龍尾 ( 第零幕 / 武蔵と市 前日談 ) 後編
~ ( 回想・二十年前 ) 百合の家にて ~
龍尾は胡座、百合は正座で向かい合って座る、どちらもやや神妙な面持ちで龍尾の方から語り出す。
「百合、晴れて夫婦に成った訳だがこれから拙者の妻たる心構えを伝へ様と思う!」
⦅はいっ!!!!⦆
百合の気合いに満ちた返事にややたじろぎ【ゴホンッ】と軽く咳払いをし、
「まず大切を事を伝えなければならない、前にも言った通り拙者は忍びだがその中身に関しては他言無用だ、例へ妻であっても何も話す事は出来ない、むしろ知る事によって百合に危険が及ぶかもしれん」
⦅あたし侍も忍びも興味無いし聞きたいとも思わないよ⦆
「うむ・・、そして更に重要な事、忍びを抜ける事は絶対に許され無いのだ、足抜けた忍びは "抜け忍" と呼ばれ仲間に命を狙われる、拙者は恐らく死んだと思われているが生きて居る事が判れば刺客を差し向けられるだろう、理不尽だがそれが掟なのだ」
百合は身を乗り出し今にも泣きそうな表情になり⦅そっ、そんなぁ・・、じゃあどうすればいいんだい?⦆
「百合には申し訳ないがこの土地を離れなければならん、ここは忍びの本丸ともそう離れておらずあちらこちらに密偵を潜ませているのだ、見つかるのは時間の問題かもしれん・・」
百合は⦅ふぅっ~~~⦆っと大きな溜息を吐いた後で、
⦅何だぁそんな事か、いいよ、どっか遠くに行こうよ! あんたと一緒なら日ノ本のどこでもいいんだからさ!!⦆
百合のあまりにサッパリとした態度にむしろ龍尾の方が戸惑い気味に「いいのか? 住み慣れた土地を離れるのだぞ?」
⦅だってあたしは十の時に奉公に出されて巡り巡ってこの土地に辿り着いただけだし、ここもまだ一年少々しか経ってないよ!⦆
「そうだったのか・・」
⦅じゃあさ、どこへ行こうか、あんた行きたい処あるの?⦆
「いゃ、まだそこまで考えが及ばなかった、まずは百合と相談して決めようかと・・」
⦅ふぅ~~ん・・、じゃあさ、あたしの故郷に行かない? かなり遠いし父は百姓で田んぼもあるから全く知らない土地より良いと思うけど・・、駄目かな?⦆
「いゃ構わんが、百合も久しく親の顔を見て無いだろうしこれを機に故郷に帰るのは良いではないか? それに百合と夫婦になった事をご両親に伝えたいしな」
⦅やったぁぁーーーーーーーっ!!!⦆と大喜びだ、それもそのはず、十で奉公に出てから十年もの間、百合は一度も家に戻って無かったのだから。
⦅ねぇ、あたしからもう一つお願いしてもいい?⦆
「何だ?」
⦅生まれ変わったと思ってさ、名前を変えようよ!⦆
「名前?」
⦅そう名前! 龍尾って凄く素敵だけど忍びから平民に成るなら龍尾は目立ち過ぎるよ、だって命を狙われるかもしれないんだろ? だったらもっと普通の名前にしようよ!⦆
「う~む・・、一理ある」
⦅あと "拙者" は使用禁止ね、そんなの武家しか使わないから⦆
「あぁ・・」
(しかし龍尾と言う名は気に入ってたんだよなぁ) っとやや複雑な心境、暫し考慮の上で、
「百合は良いと思う名はあるか?」
⦅う~~~ん・・・・・・・・・、アッ! 五平なんてどう?!⦆
「ごっ、五平?」
あまりに凡庸な名に一瞬ひるみ尋ねる、
「何か理由でもあるのか?」
⦅平は平民の平、五はあたしが五女だから! でも平五じゃ可笑しいから五平!!⦆
百合は目を輝かせながら "いいでしょ!" って感じで龍尾の顔を覘き見る、本音を言えば気に食わないが断り辛い、それに自分で自分の名前を考えると言うのもなかなか酷な話なので、
「よっ、良いと思うぞ・・五平・・」
⦅じゃあ今日から五平ね! よろしく五平さん! あたしの旦那様!!⦆
(よもや五平・・とは・・)
・・・・・・・
三月の長旅を経て百合の故郷に戻って来た、百合にしてみれば十年振りの帰郷だ、弾む様な足取りで実家へ赴き戸を叩く、すると中からは五十近いであろう女性が出て来たが怪訝な顔つきで《どちら様だい?》と百合に尋ねる。
⦅あたしだよ! 百合、娘の顔を忘れちゃったの! 母ただいま!!⦆
《ユリ?・・・、 あぁぁぁぁ!! 百合か! まぁすっかり変わっちゃって!!》
(十で奉公に出た娘が二十歳になって現れたら流石の親でも判らないか・・)
⦅そうだよ、百合だよ! もうっ、ボケたのかと思っちゃったよ!⦆
《帰ってくるなりボケただなんて失礼な娘だね!! ところでその後ろの人は誰だい?》
⦅あたしの旦那様、五平さんって言うの!⦆
(うっ・・、ご)「五平です、百合と夫婦になりました」
百合の母は五平の顔を見るなりポゥ~っとのぼせた様な表情になる、無理もなかろう、五平は相当な男前 っと言うより端正な "美男子" と言った方が相応しいだろう、百合が一目惚れしたのも五平(龍尾)の容姿端麗さに他ならない、ハッキリ言うと百合は面食いだったのだ、ちなみに百合はと言うと背は低くやや小太り、顔も十人並みと言ったところか。
母は五平に愛想笑いを浮かべると百合の腕を掴みやや強引に家の中に引きずり込み【ピシャンッ!!】と戸は閉められる、何故だか五平は家の外に一人取り残されたのだ。
(あれっ、ひょっとして歓迎されてない?) などと不安な面持ちのまま暫し待つ事にする。
・・・・・・・
~ ( 家の中でのヒソヒソ話 ) ~
《ちょっとあんたどう言う事よ! あんな色男どこでどうやって捕まえたのさ?》
⦅エッヘヘヘヘ、話せば長くなるけど尽くして胃袋掴んで、まぁそんな感じかなぁ~、うふっ⦆
《大丈夫?! あんなのが来たら村の若い娘は浮足立つよ! ババァの私でも一瞬クラッと来たよっ》
⦅手綱はしっかり握ってるから、それに五平さんあたしに夢中だし!⦆
《どっちが夢中なんだか・・、でもあんな色男なら少々悪さしても私なら許すかなぁ》
⦅あたしは断じて許さないよ、相手の女をね! 八つ裂きにしてでも五平さんを取り戻す!!⦆
《呆れた・・、まぁいいや、あんたが幸せそうで何よりだ、おかえりなさい百合》
⦅うん、ただいま、百合は幸せだよ!⦆
こんな女同士の密談があった後にようやく五平は家に上げて貰えた、そして菊(百合の母)から様々な話を聞かせて貰う、百合の父は労咳(※結核)を患い昨年鬼籍に入った事、菊は畑仕事の傍ら産婆として頼りにされている事、四人の姉の中で桜、梅、桃の三人はそれぞれ所帯を持ち元気に暮らして居るが二女の菫だけは産後の肥立ち悪く亡くなっていた事、村の若い男衆は戦の雑兵や人足に狩り出され働き手が不足している事、もし百合と五平がこの村に残り力を携えてくれるのなら大歓迎だろうと。
五平は生まれ変わった気持ちでこの村での生活を始めた、慣れない畑仕事ではあったが体力には自信があるしもともと勘が良く働き者、武家の出であるから読み書き算術は得意だし交渉術にも長けている、そして類い稀な容姿、才色兼備は女に使う言葉だが五平に使っても語弊は無かろう(※ダジャレではありません!)、村での生活も三年経つ頃には相談役として頭百姓を担う迄になる。
こうして村人の信頼を得て仕事も順調、そして百合は目出度く懐妊し臨月を迎えていた、とにかく大きなお腹で菊は双子だと断言している、熟練の産婆が言うのだから間違い無いだろう、初産で双子は少々心配だが百合は相変わらず楽天的でよく食べ、よく寝り小太りだった体形が何時の間にか "小" が取れて太った女になっていた・・、しかし百合も五平も気に留める様子は無い、むしろ菊が一番、娘の変わり様に心配し五平の浮気心に火が付くのでは? っと危惧していたが。
・・・・・・・
~ ( 回想・十七年前 ) 百合の家にて ~
まだ冬の寒々しさが残る二月二十九日の明け方に百合は産気づいた、こうした時に義母が産婆である事がこんなにも心強いとは、全てを委ね逃げる様に五平は家の外に出た、中からは今まで聞いた事の無い百合の呻き声ならぬ "唸り声" が終始鳴り止まず胸が締め付けられる想いだがこればっかりは男が代わってもやれる訳も無く苛々が募る、その長くもどかしい時は半日続き日が傾き出した頃にようやく終わりを迎えた。
【オギャァァァーーーーーーー!!!】っと大きな産声が家の外まで響き渡る。
待ちに待った瞬間に五平は直ぐにでも駆け付けたかったのだが (待て待て、双子だ、もう一人出て来る迄はここで待とう) っと踏み留まる、何せお産は女の修羅場、あまり恥じらう事の無い大雑把な性格の百合でさへも⦅立ち会わないでっ!!⦆と釘を刺されていたので呼ばれる迄はじっと待つ事にする、すると【オギャーー!】っとやや弱々しかったが二人目の産声が確かに聞こえた。
「ええぇい! 何時になったらお呼びが掛かるのだ!!」っと焦る気持ちを抑え切れずに自ら戸を開け様とした時だ、五平が開けるよりも早く戸は開き菊が開口一番に、《二人とも元気な女の子だよ! 百合も元気だからね!!》
雪崩れ込む様に家に入り「でかしたぞ! 百合!!」
⦅あんたぁ~・・二人とも女の子だったよ、がっかりしてない?⦆
「がっかりする分け無いだろ、赤子と百合が元気ならそれが一番だ! いゃぁ~二人とも可愛いなぁ!!」
《何十人も赤子を取り上げて来たけどこんなに器量のいい子は初めだよ、きっと五平さんに似たんだね》
⦅ちょっとぉ~、産んだのはあたしなんですけど・・、でもいいか、五平さん似ならきっと美人に成るもんねぇ~⦆
「でも耳の形は百合に似ているんじゃないか?」
⦅それ褒めてるつもりぃ~、ねぇあんた、ところで名前はどうするの?⦆
「いゃ、赤子の顔を見てから決めようと、男か女かも判らなかったしな・・」
⦅ねぇ、双子なんだしさ、どうせならあんたとあたしで一人づつ名前を付けようよ、一日考えてそれを明日発表するの、どう?⦆
「いいではないか! では今宵一晩、良い名前を考えてみるよ」
⦅うふっ、楽しみだね⦆
・・・・・・・
翌三月一日の朝、双子の名前を発表する時だ、五平も百合もやや緊張気味なのをよそに双子は傍らでスヤスヤと寝ている、そして五平が【ゴクリッ】と生唾を飲むと、
「そうだな、まず百合から発表してくれ、百合には長女の名付けを頼む」
百合も【ゴクリッ】と生唾を飲むと、
⦅長女の名は・・、市です⦆
「イチ?」
⦅変かな?⦆
「いゃ、別に構わんがどう言った意味があるのだ?」
⦅あたしさ、行商をしてたじゃない、っで市場の賑わいが大好きでさぁ、市場って活気があるし物で溢れているし・・、この子が食べ物や着る物に不自由しない豊な人生を送って欲しいなって⦆
「なるほど、市場の市か・・、良いではないかっ! では長女は市と名付けよう!」
⦅さぁ、次はあんたの番だよ⦆
【ゴホンッ】と軽く咳払いをしてから、
「次女の名前は、漣だ」
⦅レン、どう言った字を書くの?⦆
「最初は百合の名に因んで蓮の花のレンにしようかと思ったのだが "さざ波" を意味する漣にしたよ」
⦅さざ波の漣・・⦆
「そうだ、この子の人生には常に心地よい風が吹いて欲しい、さざ波が立つ程度の優しい風だ」
⦅へぇ~あんたってやっぱり学があるんだぁ、あたしじゃ思いも付かない名だよ、ねぇ、市場の市ってちょっとバカっぽくない?⦆
「そんな事ないぞ、市は良い名だ、長女は市、次女は漣に決まりだ!」
⦅市ちゃんと漣ちゃんか、呼び易くていいね、よろしくね、市、漣⦆
(市、そして漣、二人の未来に幸多からんことを祈る・・)
~ 龍尾 ( 第零幕 / 武蔵と市 前日談 ) 完 ~
龍尾 (第零幕)は本編の前日談で劇中の時間軸では最も古い物語です、本来あまり必要無く本編が終わった後にオマケの物語として付け足す予定でしたが二十三話で龍尾と幻龍が登場(七話でも名前は伏せた形で登場)した流れからここで挿入する事にしました、龍尾と百合の馴れ初め、そして市と漣の出生の秘密?を楽しんで頂ければ幸いです。
そして本編「武蔵と市」の物語もいよいよ佳境です、残り話数も少なくなりました(第二幕で完結します)のでどうか最後までお付き合い頂ければと思います。




