弔い、そして
かけがいのない仲間を失った、力強く、優しく、頼もしく心も体も大きい、猪丸はそんな漢の中の漢だった。
猪丸が身を挺して生け捕った忍びだが気づいた時には舌を噛み自害していた、死人に口は無く何も聞き出す事は出来なかったが武蔵は意外にも安堵していた、例へ生きていたとしても忍びは簡単に口を割ったりはしないだろう、されとて手足の自由を奪った相手に拷問や殺生など誰がしたいものか、それが猪丸の仇であっても仇討ちにだって守るべき仁義はある、それを忘れた奴らが野武士の様な外道に落ちるのだ。
武蔵、市、小太郎の三人が代わる代わる穴を掘る、大きな猪丸が窮屈な想いをしない様に大きくそして深い穴を、何者にも邪魔される事なく安らかに眠り続けられる様にと願いを込めて。
花は猪丸の骸に頬ずりをしている、想へば両親の骸にも同じ事をしていたのを武蔵は思い出していた、まだ幼い花にとって死を受け入れるには必要な時間なのかもしれない。
・・・・・・・
墓穴に横たわる猪丸の姿をただ見つめる、埋め戻さなければならないがきっかけが欲しかったのだろう、暫くそれを待ち続けていると市から別れの言葉を静かに切り出した。
『ありがとう猪丸、お前の事は生涯忘れないと誓うよ』
「師匠、猪丸は良い顔していますよ、少し笑ってやがる」
『そうか、恨んでもよいのだがな、私は何一つ猪丸の力になれ無かった、不甲斐ないよ・・』
「言ってたでしょ、[本当に楽しかった]って、猪丸は死に際に嘘を吐いたり仲間を恨む様な奴じゃない」
『そうだな、大きく優しい漢だった・・』
〔おっちゃんの弓はおいらが貰うからね、まだおいらにこの弓は引けないけど何時か一人前のマタギに成ったらこの弓で熊を狩るんだ・・、おっちゃんの言葉、"マタギは山に従い、山を畏れ、山の恵みに感謝する" は忘れないよ、もちろん花の事も大切にするから!〕
〘もっとたくさん背中に乗ればよかったなぁ、ししまるの大きな背中大好きだったよ〙
「さぁ名残惜しいが埋めてやるか、猪丸も愛想笑いに疲れただろうし!」
『さらばだ、最高の友よ』
〔おっちゃん、ありがとう〕
〘ししまる、さようなら〙
「じゃあなっ、あの世とやらがあったらまた一緒に酒でも酌み交わそうぜ! ただし俺が逝くのは当分先だけどな!!」
想い想いの言葉で別れを告げると土を戻す、徐々に猪丸の姿が土に隠されやがて完全に見えなくなると込み上げる感情を抑え切れずに涙が頬を伝うが誰一人として声を上げて泣く者はいない。
盛り土の上には猪丸が作った背負子を墓標として建てる、そこにはカラカラと乾いた音を響かせながらあの日の風車が今も回り続けていた、まるで亡き主を悼み鎮魂の歌を奏でる様に。
・・・・・・・
「今日はもう日が落ちるし色々あり過ぎて疲れました、討ち入りは明日に持ち越しですね」
『あぁ、確かに疲れたな・・』
「あれから漣さんの声は聞こえましたか?」
『いゃ・・、ただ苦しみの中に居るのは間違い無い、残された時間はそう多く無いのかも・・』
「漣さんは絶対に助け出します、猪丸の死を無駄にしない為にも!」
市は小太郎と花の肩に手を添え語り掛ける、
『小太郎、花、明日は武蔵と二人だけで行くよ、判ってもらえるな?』
すると二人も全てを理解しそれに応える、
〔絶対に戻って来るって約束してくれるよね?〕
『あぁ、必ず生きて戻る、そうだろ武蔵?』
「もちろん! 最初から死ぬ気なんて微塵もありませんよ!!」
『だが万が一戻らなかった時は小太郎、お前が花を守るんだ、いいな!』
〔花はおいらが守るよ、でも万が一の時だけね、帰りを信じて待って居るから!!〕
〘花も信じているよ、市ちゃんもムサシも約束は必ず守るって!〙
『ありがとう、信じてくれて』
「任せとけって、俺は馬鹿正直が唯一の取り柄なんだぜ!!」
市は小太郎と花の肩に添えた手に軽く力を込めるとそっと二人を抱き寄せた。
・・・・・・・
小太郎と花は余程疲れていたのだろう、その後は直ぐに眠りに付く。
今日一日の事を考えれば当然だがそれでも市と武蔵は疲れとは裏腹になかなか寝付けないでいた、よほど毛の生えた心臓の持ち主でもなければ寝れる分けもなかろう、明日の決戦に賭しているのは自らの命だけではない、漣の命、小太郎と花の未来、そして猪丸から託された想い、それら全てを背負って挑むのだ、緊張や興奮では到底言い表せない重圧に終始息は苦しく脈は乱れる。
「・・、師匠、まだ起きてますよね? 少しだけ話してもいいですか?」
『どうしたのだ?』
「この満天の星空を見て下さいよ、悠久の時の流れの中で人の一生なんて星の瞬き等・・」
『唐突に何の話だ、盲の私に嫌味か?』
「いゃ、こんな台詞って決戦前夜ぽくありません?」
『ふっ、こんな時でもお前は余裕だな』
「・・、余裕が無いからですよ、いよいよ明日ですね、全てが終わるのが」
『終わりじゃない、新たな始まりだろ?』
「ハハッそうでしたね、ところで明日は当たって砕けろですか? それとも何か秘策でも?」
『明日に成ったら話すつもりだったが・・、どうせなら今話すか?』
【ガバッ!!】っと状態を起こし武蔵は少し興奮気味に、
「あったのですねっ! とっておきの策が!!」
『とっておきと言う程では無いが相手は野武士より手強い忍びだ、少々分が悪いからな』
「っと言いますと?」
『今日もそうだが忍びは手裏剣やクナイなど飛び道具の扱いに長けているし恐らく鉄砲も有るだろう、私は自分の間合いなら充分闘えるが距離を取られると正直厳しい、攻撃をかわすだけでは勝てないからな』
「なるほど・・、それで策としては?」
『私が盲である事は気取られて無いはず、そして女だから油断も生まれる、付け入る隙が有るとすればそこしかない、武蔵が先行して私を導いてくれ、お前の足音と気配を頼りに相手との間合いを詰める、敵の懐に入りさへすれば勝機は有るはずだ、しかしお前が死ねば私も死ぬだろう、まさに一蓮托生ってやつだな』
「俺、思った以上に重責なんですね・・」
『だから明日に成ってから話すつもりだった、緊張で眠れなくなりそうだから』
「いゃ、むしろ明日いきなり聞かされるより良かったかも、心構へが出来るので」
『ただし闘うのは最後の手段だ、闘かわずに済むならそれに越した事は無い、一番の目的は漣の救出である事は忘れないで欲しい』
「判ってます!!」
『絶対に死ぬなよ、武蔵!』
「もちろんですよ、生き残れたら祝言の約束も忘れないで下さいね!」
『そんな約束をした覚えは無い、考えておくと言ったまでだ』
「えぇぇぇーーーーーっ!!!!」
『大きな声を出すな、花と小太郎が起きるだろ!』
「まっ、いっか?! 俺は師匠と居られさえすれば、明日全てが丸く収まってもこのまま一緒に居て良いんですよね?」
『構わんが漣にちょっかいを出すなよ、出したら斬るからな』
「こっ怖!! 師匠が言うと冗談に聞こえませんて・・」
『冗談だと思ったのか?』
「あっ、いゃ・・・だっ、大丈夫ですよ・・」
『顔は私と瓜二つだぞ? まぁ性格は漣の方が良さそうだな、巷じゃ結構な人気者だった様だし』
「別に俺は師匠の顔に惚れたわけじゃ無いし、でも顔は好きですけど・・、それに漣さんは師匠の妹だし、その・・、間違っても・・・」
『ふっ、冗談だよ、ちょっとからかってみただけだ』
「どこが冗談なんですかっ! もう訳が判らんですよーー!!」
『さぁもう寝るぞ、武蔵も明日に備えて休め!』
「はいっ、おやすみなさい!!」
(師匠ってちょっと意地悪なとこがあるよなぁ、漣さんは素直な人だといいけど・・)
こんな他愛もない会話で張り詰めた心の糸が解れた二人はようやく眠りにつく事が出来た。




