小太郎と花 ( 武蔵と市 短編小噺 その一 )
〘ハァ~、市ちゃんも漣ちゃんもムサシも見えなくなっちゃったね・・〙
〔あぁ、もう見えないな〕
〘毎日楽しかったね〙
〔楽しかった、最高だったよ!!〕
〘でもこれからは二人っきりなんだね〙
〔うん、二人だけで生きて行くんだ、よろしくな、花!〕
〘こちらこそよろしくね、小太郎!〙
そう言い合うと凛とした表情で互いの顔を暫し見つめ合う、するとどちらの頬も【プクッ】と膨れ上がり、
〔プッ!〕
〘ハハッ、何か可笑しい〙
〔だよなっ! 毎日顔合わしてるのに改まって挨拶とか背中がゾワゾワしたよ!!〕
〘花もだよ、何かこそばゆい、ねぇ小太郎これからどうするの?〙
〔そんなの "姫始め" に決まってるじゃないか!!!〕
〘・・・・〙
〔えっ?! どうしたの? その仏頂面〕
〘どうしたもこうしたも無いよっ! それじゃムサシが茶化したまんまじゃん、この助平太郎!!〙
〔やっぱり兄貴は男心をよく判ってるよなぁ~、花だってまんざらでもないだろ?〕
〘呆れた、これだから男って・・、四六時中そんな事ばぁ~かり考えてるんでしょ!〙
〔え゛えぇぇ~~っ! だって夫婦になったんだぜ! だったら契りたいじゃん!!〕
〘っにしたって順序とか雰囲気があるでしょ! 身支度だって整えたいし!!〙
〔そんなの後回しでいいんだよ! 花は日ノ本一可愛いくて綺麗なんだから!!〕
・
・
小太郎の言葉に花の頬は紅葉の様に真っ赤に染まる・・・が、少し拗ねた口調になり、
〘もう、しょうがないなぁ~、ちゃんと大切にしてね、そして日ノ本一幸せにしてよね!〙
〔もちろんだよ! おいらが花を絶対に幸せにするから!!〕
〘嘘ついたら針千本だからね!!〙
〔おうっ、針千本でも針の筵でもどんと来いだ!!〕
〘小太郎・・〙
〔花・・〕
そしてどちらともなく抱き寄せ合い口づけを交わす、もはや二人を隔てるものは無い、滾る情熱に身を委ね互いの肢体が重なり絡みもつれ溶け合う・・・・、
さて、これ以上は出歯亀と言われそうなので切り上げるとしよう。
・・・・・・・
〔どうだった、花?〕
〘う~~ん、よくわからない・・、でも嬉しかったよ、小太郎は?〙
〔おいらも正直言ってよくわかんないや、無我夢中で頭ん中が真っ白で〕
〘初めてなのによく覚えてないなんてちょっぴり損した気分だね〙
〔でもずっとこうなりたいって思ってたしこれから何百回でも花を抱くから!!〕
〘助平太郎・・〙
〔助平上等! 花の為ならおいら幾らでも助平になるぜ!!〕
〘花は助平じゃないもん!!〙
〔だって嬉しかったって・・〕
〘それはそう言う意味じゃないから! もうっ知らない!!〙
〔う~ん・・、女心はよく判んないや、でも花の事が好きでずっと大切にしたいのは本当だから〕
〘そんなの分かってる・・、ねぇ小太郎、さっきはぐらかされたけどこれからどうするの?〙
〔おっちゃんに会いに行きたいんだ〕
〘ししまるのところ?〙
〔うん、花と夫婦になった事をおっちゃんの墓前で報告したい、ここからだと半月は掛かると思うけどいいかな、花?〕
〘いいに決まってるじゃん! 花もししまるに会いに行きたい!〙
〔よしっ! そうと決まったら早速行こうぜ!! っでもその前に・・〕
〘えっ?! あっ、う~~ん・・・・・・・・・・〙
〔どんな感じ?〕
〘もうっ、聞くなバカッ!!〙
・・・・・・・
猪丸と死別したのは一昔も前の事だ、小太郎がまだ十一の時だったがあの数日間の出来事は今も鮮明に覚えていた、歳の割に勘や物覚へのいい小太郎は凡その墓の場所も目星は付いていたのだがやや遠回りでも十年前と全く同じ路を辿る事にする、何故だか判らないがそうするのが正しい様に思へたから。
東都から西の山の頂上を目指し山道を登る、かつて歩いたこの路をこうして踏みしめているとまだ幼なかった花と手を取り励まし合って登った事を思い出す、そして今は妻となった花と手を取り歩んでいるのがとても不思議に感じた。
二人は十年前と同じ頂きに立っていた、雲一つない澄み渡る青空、見渡す山の峰々や鉄砲の音が響いた谷などあの頃と何一つ変わらぬ光景に小太郎の心は弾む。
〔うわぁ~懐かしいなぁ~、あの頃のまんまだよ、確かおっちゃん頂上に着くなり倒れ込んでさ、フラフラのバテバテでちょっと面白かったよなぁ、それからおいらと花で漣姉さんを見つける競争してさ、んっ、どうしたんだ花?〕
・
・
〘小太郎には懐かしいんだなって、花はまだ七つだったからこの場所もこの景色もよく覚えてないや・・〙
〔そうか、花はまだ小さかったからな、仕方がないよ〕
〘ムサシの肩に乗ったのは何となくだけど覚えている、でもそれくらい、実はね、ししまるの顔も思い出せなくなってるの、ししまるだけじゃない、おっとぅやおっかぁの顔も、大好きだった人を忘れちゃうなんて淋しいね・・〙
〔辛い事や悲しい事を忘れられるから人は前に進める!〕
〘えっ?!〙
〔へへっ、前に漣姉さんが言ってた事の受け売りなんだ〕そう言うと小太郎は少し照れ臭さそうに鼻の頭をポリポリと掻いている。
〘そうか・・、そうだよね、漣ちゃんも市ちゃんもムサシもきっと凄く辛い想いをして来た、でもそんな話は全然しないで何時だって笑ってたね〙
〔うん、だから忘れる事を気にするな、それ以上に嬉しい事や楽しい思い出で心を一杯にすれば良いんだから!!〕
〘ねぇ、それも漣ちゃんの受け売りでしょ?〙
〔ちっ違うよ! 今のはおいらの言葉、花と楽しい思い出を一杯作れたら良いなって〕
〘ふぅ~ん・・、ちょっと怪しいけど旦那様の言う事だから信じてあげる〙
〔花ぁ~っ、信じてくれよ・・〕
〘だから信じるって!〙
〔少し疑ってたじゃん!!〕
〘しつこいっ!!!!〙
・・・・・・・
〔う~~ん、大体この辺りのはずなんだけど探すとなると見つからないもんだなぁ~〕
〘しょうがないよ、十年も前の記憶だし目印は花が乗ってた背負子だけでしょ? あの背負子が朽ちてたらどうにもならない・・〙
〔十年じゃ跡形も無く朽ちないと思うけど・・、でもこれだけ探しても見つからないなら諦めるか、せっかくここまで来たのに残念だけど〕
〘お墓は見つからなくてもこの山のどこかにししまるは眠っている、こうして会いに来ただけでもきっと喜んでくれるよ〙
〔そうだよな、おっちゃんは喜んでくれる、ところで花はおっちゃんと出会った時の事とか覚えてたりするの?〕
〘少しだけならね、熊みたいに大きくて驚いたよ、あんなに大きい人をそれまで見た事が無かったから〙
〔ははっ、おっちゃん大きい上に顔は厳ついし眼帯してたし熊みたいに毛深いからな、いい大人でもビビるよ〕
〘でも本当はすっごく優しいんだよね、花が怖がっているのを見て竹トンボをくれてさ、ほらっ、これ〙
花は今も大切に持っていた竹トンボを小太郎に見せた、ただ今は持ち手の部分は折れて無くなり羽だけになった竹トンボだが。
〘これをししまるが花の目の前で飛ばしてくれて、竹トンボがお空にすぅーーーーっと吸い込まれて行くと怖いのもすぅーーーーっと消えたんだ、不思議だよね〙
〔おっちゃん子供を手懐けるのが上手いよな、おいらも散々おだてられその気にさせられてマタギだもん、ところでその竹トンボさ、飛ばしたいならおいら簡単に直せるぜ!〕
〘うん、ありがとう、でも大丈夫、これで遊ぶわけじゃないし無くしたら嫌だから〙
〔そうだよな・・、でもおいらなんておっちゃの銭を盗んだのがきっかけだから最悪だよ、なのにおっちゃん干し肉を分けてくれてさ、盗人に施しってお人好しにも程があるって〕
〘小太郎はよくあんな恐い顔のししまるから盗ろうしたよね、度胸があると言うか無鉄砲と言うか〙
〔あの時は必死でそんなの考えてる余裕すら無かったよ、でもあれが無かったらこうして花とも出会えなかったしこれも運命ってやつ・・、んっ、どうした? 花〕
花は一点を指差したまま言葉を失い立ち尽くしていた。
〔どうしたよ、熊でも出たか? そんなのおいらの弓で追い払って・・・・、
しょっ背負子だぁぁぁぁーーーーーーーーっ!!!!〕
〘こっ小太郎!! 背負子だよ! 花が乗ってた背負子! やっと見つけた!!〙
小太郎は花の手を取り一目散に駆け出すがその勢いにつんのめり転びそうになる、
〘ちょっ痛い! 小太郎!!〙
〔あっ、ごめん・・〕
〘もうっ! お墓は逃げないから慌てないで!!〙
・・・・・・・
猪丸の墓前に佇む二人、墓標にした背負子は十年風雪に晒されたとは思えない程に当時のままの姿形を残していた、もの言わぬ背負子は亡き主の眠る墓をこうして見守り続けたのだろう。
〔よかったぁ~、荒らされてない・・〕
〘荒らすって?〙
〔山犬に掘り起こされたらおっちゃんおちおちと寝てられないからさ、それが心配で、でも大丈夫だった、背負子も殆ど痛んで無いや〕
〘でもこんなに小さかったんだね、この倍くらいかと思ったよ・・〙
〔おいらも花もあの頃より倍は大きくなったからな、でもこれじゃ今の花の尻は絶対入らな・・〕
【ボカッ!!】
〔痛っ! 何すんだよっ!! 花!〕
〘余計な事を言わなくていいの!!〙
〔なんだよぉ~軽い冗談じゃん・・、あれっ?! よく見たらこの背負子 釘を一本も使わずに木を組み合わせただけで出来てるよ、あの頃は気づかなかったけど流石はおっちゃんだよなぁ~〕
〘そうなんだ、花の為に良いのを作ってくれたんだね〙
〔でもあまり使って無かったよな? おいらこれに乗る花を数える程しか見てないや〕
〘小太郎が一緒に旅する前はよく乗ってたんだけどね、何か花一人が楽しているのを見られるのが恥ずかしくって〙
〔へぇ~、そんな事を考えてたんだ、おいらちっとも気にして無かったのに〕
〘あの中で歳が近いのは小太郎だけだからやっぱり意識しちゃうよ、なのに小太郎は漣ちゃんにベッタリでさ、てっきり漣ちゃんが好きなのかと思ってた〙
〔漣姉さんはそんなんじゃないよ、死んだ姉ちゃんと同じ歳でさ、おいら姉ちゃんに育てられから漣姉さんは母親みたいな感じがして〕
〘その割には何時もデレデレしてたけど〙
〔ホントだよ! 漣姉さんは母親、花はたった一人の女、最初は妹だと思ってたけど日増しに綺麗になって行く花にドキドキしてたよ〕
〘そうだったんだ・・、そう言ってもらえると嬉しい、ちょっと不安だったから〕
〔不安?〕
〘漣ちゃん美人だし優しいし何でも器用に熟しちゃうじゃん、花じゃ勝てないなぁ~って、だから漣ちゃんが大好きなのに少し焼き餅妬いてた、バカみたいだね〙
〔漣姉さんは花の十年先を生きてるんだぜ、敵いっこないよ、それに市姉さんも言ってただろ、"時間を掛けて良き妻になればいい" って、花はこれからどんどんイイ女に成って行くよ、漣姉さんに負けない位にイイ女にさ!!〕
〘やっぱり漣ちゃんを女として見てたでしょ?〙
〔ゔっ・・・、そっ、そりゃまぁ、少しは・・〕
〘いいよ、許してあげる、だって漣ちゃん素敵だもん、男の子なら誰でも好きになるよ、でもこれからは花だけを愛してくれるよね!〙
〔もちろんだよ!〕
〘さぁお墓参りに来たんだからししまるに挨拶しよう、痴話噺ばっかり聞かされてきっと飽き飽きしているよ、まずは花からね〙
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〘ししまる、時が経つにつれししまるを思い出す事が減ってるんだ、顔もハッキリしなくなって来たし、もしかしたら何もかも忘れちゃうのかもしれない・・、それでもししまるが大好きだった事は絶対に忘れないから! それと花と小太郎は夫婦になりました、小太郎はちょっぴり助平だけど良い夫で花は一杯愛されてます、もし子供が出来たらししまるに見せに来るから首を長くして待っていてね〙
〔おっちゃんに花の事を "大切な妹" って言ったけど妹じゃなくて嫁になったんだぜ、凄げぇだろ!! 花はちょっと気の強いところが玉に瑕だけど可愛くて綺麗でおいらは日ノ本一の果報者さ、あとこの前初めて熊を狩ったんだぜ! まぁ熊にしちゃ小物だったけど何時かはでっけぇ熊を仕留めるよ、おっちゃんの魂が入ったこの弓でさ、だから手柄は二人で山分だっ!!
じゃあそろそろ行くけどまた必ず会いに来るよ、次は子供を五人とか十人とか連れてね、一杯居た方が賑やかで楽しいだろうから!〕
〘ねぇ小太郎、私たちこれからどこへ行くの?〙
〔どこへでもさ! おいらはおっちゃんの一番弟子のマタギだぜ! 日ノ本すべてがおいらと花の家だ!!〕
〘そうだよね、頼りにしてます、日ノ本一の旦那様!〙
〔任しとけって! でもその前に・・〕
〘ちょっと、お墓の前だし・・、んっ・・・・・・・・・、ふぅっ・・〙
〔どんな感じ?〕
〘バカッ〙
~ 小太郎と花 完 ~
成長した小太郎と花は最終三十話のみの登場ですが台詞があまり無く少々残念に感じていたので二人の会話劇で話を一本作りたいなと思いました、猪丸の墓参りは最終話で入れる予定がボツになりお蔵入りしていたので「これなら二人だけでも物語が成立する」となり復活となりました。
実際に書いてみて初めて分かった事も多く「成長した小太郎と花はこんな掛け合いをするんだ」っと新たな発見がありとても楽しく書けた話でしたが濡れ場は照れ臭いので早々にリタイアしました。
(追伸)
幼少期の市と漣の短編小噺を書いてます、12/25にお出しする予定なのでよろしければご覧下さい。




