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武蔵と市  作者: KEN板屋
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温泉

少女の後ろを付かず離れず武蔵が歩く、頭の後ろで腕を組み呑気な鼻歌交じり、ガサツな足音さへも無性に勘に障る、盲目の少女にとって "音" は周囲の状況を知る重要な(すべ)だけにことさら煩わしく苛立はそのまま口を突いて出た。


『一体いつまで付いて来るつもりだっ!!』

「もちろん師匠が俺を弟子として認めてくれるまでです」

((いず)れにせよ付きまとう気か・・)

「師匠、歳を伺ってもいいですか? (ちな)みに俺は二十六です、師匠はまだ十代に見えますがその若さであれ程の腕前、どの様な鍛練を積まれたのですか?」

『・・・・』

「師匠の旅の目的は何です? 東に向かっているけどもしかして東都(あずまみやこ)ですか? 東都なら前に一度行きました、活気があってそりゃぁ良い町ですよ」

『・・・・』

「ただ俺が行った時にはまだ帝が移り住む前だから都じゃ無かった、東郷(あずまさと)って言いましてね、今はあの頃よりもっと賑やかに成っているでしょうね」

『・・・・』

「しかし将軍ってぇのも酔狂だな、わざわざ帝を西から呼び寄せて何が楽しいのやら、そんな面倒をする位なら自ら帝を名乗れば良いと思いません? だって将軍は一番偉いのだから世の(ことわり)も自由自在、天下人ってそう言うもんでしょ?」

『・・・・』

「やっぱアレですかね、帝の神通力を恐れているとか? だとしたら将軍てぇのもとんだ腰抜け野郎だな、俺はそんな物ありゃしないと思いますよ、帝とふんぞり(かえ)ったところで(めし)食って糞して()こいて寝る、結局は俺ら平民と変わりゃしません、まぁ強いて言うなら()()んだ時にはデッカイ墓で寝るくらいですよ!」

『・・・・』

「旅は道連れ世は情け、師匠は凄い剣士だが生憎(あいにく)目が不自由だ、俺が師匠の目の代わりに役立つ時もありますって!」

『・・・・』

「無視せんで下さい、流石の俺も凹みますよ・・」


『なら()せるのだな』


そんな辛辣(しんらつ)な言葉など気にも止めず武蔵はクンクンと犬の様に鼻を卑屈かせていた、周囲を嗅ぎ回ると、

「師匠、さっきから硫黄の臭いがしませんか?」

(こいつ、聞いて無いのか・・)

「ひょっとしたらどこかに温泉が湧いているかも?! 俺ちょっくら探して来ますよ、師匠、目を離した隙に逃げないで下さいよ!」


武蔵は藪を掻き分け匂いがする風上へと消えて行った、少女は強い西日を避ける木陰に腰を下ろし暫く待つ事にする、だいぶ日も傾き今日の寝床を探す頃合いだ、盲目の少女にとって昼夜など関係無いが昼間は暑くて寝苦しい、そして何より温泉の甘美な響きに心が動いたのは言うまでもなかろう。


・・・・・・・


「師匠ぉ~~っ! まさかとは思いましたがありましたよ温泉! ちょっとばかし狭いけど湯加減は良い感じです!!」

(期待半分だったが本当にあるとはな)

あれほど鬱陶しかった武蔵の声がこの時ばかりは心地良く感じられた。


「ささっ、師匠ご案内致します、お手を引いた方がよろしいでしょうか?」

『バカにするなっ! それよりお前、どこか体に異常は無いか?』

「えっ、どう言う意味です?」

『稀にだが猛毒の瘴気(しょうき)が出ているらしい、吸ったらイチコロだ』

「ひっでぇ~~っ!! それは先に言って下さいよ!」

『稀にだ、稀に』そう言って笑った、

「へぇ~師匠が笑うところを始めて見ました、ずっと不機嫌だったので腹でも痛いんじゃないかと心配してたんですよ」

(不機嫌はお前のせいだろ)

「でも師匠の笑った顔ってすっごく愛らしいですね!」

『さっさと案内しないか!』っと少し頬を赤らめた。


・・・・・・・


衝立の様な大岩の裏に(ひと)一人(ひとり)がやっと入れる程の小さな温泉、硫黄の香りは若干の生臭さはあったが【スゥ~~ッ】と胸一杯に吸い込むとそれだけで身も心も癒され体が少し軽くなる、源泉は地面から直接湧き出し下流へと流れていた。


「では師匠一番風呂をどうぞ、下からお湯が湧いているので所々熱いかもしれませんから注意して下さいね、俺は不届き者が来ないかこちらでしっかりと見張ってるのでどうかご安心下され」

少女は『不届き者ねぇ~』っとポツリと呟く。


武蔵は大岩を背に腕を組み仁王像の様な険しい面構え、ここで師匠の信頼を得て弟子入りを許してもらう絶好の機会だ、(いや)(おう)にも気合が入る。

その裏では【スルスル~ッ】と帯を解く音に続き【バサリッ】と着物が地に落ちた、何やら想像したのか険しかった表情が僅かに綻ぶ。


『ふぅっ・・、いい湯だ・・・』

「ゆっくり(あたた)まって下さぁ~~い!」


今の時期なら行水でも充分だがやはり温泉は格別、旅の疲れを癒すのにこれ以上の物はない、疲れは眠気となりやがて少女はコクリ、コクリとうたた寝を始めた。

「う~~む・・、長い」

"ゆっくり" とは言ったものの予想以上の長湯にやや不安になり (弟子が師匠の身を案ずるのは当然、断じて "助平心" では無い!) っと己に言い聞かせ大岩の影からこっそり覗・・、いゃ、確かめ様と・・


『おいっ!』

慌てふためき先程までの体制に戻し、

「はいっ! 異常ありません!!」


『そこで突っ立ってないで背中くらい流したらどうだ?』

「えっ、俺がですか?」

『他に誰か居るのか?』

「でも師匠裸ですよね?」

『お前は着物を着たまま湯に浸かるのか?』

「いゃ、もちろん脱ぎますけど何て言うか、師匠は乙女だし、その、恥じらいってものが・・」

『一寸先も見えない私に裸を恥ずかしがれと』

(それもそうか・・)「では不肖武蔵! 僭越ながら師匠の背中お流し致します!」

顔の綻びが収まらない、師匠直々のご指名とあらば断わる道理も無くニヤニヤしながら少女の元に向かう武蔵だがその表情(かお)は一瞬で凍り付いた。


(こっ、これは・・・)

少女の(からだ)にはおびただしい数の古傷、裂傷や火傷の様な跡が背中一面に刻まれており言葉も出ない。

『どうした、饒舌(じょうぜつ)なお前が押し黙るほど私の体は醜いのか?』


(はばか)れつつも尋ねずにはいられず、

「どっ、どうされたのですか、これは・・」

『身寄りの無い(めしい)の女が乱世に生きるとはこうゆう事だ、それが判らぬほど無知ではあるまい?』

「っにしたって、こんな・・酷い・・」


『まだ生きているだけで運が()い、もっと凄惨な仕打ちで命を落とした女を数多く知っている』

「・・・・・」


『それに見えないのも悪い事ばかりでは無い、私にはこの躰も見えなければ腐り切った世を見ずにも済む、そう思へば反って好都合かも知れんな』

「背中、お流しします」

触れるだけでも痛みそうな背中を微かに震える手で慎重に洗う、それでも充分火照った躰からは垢がボロボロと落ちるが深く刻まれた傷痕が消える事は無い、それがあまりに痛ましくて(むせ)び泣く。


『お前、泣いているのか?』

「あんまりじゃ無いですか・・、何故こんな辛い事ばかりなんですか? 嬉しい事や楽しい事はちっぽけで飢えや(やまい)で簡単に死んじまう、姉貴だってそうだった、野武士に犯され孕まされて」

『・・・・』


「でも姉貴は産むって! 私の子だって!! なのに産まれた子は一度も産声を上げなかった、姉貴は意識も戻らぬまま子の後を追う様に死にました・・・、

まだ十六ですよっ!! 人生これからなのに楽しい事一つ知らずに死んじまった、今もまだあの時の姉貴の顔が目に焼き付いて離れません、苦渋と未練に満ちたあの顔が・・・・・、

何の為にこんな理不尽な世に生まれて来たのでしょうね?」

『人だから』

「えっ?!」

『人だから生まれた事に意味を求める、幸せに生きたいと願う、だが多くは獣の様に死んで行く修羅の世だ、こんな世で人が人らしくあるには希望がなくてはならない』


「希望・・、だってお腹の子は・・」

『それでも我が子だ! 自らの腹に命を宿す女の気持ちを男に理解は出来ないよ、姉さんはお腹の子に、母になる事に希望を見ていたと私は思いたい、短くとも女として生きたと』

「姉貴が、女として生きた」


『私の名は(いち)、十年前に生き別れた双子の妹、(れん)を探し続けている、風の噂で東都のカラクリ人形師の元に身を寄せて居るとか、それも定かでは無いが・・・・、

武蔵と言ったな、私の剣は我流で秘伝も奥義も無い、型すら無い、剣で与えてやれる物は無いだろう、それでも良かったら妹を探すのを手助けして欲しい、それが私の唯一の希望だ』


武蔵の表情(かお)が晴れ涙を拭うと、

「もちろんです! 俺は貴方を師と決めました、地獄の果てまで師匠に付いて行きます!!」

『悪いが地獄は一人で行ってくれ、私は(うつ)()ですべき事がある』


「えぇっ! そんなぁぁ~~~!!!」


二人、大声を出して笑った。

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