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武蔵と市  作者: KEN板屋
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遺言

市たち一行は煙が立ち(のぼ)る谷の中腹から岩陰に身を隠して谷底を見下ろしていた、そこはすり鉢状と言うより(うす)の様にほぼ垂直に切り立った崖に周囲を取り囲まれた自然の城壁、中には幾つかの屋敷と(やぐら)、丸太の先端を尖らせた防護壁が無数に立ち並ぶ、その圧倒的な威圧感を前に武蔵と猪丸のイチモツはギュッと縮み上がる、これは市の目が見えていたとしても女には到底理解出来まい。


「猪丸よ、これは里では無いな」

[あぁこれは砦だな、やはり野武士のアジトだったのか・・]

『人まで見えるのか?』

すると一番目の良い小太郎が、

〔今ここから見えるのは櫓の上の一人だけだ、でも屋敷の中はまるで分からないよ〕

『そうか・・』

「師匠どうします? 攻め込みますか? ただ攻めるにしてもこの崖を下るのは危険だし物見に見つかったら矢や鉄砲の餌食でしょうけど」

[恐らくこの崖のどこかに入口が有るのだろう? それを見つけん事にはなぁ]

「正面突破しか無いか・・」


そんな思案をしてた時だ、武蔵は市の些細な変化に気づき「んっ?! 師匠、どうかしたのですか?」


市は胸に手を当て苦悶に満ちた表情を浮かべている、

「大丈夫ですか!! どこか(からだ)が痛むんじゃ?」

『大丈夫だ・・、少し胸が苦しかったが大した事は無い、心配を掛けてすまない・・』


「しんどいならここは一旦出直しましょう、俺は師匠と死ぬのは怖く無い・・、でもやっぱり師匠には生きていて欲しい」

『いゃ駄目だ、駄目なんだ・・、ここには間違い無く漣が居る、今確かに漣の嘆き悲しむ声が聞こえた、この胸の苦しみは漣の苦しみかもしれない』

「師匠には漣さんの声が聞こえたのですね、それじゃ一刻も早く漣さんを助けないと!!」

『猪丸、小太郎、花、そう言う事だ、この先は私と武蔵だけで(おもむ)くよ・・』

「さぁ行った行った、俺と師匠の濃密な時間を邪魔するなって!!」

『・・・・』


[・・・、はぁ~~~っ、わしらも行くぞ]

「おいっ猪丸! 話が違うぜ、様子見迄って言っただろうが、こうなった以上は花と小太郎を簀巻(すま)きにしてでも逃げて貰わないとなっ!」

[そのつもりだったよ! でも見ろ! 小太郎と花の顔をよ!! 梃子(てこ)でも動かぬって顔をしているだろうが!! こんな(わらし)が腹を括ったんだ、だったら何があっても文句は言わねえよ!!]


凛とした顔で小太郎と花が(こた)える、

〔そうだよ! 仲間なんだから生きるも死ぬも一緒だろ!!〕

〘そう、家族なんだから! 一緒なら怖くない!!〙


『ハァ~~~・・』と大きく長い溜息の後で市が呆れた様に、

『まったく・・、最初から引き返す気なんて無かっただろう?』

[ここで引き返したんじゃ結末が気になって一生目覚めが悪いからな!]

花は武蔵に向かって【べぇ~~】っと舌を出し、

〘市ちゃんを独り占めさせないよぉ~~だっ!〙

〔それに兄貴じゃちょっと頼りなくて市姉さんを任せられないし!!〕

「ガキが生意気言ってんじゃねぇよ!!」


[さぁ行くぞ! わしの見立てじゃあっちの谷底が怪しいと踏んでる、いずれにせよ山側に抜け道は無いだろうし探すならあそこだ]

〔行こう行こう、モタモタしてると置いてっちゃうぜ!!〕

〘市ちゃーーん! ムサシーーッ! 早くして!!〙

そう言うと三人で先に歩き出す、取り残された市と武蔵は呆れを通り越し、

『馬鹿は武蔵だけで沢山なのに(みんな)大馬鹿者だよ! 何があっても知らんからな!!』っと吐き捨てる様に言う、

「まぁしゃ~ない師匠、俺らも行くとしましょう!」


・・・・・・・


「まったくよぉ~、師匠と俺の決死の討ち入りにガキの連れが居たんじゃカッコつかねぇよ・・」

[そうぶつくさ言うなって、野武士と一戦交える段になったらわしは助太刀しない、わしは弓しか出来んし花と小太郎を守ってやらねば成らないからな、これは天地神明に誓って約束するよ]

「当たり前だっ!! ガキにウロチョロされたんじゃ(いくさ)にならねぇよ!!」


[武蔵よ、武士を見限(みかぎ)ったわしが言うのも何だが死を恐れては駄目だ、恐れは判断を鈍らし迷いは死をもたらす・・、しかし命を捨てるつもりでは戦うなよ、どんな窮地に陥っても最後の一瞬まで勝つ算段、生きる術を探すんだ、でないと市師匠を守れないし漣を救えない]

「あぁ必ず生きて戻るよ、でないとやって来た意味が無いからな」

『そうだ、私たちの死はすなわち漣の死だ、絶対にそうはさせない・・』


・・・・・・・


谷底へと向かい山を下る、徐々に迫り来る決戦の予感に言い様の無い高揚感の只中に居た時だ、市が突然立ち止まると周囲の様子を少し気にする、風を読んでいるのか草木のざわめきに耳を傾けているのか不可解で普段あまり見せ無い姿に武蔵の(てのひら)は一瞬で汗ばむ。


「どうしました師匠、休憩ですか?」

『あぁ少々疲れた、ここで休むとしよう・・』


市から疲れを口にする事は滅多に無い、只ならぬ様子に一行は歩みを止めるとその場に輪に成って腰掛ける。


「何かあったのですね? 師匠」っとやや小声で尋ねると市もまた囁きで応えた、

『ここからは声を立てないでくれ、あとこれから話す事に驚いたり(うなづ)いたりしても駄目だ、小太郎と花は黙っていてくれ、頼む・・・・・・、

私たちは付けられている、恐らく敵は二人か?』


「もう野武士に見付かったって事ですか?」

『野武士じゃ無い、この気配の殺し方は忍び、私達は敵の手中(しゅちゅう)(おちい)った様だ』

[忍びか、奴らは密偵の達人だ、市師匠でないと判らないはずだ・・]


「それでどうします?」

『今は様子見だけか奇襲を駆ける気なのか? ただこのまま進むのは危険だろう、不意を突かれたら対処出来るかどうか・・』

「居場所は判っているのですか?」

『目線を変えるなよ、小太郎、花も注意してくれ、敵に気取られる・・・・、

一人は私の風上、背後の木の上だ、もう一人は気配を消したので今は判らない』


[厄介だなぁ、ここは奴らの庭だ、進むも退(しりぞ)くも叶わんぞ]

「いっそこちらから仕掛けますか? その木の上の忍びを猪丸の弓で・・」


っとその時だった【ガサッ!!】っとした物音が響くのと同時に市が叫ぶ!!

『武蔵!! 後ろだぁぁーーーーっ!!!!』


即座に反応するも背後には刀を振り上げた忍びが武蔵の頭上を覆い尽くす!

(まっ間に合わないっ!!!!)


【ガキィィィーーーーーン!!!!】


咄嗟の判断で左腕を盾にして防ぐ、忍びの刀は(はがね)の芯を絶ち切れず乾いた金属音が響いた!!


〈なっ?! 何だと!!!〉

武蔵は模造の左腕に(やいば)を食い込ませたまま

【シュバァァァーーーーッ!!】

仕込み槍を引き抜きミゾオチを目掛け一気に(つら)ぬく!!!

【ズヴォォッ!!】

〈ぐぅごぁぁぁ、ぶへっ・・う゛ぉぉっ!!!〉


断末魔と飛び散る吐血、忍びの一人は倒れたが上空から二本のクナイが唸りを上げ市の背後を襲う!!

っがクルリと(ひるがえ)り仕込みで【ガッ! カッ!】と叩き落し、

『猪丸!! 木の上だっ!!!』


【ビィシュュューーーーン!!!!】

電光石火の矢を放ち忍びの胸元を見事に射抜く!!

【ズシャッ!!】〈ぶぅぉぉ・・がぶぅっ・・・!!!〉


胸に突き立つ矢を抑えながら前屈みに崩れ落ちると地響きを最後に一時(ひととき)の喧騒が平然へと戻る。


武蔵が突いた忍びはまだ辛うじて息はあったが事切れる寸前だ、苦悶に歪む眼差しを向けながら恨み節を(のたま)う、

〈きっ、汚ねぇぞ・・、てめぇ、腕に仕込みなんざ入れやがって・・・・〉


「汚ねぇはこっちの台詞だよ、いきなり背後から襲いやがって、生身の腕なら男前が台無しに成る処だぜ」

しかしその言葉に応える事は無く忍びは息絶えた、武蔵は「チッ!」と軽く舌打ちをし、

「猪丸、こっちは死んだ、木から落ちた奴はまだ息があるのか?」


【ゼェッ・・、ゼェ・・、ゼェ・・・・】

[あるにはあるがこっちも虫の息だな、矢が胸を貫通して呼吸もままならない、これじゃ砦の情報を聞き出すのは無理だな・・]

「出来れば生け捕りたかったな、人質に使えたかもしれん・・・、

しかし忍びを一矢で仕留めるなんて流石は猪丸だな!」

[せめてもの情けだ、今、楽にしてやるよ]

猪丸は忍びが脇に差していた小型な忍者刀を抜き[あばよ]と声を掛け喉を一突、完全に息の根を止めると束の間の黙祷を捧げるが・・、


【ブスッ・・・】


っと鈍く湿った音と共に猪丸が、

[ごぉぶっっ!!!]と悶えた。


武蔵は目を疑う、三人目の忍びが猪丸の脇腹に刀を突き刺して居たのだ。


『しまった!! もう一人居たのか!!!!』

「猪丸ーーーーーーーー!!!!!!!!」

[うおぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!!]


脇腹に刀を刺したまま大きな体を覆い被せ相手の自由を奪う、

[こいつは生け捕った!! 早く手足の腱を切るんだ!!!]


武蔵と市は猪丸の下になっている忍びの四肢の腱を【ブチッ! ブチッ!】と切り身の自由を完全に奪い、

『猪丸っ!! 大丈夫か!!!』


[ふぅ~っ・・、ごぶっっ・・、大丈夫 っと言いたい処だがこりゃ駄目だな・・、刀が腹の中の臓物、肝臓にまで達している、そう長くは持たないよ・・]

「そんなぁ~、刀っ! 刀は抜くか!!」

[ほっとけ、抜こうが抜きまいがどうせ助からん・・、目も霞んで来やがった・・]

〘ししまるーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!!!!!!!〙

〔おっっちゃぁぁぁーーーーーーーーーーん!!!!!!!!!!!!!!〕

猪丸の頸元(くびもと)に花が抱き付き小太郎は泣き叫びながら駆け寄る。


〘いやぁぁぁー!! 死んじゃいやぁぁーー!!! ししまるーーー!!!!〙


[嬉しいなぁ・・・・]

「何言ってんだよ! 猪丸!!」

[わしなんざ野垂れ死んで終わりだと思ったが・・、まさか今際(いまわ)(きわ)に泣いて看取ってくれる人が居るなんてよぅ・・、嬉しいじゃねえか・・・]

「師匠!! どうにかなりませんか!!!」

『猪丸、すまん・・、私が敵を見誤らなければ・・・、許してくれ・・』

[いいって事よ・・、本当に楽しかったぜ・・、古い馴染みや花や小太郎との旅はよぉ・・・・]

「もう喋るな! 躰に(さわ)る!!」

[遺言くらいしゃべらせろや・・・・、小太郎・・、そこに居るのか?]

〔直ぐ隣にいるよ! おっちゃん!!!〕

[そうか・・、隣に居たのか・・、花の事よろしく頼むなぁ、イジメたり喧嘩するんじゃねぇぞ・・]

〔イジメるわけ無いだろ!! おいらの大切な妹だよ!!!〕

[花ぁ~~っ女は愛嬌だぁ・・、皆に可愛がってもらえよ・・・・]

〘いゃだぁぁぁぁぁーーーーーー!!!! 死なないでぇぇーーーーーー!!!!!!!〙


[もう目の前が真っ暗だ・・、そろそろお別れ・だな・・、もう誰も・死ぬ・んじゃ・ねぇぞ・・、たっ・・しゃ・で・・な・・・・・・]


そう言い残し静かに息を引き取った、とても穏やかな表情(かお)のままで。



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