隠し砦 その二
~ 忍びの里 ( 隠し砦の屋敷にて ) ~
〈幻龍殿、何故あの娘を生かしておくのですか? あの娘は危険です、幻龍殿も間近でご覧になったはず、妖術で人形を操り仁龍の首は一瞬で飛びました、切り刻まれ肉片と化したお頭の姿に仲間は怯え混乱しています、このままでは里の秩序は保てません・・〉
幻龍、あのお頭の隣に居た細身で長身、頭から外套を覆う怪しげな男は動じる様子も無く淡々と語り出す、
{案ずるな、カラクリ人形は沈黙した、力を封じられた娘など恐れるに足らず}
〈しかし・・・〉
{それにあの娘は龍尾の子だ、間違い無い}
〈龍尾?!〉
{そうは言ってもお主は知らんはずだ、龍尾はかつての仲間でな、若くして剣術や飛び道具の扱いにも長けた忍びだったがある日を境に姿を眩ましたのだ}
〈抜け忍と言う事ですか?〉
{あれは二十年前に成るか・・、我と龍尾を含む五人はとある大名暗殺の命を受けその屋敷へと向かった、しかしそこには多くの伏兵が潜んでいたよ・・、この世界ではよくある事だ、暗殺を依頼して置きながらそれを相手に伝え恩や貸しを作る、我々はどこかの大名の点数稼ぎにまんまと利用されたのだ}
〈・・・・〉
{その場で三人を失い成す術もなく敗走、我と龍尾の二人だけが屋敷から逃げ延びたが龍尾は矢傷を負っていた、かなりの深手で連れて逃げる事もままならなくてな・・、てっきり死んだものとばかり思っていた}
〈だが死んではいなかったのですね?〉
{あぁ、名を偽り百姓として生きていた、しかも嫁を娶り双子までもうけてな、あの娘はその双子の片割れだ}
〈それでは龍尾とやらは抜け忍ではなく謀略の犠牲者では?〉
{そうだ、我も龍尾も謂わば生け贄だ、しかし龍尾はあまりに多くの事を知り過ぎている、それが野に下った以上は口を封じるしかなかろう、それが忍びの掟だ}
〈御意・・〉
{十年前に我が出向き毒を盛って殺したよ、龍尾とその妻、そして娘の一人が息絶えたのは確認したがもう一人の姿が見当たらなかったのだが・・、そうか、あの時の娘がまさか生きて居たとはな、十年の時を超えて再会するとはなかなか運命的だとは思わないか?}
〈その事をあの娘は?〉
{気づいて無いだろう、まだ幼かったので全く記憶に無いかもしれない}
〈ではあの娘をどうするおつもりですか?〉
{そこだがな、この乱世を十年生き延びた忍びの血を引く娘だ、出来れば仲間にしたい、最強のくノ一に成るやもしれん}
〈危険です! 妖術や呪詛を使い仲間を拐かされでもしたら!!〉
{危険だからだよ、凡人など要らぬ、それにこの里を見ろ、人数は減り続けついに十一・・、いゃ九人迄になった、乱世では我々を重用した大名どもが今や掌を返し疎ましくさへ思っている、口封じの為にこの里に軍勢を差し向ける日も近いかもしれん・・}
〈しかし娘一人を加えたところで、既にお頭と仁龍を殺されたのですぞ!〉
{そうだ、一瞬の間に二人もだ、しかも頭は殺陣において右に出る者は居ない猛者中の猛者、斬ったのは人形だが操っていたのはあの娘で間違い無かろう、だとしたら素質は充分では無いか? いざとなれば我の呪詛で手懐けてみせようぞ}
〈御意、過ぎた申し出、お許し下さい・・〉
・・・・・・・
小さな格子窓から光が差し込む薄暗い部屋で漣は静かに目を覚ました、ここがどこなのか? 自分がどういった状況なのかも判らず虚ろな表情で辺りを見回す、真っ先に目に入るのは太い角材が格子に組合わさった間仕切り、(ここは・・、牢獄?)
次に自分の手や足の指先を見つめ顔や躰のあちらこちらを撫で回した、
(取り敢えず揃っている、大きな怪我もしていない・・)
消え去りそうな声で自らに問い掛ける、
『漣は生きているんだ・・、でも何で? 何で死んだと思ったのだろう・・』
漣には "あれから" どれ程の時が流れたのか判らなかったが徐々にではあるが混濁していた意識が呼び起こされる、(そうだ、忍びに捕らえられたんだ・・、そして・・)
そしてようやく "あれから" の記憶が一直線に繋がる、無残にも殺された五六八の姿、そして白虎が男の首を刎ねお頭と呼ばれた男を切り刻むと何発もの銃弾を浴び砕け散る・・、それらの記憶が鮮明に映し出されると津波の様に押し寄せる恐怖と嫌悪感に漣の体はガタガタと震え出し両腕で抱え込むも止め様がない、あの時の自分は確かな怒りと憎しみを持って "殺してやる! 死ね!!" っと白虎に命じていたのだ、そんな時にふと捨楽と五六八が耳元で囁いた気がした。
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~~~「漣は本当に優しい子じゃて、わしゃぁの人生で一番の幸運は漣に出会えた事じゃ」~~~
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~~~〖漣ちゃんに人殺しなんてさせられ無いしそんなの出来っこ無いよ、一緒に過ごしたのはほんの一ヶ月だけどさ、漣ちゃんがどんなに優しい娘か分かっているつもりだよ〗~~~
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『義父、五六八さん、漣のどこが優しい子なの? ただの狂人じゃない・・』
二人の信頼を裏切る己の狂気に絶望し何もかもが嫌になった、さっさと殺せばいいものの今こうして生かされている事に憤りを覚える程に。
・・・・・・・
牢獄の片隅で両膝を抱え込み塞ぐ漣の前にその男は現れた、幻龍である、幻龍は差し入れた食事に手が付けられていない事を確認すると、
{あれから一度も食べてないらしいな、どうするのだ? そのまま餓死するつもりか?}
『・・・・』
{詰まらぬ意地を張るのはよせ、お前を殺すなど容易い、しかし生かしておいたのはそれだけの価値があると判断したからだ}
『・・・・』
{それともあの無能な遊女の様にお前も首を刎ねられたいのか?}
五六八の事を出されそれまで塞いでいた顔を上げると幻龍をグッと睨み付ける。
{おぉぅ、その目はまだ死んでないな、流石は龍尾の娘だ、お前は優れたくノ一に成るぞ!}
『・・・・・』
{龍尾の名を聞いた事は無かろう? お前の父の本当の名だ、元はこの里の忍びでな、二十年前に抜け忍と成り百姓に紛れ生活していたよ}
(何を訳の判らない事を言ってるのだろう・・)
『口で言ったところで判らんか・・、ではこれに見覚へは無いか?』
幻龍は外套の裾を捲り上げ腕の彫物を見せる、そう、あの龍の彫物だ、それを見た瞬間だった、漣の記憶を封印していた重石が外れ十年前の "あの日" の記憶が堰を切った様に一気に溢れ出した!!
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~~~{驚かせて悪かったね、少しだけお話をしてもいいかな?}~~~
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~~~{蒲公英なんてどうするんだい?}~~~
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~~~{偉いね、お姉さんの為に頑張ったのだね}~~~
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~~~{これは金平糖と言ってとっても甘いお菓子だよ、さあ、お食べ}~~~
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~~~{これは蛇じゃなくて龍と言う伝説の生き物さ、君の父とおじちゃんは古い友達なんだ、これはその証}~~~
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~~{この笹の葉の包みの中には極楽浄土に行けるお薬が入っている}~~~
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~~~{今から渡すお薬を今日の晩の汁物に入れるんだ}~~~
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~~~{そうだ、レンは賢い子だね}~~~
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『おっ・・、お前は・・・』
{どうやらその顔は思い出した様だな}
『お前が渡した薬・・、あの毒で父や母や姉さんが死んだのか・・・』
{あぁその通りだ、察しが良くて助かるよ}
漣はヨロヨロと立ち上ると幻龍に歩み寄り牢獄の格子に爪が食い込まんばかりに握り絞め叫ぶ!!
『貴様ぁぁぁぁぁーーーー!!!! ふざけるなぁーーーーーーっ!!!!!!!!』
{我が憎いか? 憎いだろうな、しかしお前がこの世に生を受けたのも我のお陰だ、龍尾が抜け忍となるきっかけを与えたのは他の誰でも無い、我だからな、感謝しろよ}
『ふざけるな!! ふざけるな!! ふざけるな!! ふざけるな!!・・・・』
{事実だ、我が無ければお前はこの世に居ない、お前の命は我の物だ、あわよくば仲間にと思ったがその様子では呪詛など到底効かぬだろう、残念だが殺す事にしたよ}
『ふざけるな! ふざけるな!・・・・』
{ただしあの遊女の様に楽には殺さんぞ、仲間の一部はお前如き小娘に未だ怯えている、その者達の不安を取り除く為にも踠き苦しみ泣き叫ぶ様を見せないとな}
『ふざけ・る・な・・、父・・、母・・、市っちゃん・・、五六八さん・・・』
{そうだな・・、火炙りなんてどうだ? 人生の幕切れとして華華しいとは思わんか?}
『ゔぅっ、あぅ・・、ぐぅっ・・・、あぁ・・・・』
{しかし惜しいよのぅ、お前には大いなる可能性を感じたが所詮は只の小娘でしかなかった様だ、明日処刑を決行する、残り僅かな現し世を名残り惜しむのだな}
そう言い残し幻龍は去って行く、漣はその場に泣き崩れた、死が怖いからではない、父母や姉の死に自ら手を下していた慚愧の念、そしてもっと、もっと早く白虎の力に頼っていれば五六八は救えたのかもしれない悔しさ、今となっては全てが取り返しのつかない結末にただ泣く事しか出来なかった。




