負けて学ぶ事だってある」
[合戦なら負けて学ぶのは三途の川の渡り方くらいだ、肝に銘じとけ]
「チッ、嫌みな野郎だな、そんなんじゃ誰からも相手にされんぞ」
[いらん世話だ、喧しくて弓の声が聞こえん、どこか行っちまえ!]
・・・・・・・
初対面は猪丸の名前すら聞き出せなかった武蔵だが何時しか二人は意気投合し酒を酌み交わす仲に成っていた、何故なら武蔵は体格に恵まれているしまだ若い、意外に思うかもしれないがそこそこ腕は立つ、そして強く成る為なら努力も惜しまない真面目な面もあった。
しかし古くから仕える武家侍にして見れば武蔵は目障りな存在だ、雑兵は矢や鉄砲の的になれば充分なのに余計な向上心など反って迷惑、田舎侍に手柄を横取りされては末代までの恥になる、よって武蔵も周囲から孤立して行ったのは当然の成り行きだろう。
今日も二人は城下町の酒場で武蔵の愚痴を猪丸が聞くお決まりの "不味い酒" を呑んでいた。
「クソったれがっ!!」っと悪態を吐き【ドンッ!!】っと酒が入った湯呑みを溢れんばかりの勢いで叩き突ける!
[今日はご機嫌ナナメだな・・]
「 "今日も" っだよ!! 奴ら俺の事を無視しやがって、殺陣や居合い、何一つ教えちゃくれない、申し合いも蚊帳の外じゃ何時までも強くは成れん!!」
[世の中そんなもんさっ、結局の処 "お家柄" って言う出自からは逃れられん、代々の武家侍がお前如き田舎侍に出し抜かれる分けには行かんのだろう?]
「抜かれたくないなら鍛えればいい! なのに稽古もほどほどにお茶の作法と来たもんだっ! 戦場で敵を茶でもてなそうってか? あいつらアホだよ!! 」
[わしも平民の出だから似た様な経験はして来たな、まぁそのお陰もあって剣術は早々に見切りを付けて弓一本に絞れたのは良かったと思っているよ、俄仕込みの剣など寿命を縮めるだけだからな]
「俺は剣で身を立てたい! 天下無双、天下一の剣士に成る! その為に侍に成ったのに」
[強さなんざ泡沫の幻し、老いと共に衰へ死ねば無に帰す、どんな剣豪だろうがこの宿命からは逃れられん]
「何が言いたいんだ?」
[ 雑兵だろうが何だろうが要は生き残った奴が勝ち って事だ]
「俺にとっちゃ強く成る事が生き残る事なんだよ!!」
[それも間違いとは言わんが剣術は独学じゃ限界があるからな・・]
「チッ、その点弓はいいよなぁ~、一人でも上達出来るんだから」
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[そういや小耳に挟んだんだが、お前親方の行列に飛び込んで家臣入りを志願したんだってな?]
「あぁ、馬が驚いて親方が振り落とされる寸前でな、正直俺も焦ったよ」
[無茶すんなぁ~おぃ、馬から落ちてたらその場で斬り捨てられたぞ]
「でも落ちなかった、斬られなかった、覚悟を認められ召し抱えて貰えた、これは侍に成る天賦だとは思わんか?」
[たまたまだよっ!! 長生きしたければ無茶はするな]
「長生きなんて興味ねぇよ、屍の様な人生なんてクソ喰らえだっ!! 俺は短かくったっていい、桜の様にパッと花開いて散りたい」
[面倒見切れんなぁ~]そう呆れる様に言い【ゴクリッ】と一口酒を含むと、
「ところで猪丸よぉ、親方は天下を取れると思うか?」
【ブホォッ!! ゴホッゴホッ!・・】
[いきなり突拍子もない事を聞くんじゃねぇよっ! 酒が詰まるわ!!!]
「率直にどう思う? 俺はここに来て日が浅いからそこんとこよく判ってねぇんだ」
[そうだなぁ・・、まぁ大きな声じゃ言えんがまず無理だな]
「やはりそうなのか?」
[いいか、ここは十五万石にも満たない弱小だぞ、本来ならもっと力のある藩に取り込まれるのが乱世を生き抜く唯一の術だが親方と来たら誰とも組もうとはしない、輿入れ(※婚姻)や人質も退けてるせいで周囲は敵だらけと来たもんだ]
「寄らば大樹、長いものには巻かれろってか・・、しかし一度取り込まれたら重臣には成れても天下人には成れ無いからなぁ、親方は本気で天下を取る気でいるしそんな親方だから俺は命を賭して闘う覚悟なのに」
[天下人かぁ、数多の大名がそれを夢見て儚く散って逝った・・、戦が強いだけじゃどうにもならん、同盟、計略、謀略、裏切り、ありとあらゆる手段を用いても結局最後は時の運、"天命" とやらが天下人を決めるんじゃねぇか?]
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「前から思ってたが猪丸は武士とか戦を斜に構えてるよな? どこか他人事みたいで」
[わしが武士には成ったのは銭の為だ、それだけの理由だよ]
「親方に忠義は無いのか?」
[召し抱えて貰った事に恩義は感じてるし仕事はきっちりする、充分な禄を貰えたお陰で母弟を食わしてやれたしな、しかし命まで売り渡したつもりは無い、忠臣を気取って親方と心中する気は無いよ]
「ふぅ~ん・・、割り切った物の考え方だな、俺は親方を天下人にしたいし侍としても出世したい」
[武蔵はまだ二十歳だったか? まぁ若い頃の "認められたい" ってぇのは判らんでも無いよ、わしも以前はそうだった・・ ]
「今は違うのか?」
[今は何て言うのかなぁ~、口じゃあ上手く言えんが合戦に出るだろ? 敵が死の恐怖を打ち消さんばかりに大声を張り上げ向かって来る、わしはその一人に狙いを定め矢を放つ、放たれた矢は隼の如く喰らいつき悶絶し倒れる、胸糞悪い断末魔を残してな・・・、
それでも若い事は興奮した、快感ですらあった、なのに今はしんどいんだ]
「しんどい?」
[あいつにも無事の帰りを待つ者が居たはずなのに・・、自慢の弓は何時から人を殺すだけの道具に成っちまったのかな・・・、そして生半可な覚悟のわしに人の生き死にを分ける道理が有るのかと・・・・・]
「よく判らんなぁ、戦は殺るか殺られかだろ? 敵に同情してたら命が幾つあっても足らんぞ」
[だから上手く言えん、ただ武士を長く続ける気は無いよ・・・・、
それに弟から文が届いてな、お袋が床に伏せたらしい、元々躰が強い方でも無かったし国に帰る事も考えんといかんのかもな]
「そうか、お袋の事じゃなぁ・・、でも猪丸が去ると淋しくなるよ」
[厄介者のわしにそんなしおらしい事を言ってくれるのは武蔵だけだな]
しかし程なくして猪丸の母が亡くなった便りが届く、猪丸は国に帰る理由を失い惰性のまま武士を続け気づけば三年の時が流れた。
・・・・・・・
~ ( 回想・三年前 ) 夏の陣 ~
輝く朝日の中で武蔵と猪丸は物見櫓の上に立ち敵の軍勢を見下ろして居た、何重にも張り巡らした堀の向こうには無数の人波、数々の大名の旗が翻る事から連合軍を編成しこの城を一気に攻め落しに来たのだ。
「うおぉぉぉーーーーっ!!!! 見ろよ猪丸、壮観な眺めだな、敵がうじゃうじゃ居やがる!! 軽く見積もってもこっちの三倍と言っところか?」
[いゃ四倍、下手したら五倍は在るんじゃねぇか・・]
「そうかぁ、多勢に無勢、形勢は相当不利だな、大筒もかなりの数を用意してるよ」
[大筒は厄介だな、籠城して持久戦にも持ち込め無い、ただ昨夜から使い番(※伝令)がひっきりなしに行き交いしてるから交渉は続けて居る様だ、あちらさんも無駄な犠牲は出したく無かろう]
「親方は応じると思うか?」
[ 和睦なら応じるだろうがこれだけの兵を揃えたって事は間違い無く降伏勧告と開城、つまりこの城の明け渡しだ、なら突っ跳ねて合戦だろうな]
「闘かわずして笠を振る(※降参)玉じゃ無いからな、ここの親方と来たら」
[あぁ十中八九合戦に成る・・]
【プオオォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!】
合戦の開始を告げる法螺貝が荘厳に鳴り響くと驚いた数百羽のサギが一斉に飛び立つ、朝焼けに舞うサギの姿は神々しくもあり下界の人間を嘲弄している様でもあった、もう直ここは愚かで醜い屍が折り重なりこの世の地獄と化すのだから。
「猪丸、どうやら八九の方で決まったな」
[気のせいか少し嬉しそうだな? 武蔵]
「まぁな、何もせず穴を捲るのは性に合わない、我流で磨いた武蔵の剣で一泡吹かしてやる!!」
[勇んで鉄砲の餌食になるんじゃねぇぞ]
「心配御無用! 田舎侍はその辺ズル賢いんだ、上手く立ち回るしいざとなりゃ逃げるよ、じゃあ俺は持ち場に戻るわ!」
[死ぬなよ、武蔵!!]
「猪丸もな、これが今生の別れかもしれんが」
[どちらも生き残るよ、不思議とわしの勘はよく当たるんだ]
「そうかっ! 神様は信じないが猪丸の言う事なら信じるよ、また会おうぜ!!」
[おうっ、またな!!]
~ 武蔵と猪丸 ( 本編第一話 「出逢い」に続く ) ~
短編小噺の最後は本編一話への導入として武蔵と猪丸の出会いの物語にしました。
ただ猪丸は自分の事は殆ど語らないと言うキャラ設定(縛り)が存在するし武蔵も自身の身の上は本編(五話)で大方語っているので話しが膨らまずにやや苦戦しましたが当時二人が置かれていた状況や時代背景を描く事でどうにか一本の話しになったのではと思います。
これで短編小噺は最後の予定です、まだ市の七歳~十七歳までの空白の十年や武蔵の放浪の三年など題材はあるのですがその辺は新キャラを追加しないと対応出来そうもないので現段階では予定はありません、でもまた何か書きたくなったらこの場をお借りすると思うのでその節はよろしくお願い致します。
(追伸)
「武蔵と市 一周年特別編」を書いてます、2/10にお出しする予定なのでよろしければご覧下さい。




