逃避行 その三
~ ( 市たちと時をほぼ同じくして ) 山中の 漣と五六八 ~
霜月(十一月)に入ると少しづつ冬の足音が近付いて来たが漣と五六八の表情は明るかった、熊退治の一件で毛皮と食料を同時に得たのが大きい、熊の毛皮はとても暖かくこれなら真冬の寒さもどうにか凌げそうだ、熊肉の殆どは燻製にしてかなりの量の備蓄となった、そして二人が入るのにちょうど良い洞穴も見つけ衣食住の目処が立った安心感から自然と笑顔も増えて会話も弾む。
〖何かさぁ、お揃いで熊の毛皮に包まれていると小熊の姉妹みたいだね〗
『ふふっ、本当ですね』
〖でも漣ちゃんさぁ、ここ一週間は熊の内臓ばかりで飽きたよねぇ、あたいお魚食べたいなぁ~〗
『贅沢言わない、内臓は足が早いから真っ先に片付け様って決めたでしょ、それに滋養は付くし今は無理をしてでも沢山食べて体力を養いましょう』
〖はぁ~い、でも肝臓は柔らかくて美味しかったけどこの腸ってやつ? 何か味はしないし噛み切れないしアゴが疲れちゃった・・〗
『塩さへあればもっと美味しくなるのだけど山じゃどうやっても手に入らないし・・』
〖あぁ~わかるーっ! しょっぱい梅干しとか食べたいよねぇ~、あとお米とお味噌汁! もう何週間も口にしてないよ〗
『無い物ねだりしてもしょうがないですよ、取り敢えず一冬はこの山で越して春になったら山伝いに西を目指そうと思ってるの、かつて都だった西の京まで行けば追手は来ないだろうし人が多いので紛れ込むにも仕事を探すにも都合が良いんじゃないかなって』
〖春になったらかぁ~、春が来るのがこんなに待ち遠しいなんて初めてだよ〗
『漣もです、ただこれからが冬本番ですから気を引き締めて頑張りましょうね!』
〖分かってるって、でも西の京に行ったら美味しい物を沢山食べるんだぁ~、きっとまだ知らない美味しい物が一杯あるよね?〗
『ふふっ、五六八さんたらさっきから食べ物の話ばっかりですよ』
〖だって食べるのが楽しいんだもん! 女郎宿に居た頃はひもじい想いはしなかったけど食べるのが楽しいなんて思わなかったなぁ・・、でも今は違う、食べ物を探したり食事の準備をするのも初めてだから楽しいんだぁ、それに焼いた舞茸や兎や川魚があんなに美味しいなんて知らなかったよ、何か毎日が発見で "生きる" ってこう言う事なんだなぁって・・・、え"っ?!〗
しかし隣で話しを聞いていた漣の頬に涙が流れていたのに五六八は驚き、
〖なっ、何? あたい何か気に障る様な事を言っちゃった? だったらゴメン・・〗
『違うんです・・、何か嬉しくって』
〖何よそれ、分かんないよ・・〗
『漣と白虎のせいで五六八さんには不自由な生活を強いちゃって本当は辛いんじゃ無いか? 我慢しているんじゃ無いかってずっと気になって・・、でもこんな生活でも楽しいって、それが嬉しくって』
〖はぁ? 何それぇ~ちょっと驚ろかさないでよ、漣ちゃんを傷つけたのかと思って焦ったわぁ~〗
『ごめんなさい、もう泣かないって言ったのに・・』
〖そうよっ! 漣ちゃん泣き虫になってる、それに辛いわけ無いじゃん、女郎宿に居た頃は毎日が死ぬほど辛かったけど今は自由でホント楽しい!!〗
漣は涙を拭うと気合を入れる様に頬を【パンッ! パンッ!】と二度叩き、
『漣も楽しいです、でもこらからはうんと寒くなるし食べ物も燻し肉が中心だから正直しんどくなるかも、覚悟して下さいね!』
〖うっ、うん・・・、まぁ、それはそれで・・、ところでさぁ漣ちゃん、一つお願いがあるんだけど〗
『お願い? いいですけど味噌とかお米はどうやったって出ませんからね』
〖そんなんじゃ無いよ、あたいさぁ文字が読める様になりたいんだよね、遊女仲間で本を読んでた人が羨ましくってさぁ、きっとあたいが知らない事を沢山知ってるんだろうなって、だから冬の間に読み書きを教えてよ!〗
『それならお安い御用です、本は面白いですよ、色んな事を教えてくれるし時には泣いたり笑ったりドキドキしたり、善は急げ、今日から手習いを始めましょう!』
〖えっ?! 今日はいいよ、何もする事の無い冬の間でさぁ・・〗
『五六八さんたら本気で学ぶ気がありますか?』
〖あるさ! じゃあ今日から頑張る!! ・・・でも優~しく教えてよね、あたい初なんだから〗
『おかしな言い回しをしないで下さい! 漣はヤル気の無い弟子には厳しいですよ!!』
〖えぇ~っ! でもたまに愚痴っても多めに見てよね、漣先生〗っと何時もみたいにペロッと舌を出しお道化て見せる、
『もうっ! 今から愚痴る気満々じゃないですか!!』
・・・・・・・
残り少ない秋の恵みを二人で探す、特に椎茸は干して乾燥させれば保存食になるので今日は椎茸を中心に探していたのだが大きなイチョウの木の下に大量の銀杏の実が落ちているのを見つけ漣は夢中で拾っていた。
〖ねぇ、この臭い実が食べられるの?〗
『実は食べません、中に種があってその種の中身だけを焼いて食べるんです、銀杏って言って義父が大好きだった』
〖へぇ~、漣ちゃは何でもよく知ってるねぇ~、ところでコレってさぁどんな味がするの?〗
『う~ん・・、ほろ苦い? 漣はそんなに好きじゃ無かったかな、ただ美味しそうに食べる義父を思い出したら嬉しくなっちゃって、でも少し毒があるから食べ過ぎるとお腹が痛くなるとかならないとかで・・』
五六八は呆れ顔になり〖はぁ? 何それぇ、苦くて毒があるって最悪じゃん・・〗
『食べ過ぎなければ大丈夫ですよ、これも日持ちするし燻し肉だけだと心許ないので沢山拾っておきましょう』
〖えぇ~っ、何か拾うの嫌になっちゃったよぉ~、手が臭くなるし(毒もあるしさぁ)・・〗
『ちゃんと拾って下さい! 五六八さん!!』
〖はぁ~~い、(前から思ってたけど漣ちゃんて小姑みたいだな)・・〗
『何か言いました?』
〖言ってません! ちゃんと拾ってますよっ!!〗っとやや不貞腐れ気味に顔を上げた時だ、
〖ひゃっ?!!〗
漣と五六八、そして白虎は謎の男三人に取り囲まれていたのだ、
(追手っ?! 全く気づかなかった・・)
〈こんな山奥で若い娘が銀杏拾いとはな、差し詰め足抜けした遊女と言った処か?〉
〈この人形は一体何だろうな? 生意気に陣羽織なんか羽織ってやがる〉
〈動いてたしカラクリ人形みたいだな、ただこんな精巧なのは初めて見たが・・〉
〈ところでこの女はどうします、里に連れ帰りますか? それともこの場で犯っちまいます?〉
〈一応お頭の処まで連れて行こう、後でバレたら何を言われるか判らん〉
〈くぅ~~っ、残念無念・・〉
〖れっ、漣ちゃん、どうしよう・・〗
『こうなったら諦めるしかないです』
〖そんなぁ・・〗
漣は囁き声で『(白虎、お願いだからあの刃は出さないで、もう白虎に人を傷付けて欲しくないの・・)』
〈何をボソボソ言ってやがる、お前らには里まで来てもらう、予め言っとくが逃げようなんて無駄なマネはよせ、俺達は忍びだ、万に一つも逃れられない〉
(忍び?!)
〈縄はどうします?〉
〈女はいいだろう、出来るだけ無傷な方がいい、そのカラクリ人形は少々不気味だから縛っておけ〉
〈こ奴も連れて行くのですか?〉
〈ちょっと興味がある、これだけ良く出来たカラクリもそうは無いからな、お頭への手土産だ〉
〈御意〉
そして白虎は罪人の様に後ろ手に縛られると、
〈じゃあ行くぞ、俺の後を付いて来い!〉
〖漣ちゃん・・〗
『従いましょう、それしかないよ・・』
こうして二人の逃亡生活は冬を待たずに終わりを告げた。