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武蔵と市  作者: KEN板屋
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花(はな)

二人の旅は始まったばかり、目指す東都はまだ遠い、しかし宛ても無く放浪していた頃とは全てが違う、今は目的のある旅、そして心から尊敬出来る相方のいる旅に、それだけでも武蔵の心は踊り目に映る景色は輝いて見えた。


「十年前って事は師匠がまだ七つの時ですよね?」

『あぁ』

「妹さんと生き別れた時の事を伺ってもいいですか? 探す上で手掛かりに成るかもしれません」

『・・・、今はまだ話したくない、時期が来たら話す』

「ではその時に成ったら聞かせて下さい、でも双子の妹なら背格好は今の師匠とそう変わらないだろうしきっと見つかりますよ!」

『生きていればな』

「元気にしてますって、俺が師匠の目と成り必ず見つけ出します!」任せてとばかりに自分の胸を【ドンッ】と叩く。


「しかし腹が減りましたね?」

『その山芋を食ったらどうだ?』

武蔵は三尺はあろう立派な山芋(※自然薯(じねんじょ))を朝一番に掘り背負っていたのだ。


「こいつはそのまま食ってもシャキシャキした食感で旨いし汁物に入れても旨い、でも一番美味いのはすり下ろして "これでもかっ!!" と米や麦飯にぶっ掛けて掻き込むのが最高なんですよ!」

『旨いのか、それ?』

「えっ?! 師匠は山芋飯を食べた事が無いんですか?」

『ない』

「そりゃいけねぇ、あんな旨い物を知らない何て、よしっ! 絶対に米か麦を手に入れましょう!!」

『・・・・』


市は食に関して拘りが無く、いゃ、拘ってなどいられなく生きる為なら何でも口にして来た、蛙や蛇や鼠は上等な部類と言えば想像も付くだろう、市にとっての食とは旨い不味(まず)いは二の次で空腹を満たす事、今日を生き抜く糧に成る事が何よりも重要だった。


『ところで銭はあるのか? 只で米や麦を分けてくれる物好きは居ないぞ』

「大丈夫です! この立派な山芋なら半分でも師匠と俺が食べるには充分、残り半分で物々交換って寸法です」

『山芋が米や麦に化けるとは思へないが・・』

「いゃ、こいつの旨さを知ってるなら交換してくれます、食ったら驚きますよぉ山芋飯、アッ! 丁度良い具合に小さな集落が見えますよ、あそこに行きましょう!」

武蔵は半里ほど先にある数件の集落を指差し我先にと歩き出した。


フンフンと鼻歌交じりでご機嫌の武蔵だったが集落が近付くにつれその鼻歌は徐々に消えてゆく、人子一人(ひとっこひとり)無く静まり返っていたのだ、大半の家屋に戸は無く所々屋根は抜け落ち人が住んでいる様子は無い。


「残念だけどハズレですね、ここに人は居ないみたいです」

『その様だな・・』

「腹も減った事だし煮るか焼くかして食いましょう・・、んっ?! ちょっと待って下さいよ、あの離れの一件だけは割と新しい、ひょっとしたら誰か居るのかも?」

そう言うと武蔵は駆け出した、市は食べた事も無い山芋飯などどうでもよかったのだが『やれやれ』とついて行く。


離れの一件だけは戸が閉まっており「ごめーーーーん!」と 大声で尋ねるが返事が無い、念の為にもう一度言うがやはり同じ、

「ここもダメみたいですね、行きますか?」っと早々に立ち去ろうとした武蔵の前に市の仕込杖が "通せん棒" の様に差し出される。


「んっ、どうかしました?」

『血の匂いがする』

「ホントですか?」

『あぁ間違えない、入るぞ』

「えぇっ! 何かすっごい嫌な予感がするんですが、面倒に巻き込まれる前に行きましょうよ・・」


そんな言葉にも耳を貸さず市は戸を開け入ってしまう、気乗りしない武蔵だが恐る恐る中に踏み入ると、

「こりゃ、ひでぇや・・」


夫婦(めおと)(おぼ)しき男女が血まみれになり倒れていた、既に息は無く死人が語る事は無いのだがその形相からは生前の無念さはひしひしと伝わって来る、この暑い最中(さなか)にも関わらず鼻を突く様な死臭は出ておらず殺されたのは一日か二日の間ではなかろうか?


「師匠、刀傷です、恐らく野武士の仕業ですね、無慈悲な事しやがる・・」


武蔵は手を合わせ「なんまいだぁ~なんまいだぁ~、せめて成仏してくれ」っとおざなりの念仏を唱えると、

「さぁ行きましょう、こんな処を見られでもしたら "疑がってくれ" と言ってる様なもんです、それに(ほとけ)にしてやれる事もありませんて」


その時だった、〘うぅぅ・・っっ・・〙

武藏と市は即座に刀と仕込みに手を掛ける、(かす)かに(うめ)く様な声は床下から響いていた。

市は仕込みを抜くと声のした辺りを手探りで確かめ板と板の(あいだ)(やいば)を刺し込みそのまま【クイッ】と刃を返す、

【バコリッ・・・】


床板を一枚を剥がすと下には幼子(おさなご)が一人横たわって居るではないか、

「こんな処に子供?!」

市がそっと()(かか)える、歳は六つか七つ位だろうか? まだ気を失っているが(からだ)に目立つ傷は無くひとまずは安心した。


「女の子ですね、しかし何で?」

(みずか)ら床下に隠れたか親の気転でそうしたのか? (いず)れにせよ運が良かったな』

「そうですか?」

『何がだ?』

「だってここに転がってるのはこの子の親でしょ? 親が殺されちまってこんな幼子(おさなご)がこの先どうやって生きて行けます、むしろ親と一緒に逝っちまった方が幾分マシだったのでは?」

『・・・・』


市は(かか)えた幼子の顔や手を軽く(さす)りながら思いを巡らせていたのだろう、その(のち)に『連れて行く』と小さく呟やいた、

「えっ?!」


武蔵は耳を疑う、偶然出会ったばかりの縁もゆかりも無い子を道連れにする気なのかと、そして何より始まったばかりの師匠との二人旅に余計な者が加わるのが耐え難かった。


「どう言う意味です?」

『この子を旅に連れて行くと言ってる』

「ちょっ、冗談でしょ? 子供ですぜ、歩みは遅いし疲れりゃグズる、それに飯だって食わせなきゃならんのですよ!」

『当たり前だ』

「いゃ足手纏(あしでまと)いに成ります、一時(いちじ)の情に流されて目的を見失ってはいけません! 孤児(みなしご)なんて五万(ごまん)と居るのにイチイチ(かま)けていたら旅なんて出来ませんよ!!」

『見失ってなどいない、妹は探す、この子は連れて行く!』

「俺は嫌ですよ、餓鬼の面倒なんて!」

『私がこの位の時だった、父母(ちちはは)を失い妹は消え、そして光を失ったのは』

「生まれつきでは・・」


『七つの時までは見えていた、そして全てを失ったのが七つの時、この子には同じ想いをさせたく無い』

「っにしたって犬猫(いぬねこ)じゃない、こんな幼子が(ひと)り立ちするまで何年掛かる事やら、生半可な覚悟で子の親に何て成れませんよ? もし途中で投げ出すくらいなら今は辛くともここで断ち切っ・・」


『気に入らないならお前は去れっ!! 私が育てる!!!!』

「あ゛あぁぁぁぁぁーーーーーーんっ!!!!!」

やりどころの無い苛立ちから【グシャグシャ】と頭を掻き毟り、

「判りましたっ!! 面倒見ましょう! 妹も探しましょう! 二人でやれば出来ます!! だから・・、だから去れなんて言わんで下さい・・・」


『すまない・・、ありがとう』


「しかし連れて行くにしてもこの有り様は説明しないと、辛い役に成りますよ」

『あぁ、判っている』


・・・・・・・


小川の(ほとり)に場所を移した、水を汲みそれを口に含ませると二・三度咳き込んだ後に薄っすらと目を開く、幼子の虚ろな視線の先には見覚えの無い男女の姿、徐々に表情が強張(こわば)って行くのが判った。


〘・・・だれ?〙

『私の名は市、こちらの漢は武蔵、通りすがりの旅人だ、安心して欲しい』

〘・・・・・・・、おっとぅ・・、おっかぁは?〙

『親の事は後で話す、まずその前に水を沢山飲ん欲しい、身体(からだ)が渇くと危険だからな』


余程喉が渇いて居たのだろう、幼子は差し出された竹水筒を【ゴクッ、ゴクッ】と一気に飲み干した、その様子は思ったより元気そうでホッと胸を撫で下ろす。

水を飲み終え少し落ち着きを取り戻すと再び、〘おっとぅ、おっかぁは? どこに居るの?〙っと尋ねて来た。


『これから大事な事を話す、とても辛い話だがよく聞いて欲しい』

市は一呼吸間を取ると、


『お前の親は何者かに襲われて死んだ、もう二度と会う事出来ない、こんな事は信じられない、受け入れ様もないだろう、だが私たちが見つけた時には手遅れでお前だけが床下に隠れ無事だった』


その時、幼子の中で微かな記憶が甦る、何者かが大声で叫びながら戸を壊れんばかりの勢いで幾度も叩く、おっとぅは(くわ)を手に震えていた、おっかぁは血相を変えて自分を床下に放り込む、そこで昨夜の記憶はぷっつりと途絶える。


〘うっ、嘘・・〙

『本当だ』

〘嘘だ、嘘だ、信じない・・〙

『辛いだろうがあの家に父母の(むくろ)がある、お別れをしないと』

〘嫌だ、怖い・・・、会いたくない・・・〙

そして泣き出した、今は何を言っても耳には入らないだろう、武蔵は市の肩に手を置き首を左右に振った。


・・・・・・・


涙も声も枯れるまで泣いた、やがて泣き尽くし消え去りそうな声で、

〘会いたい・・〙とだけ呟く。

『そうだ、ちゃんとお別れをしないと悲しむからな』


出来るだけ綺麗な形で最後の別れが出来る様に骸を並べ生々しい傷跡が残る体には御座を掛け隠す、そして顔の血だけは拭き取っておいた。

物言わぬ両親との再会、幼子の手足や口元は微かに震えている、だがぐっと手を握り絞めもう泣く事は無かった、父母の骸の前に(ひざまず)くと顔を寄せ頬ずりをするがその冷たさに驚き離れる、だがまた頬ずりを始めそれはいつ終わるともなく続いた。


・・・・・・・


『名前は何と言う?』

(はな)

『花か、良い名だな、歳は?』

〘七つ〙

『七つか・・、花には頼れる兄弟や身内は居るのか?』

大きく首を左右に振り〘おっとぅとおっかぁだけ〙

『そうか、ではこれからは誰も花の事を守ってはくれない、食べさせてもくれない、それでもこの家に、父母の(かたわ)らに居たいのであれば止めたりはしない、しかし私たちと共に旅をするのなら花を守ると約束しよう、とても大切な事だから花に選んで欲しい』


〘一緒に・・行きたい・・〙

『そうか、ありがとう、私の事は市と呼んでくれ』

「俺は武蔵だ、これからよろしくな!」

花はペコリと(こうべ)を垂れる。


「じゃあ、とんだ寄り道になったけど行くとしますか!」

〘まって!!〙

「んっ、どうした?」

〘おっとぅ、おっかぁが可哀想・・〙

『確かにこのままじゃ山犬に喰い散・』っと言ったところで武蔵が市の口元を抑へる。


「よし! ここへはもう戻らないし家ごと派手に燃やしちまうか! それでいいよなっ、花!!」

花は少し戸惑いつつも〘うん〙っと頷く。


火を着けると瞬く間に燃え広がり家全体を包む、その炎を何も言わずにただ見つめ続ける、(あか)く照らされた花の横顔には一筋の涙が絹糸の様に輝いていた。


「じゃあ仕切り直して行くとしますか! ・・・・っと思ったけど飯食うの忘れてましたね、もう腹ペコです、今日は山芋食って寝ましょう!」


こうして三人の旅が始まる。

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