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武蔵と市  作者: KEN板屋
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逃避行 その二

~ ( 回想・一週間前 ) 山中(さんちゅう)の 漣と五六八 ~


漣と五六八が東都から逃げ延びて半月が経つ、人目を忍ばなければならない隠居の日々は決して楽なものではなかったが幸い神無月(十月)の山は多くの恵みをもたらしてくれた、山菜やキノコや果実はもちろんだか兎やイタチやテンなどの動物も冬に備え活発に動き回り罠に掛かり易い、義父から教わった様々な知恵と工夫が漣と五六八の生活を支えていた、しかしその生活はそう長くは続かない事も漣は判っている。

咎人の漣と女郎宿を逃げ出した五六八は里に下りる事は出来ずこの山で一冬を越さねばならない、しかし冬山で食べ物を探すのは容易(たやす)い事ではないだろう、小動物も減り雪が積もれば仕掛けた罠も意味を成さない、そして食料と同じ位に悩ましいのが寒さに対する備えだった、着の身着のままで飛び出した二人、着衣は漣の作務衣と五六八の着物、そして白虎の陣羽織しかない、暖かい毛皮が欲しくても今の漣に鹿や猪などの大物を狩れるはずも無くこんな状態のままで数ヶ月にも及ぶ長い冬を迎えるのかと思うと不安や焦りが増して行き次第に漣の心は追い詰められていた。


〖ねぇ漣ちゃん、なに悩んでるの?〗

一瞬【ドキリッ】とし息を呑む、五六八の前では(つと)めて明るく振る舞って居たのに心の内を見透かされた焦りからか『悩んで何かいませんっ!!』っと怒鳴る様に言い放ってしまう、少し面食らった表情の五六八だったがその後は優しい眼差しで漣を見つめていた。


『あっ、ごめんなさい、五六八さん』

〖いいんだよ、あたいはさぁ、頭も要領(ようりょう)も悪いわ根性は無いし、この前は漣ちゃんの前でわんわん泣いて頼り無いよね・・、でもさぁ、あたいだって何時(いつ)までも漣ちゃんのお荷物じゃ嫌だよ、頼ってなんて偉そうな事は言えないけど少だけお姉さんなんだから悩みがあるなら相談して、一人で抱え込むより話す事で楽になるかもよ?〗

『五六八さん・・』

五六八の優しさにずっと張り詰めていた緊張の糸がプツンッと切れた、悲しい訳でも無いのに大粒の涙が止めどなく流れ落ちそして大声で泣き出してしまう、五六八はそんな漣の事を何も言わずにそっと抱きしめ続けた。


・・・・・・・


一頻(ひとしき)り泣き続けると不思議と気持ちは軽くなっていた、時として弱音を吐き出す事も必要なのだろう、落ち着きを取り戻した漣は今の不安を素直に打ち明ける。


〖そうか・・、そうだよねぇ、あと一~二ヶ月で寒い冬が来るんだよねぇ、ここ半月はどうにかなったからこれから先もどうにかなりそうな気がしていたけど難しいね〗

『正直かなり厳しいです、このままだと飢えと寒さでとても冬を越せない・・』


〖漣ちゃんさぁ、今の内に薪を沢山用意して置くのはどうだろう? 白虎薪割り得意なんでしょ!〗

『それも考えました、でも駄目なんです、煙が狼煙(のろし)の様に目立つので昼間は燃やせません、夜だって危険なので火を使うのは出来るだけ短くしたい』

〖あたいが思いつく様な事は漣ちゃんならお見通しかぁ、しかし追われる身って不自由だね、火も満足に使えないなんて〗

『それに山菜やキノコは(じき)()れなくなるし米や麦どころか(あわ)(ひえ)も無い、食べられるのは獣肉か川魚くらいだけど()れない日が何日も続いたら・・、そんな事ばかり考えていたら不安でどうしよもなくて五六八さんに当たっちゃった、本当にごめんなさい』

〖いいんだよ、あたいが頼りないばっかりに年下の漣ちゃんに苦労を掛けさせてさぁ、でも困ったね、どうすりゃいいんだろう・・〗

『漣の力じゃ山で冬を越すなんてとても無理なのに一人で強がって馬鹿みたい・・』


〖ひもじくて寒くてどうしようも無くなったらさ、その時は山を下りて人里に行こうよ、それでもし捕まったら・・、その時は運が無かったって諦めるしかないよね、でも見つからなければあたいが(からだ)を売って漣ちゃんを食べさせてあげるからさぁ〗

『それは嫌です』

〖何で? だってあたいはそうやって生きて来たんだよ、漣ちゃんは軽蔑するのかもしれないけどあたいにはそれしか出来ないし・・〗


『五六八さんがそうして来た、そうせざる得なかった事を軽蔑する何て一度もありません、でも漣の為に躰を売るのは絶対に嫌なんです、だって女郎が嫌で飛び出したんじゃないですか! 何でまた戻ろうとするのですかっ! 五六八さんに辛い想いをさせてまで生き様なんて思わない! (こご)()んだ方がマシです!!』

〖もぉ~~~う、今度はあたいを泣かせる気? 何でそんなに良い子なのさっ、やっぱりあたい漣ちゃんの嫁になるぅ~〗っと力強一杯漣に抱き着く、

『だからそれも嫌です! 五六八さん離して下さい!!』

しかしそんな言葉にも耳を貸さず漣を抱いたまま【クンクン】と首元を嗅ぐと、

〖ところで漣ちゃん、少々匂うわよ・・〗

『えっ?!』

〖頭もフケだらけだし・・〗

『しょうがないじゃ無いですか! ここ半月は逃げるのと食べるので精一杯で身だしなみに気を使う余裕なんてありません!!』

〖ダメよ漣ちゃん、年頃の娘はもっと見栄を張りなさい! 武士は食わねど高楊枝って言うでしょ!!〗

『それ使い方合ってます?』

〖何となく合ってればいいの、さぁ、身を清めましょう!〗

『清めるって?』

〖行水に決まってるじゃないか!〗

『五六八さん本気ですか?! こんな時期に行水なんてしたら風邪を引いちゃいますよ!』

〖風邪がなにさっ! ()っさい娘の方が大問題でしょ!!〗


『くっ、臭い娘だなんて・・・』 少々落ち込む漣であった。


・・・・・・・


日が暮れるのを待ってから冷えた体を直ぐに温められる様に焚火を始める、ちょっとした滝壺があり狭いが深さは充分で行水には打って付けな場所を見つけていた、ただ真夏ならまだしも少し肌寒くなった今の時期の水は冷たい、漣は手を差し入れ『五六八さん、かなり冷たいですよ、本当に入る気ですか?』

〖もちろんさぁ、それにこれからもっと寒くなるから行水も最後に成るかもしれないよ〗

『不吉な事を言わないで下さい!』

〖あっ、ごめんごめん、じゃあ早速入ろうよ!〗

五六八は躊躇(ためら)う事なく着物を脱ぎ捨て我先にと水に入る。


『冷たくないんですか?』

〖もちろん冷たいよ、でも気持ちいい~、漣ちゃんも早くおいでよ!〗

『・・・・・』

〖なぁ~に、恥ずかしいの? 女の子同士なんだから気にする事ないよ〗

漣は疑いの(まなこ)を向けながらも軽く笑みを浮かべ『五六八さん、変な事しません?』

〖変な事って何? あたいバカだからわかんなぁ~~い〗

(何かムカつく・・)

五六八の明らさまな挑発に漣も作務衣を脱ぎ捨てると足先だけをそっと水に入れた、

『つっ! 冷たい!!』

〖最初はちょっと冷たいけどさ、直ぐに慣れて気持ち良くなるよ〗

『えいっ!』っと軽く掛け声で勢いを付けると【ドボンッ】と一気に頭まで浸かり、

『ぷはぁ~っ、冷たぁーーーーーーーい!!!!』


〖ハハッ、漣ちゃん思い切りがいいねぇ~〗

『ハァ、ハァ、ハァ~ッ、でも本当だぁ、冷たいけど気持ちいい・・』

〖でしょ、けど長くは無理だから早く体と頭を洗っちゃいなよ、でも思った通りだ、漣ちゃん綺麗な(からだ)してるねぇ~〗

『恥ずかしいからジロジロ見ないで下さい!』っとクルリ五六八に背を向いてしまうので、

〖えぇ~っ! 何でよぉ~、見せてくれない子はこうだっ!!〗と後ろから漣の胸を鷲掴みにする、

『もうっ! それが変な事なんです!!!』


・・・・・・・


二人ではしゃいで笑って久々に楽しい時を過ごした後は焚火で囲んで冷えきった体を暖める、これからの事を思うと不安は尽きないが今だけは考えるのはよそう。


〖でも大泣きしている漣ちゃんは可愛かったなぁ~、また泣きたくなったら言ってね、 あたいの胸でよければ何時(いつ)でも貸してあげるからさぁ〗

『直ぐそうやって意地悪を言う、五六八さんだってこの前は子供みたいに泣いてた癖に、漣はもう五六八さんの前では泣きません!』

〖えぇ~つまんないーーーっ!〗

『つまらない女で結構です!!』


その時だ【ガサッ、ゴゾッ】と不気味な音が茂みの奥から響き渡る、先程までの(おだ)やかな空気が一瞬で凍りつく。


『えっ?! 何・・』

〖漣ちゃん今、大きな音がしたよね?〗

二人寄り添い不安な面持(おもも)ちで音のした方を見つめる、すると茂みを押し分けて大きな黒い塊が姿を現した、あの音の正体は・・、巨大なヒグマだったのだ。


『くっ、熊?!!』

〖漣ちゃんどうしよう・・、逃げないと・・〗

『五六八さん静かにして、刺激すると反って危ない、それに熊の方が早いよ・・』


漣の判断は冷静だった、熊は警戒心が強く臆病な生き物だ、普通は熊の方が人を避けるので襲われる事は滅多にない、しかし慌てて逃げると人を弱い獲物と見なし襲って来るのだ、漣は小声で『白虎、あいつを追い払える?』

白虎はスッと立ち上がると右腕の刃を開き一歩一歩熊に近づいて行く、漣は祈る想いで、

(お願い、どこか遠くに逃げて・・)


しかし願いも空しくヒグマはその場から微動だにしなかった、逃げてくれないどころか二本足で立ち上がり俺の方が大きくて強いぞとばかりに威嚇を始めたその時だった、白虎の刃が横一線に流れると【ドサリッ】と鈍い音を響かせヒグマの頭は地に落ちる、首を失っても百貫はあろう巨大な体はまるで風に舞う()の葉の様にユラユラと揺れながらやがて静かに横たわる、

(えぇっ・・?!)


二人は目前で起きたの出来事に言葉を失い暫くの間沈黙を続けた、白虎には度々救われ頼りにはしていたがまさかヒグマを一太刀で仕留めるなんて思いもしなかった、その圧倒的な力を前に畏怖(いふ)すら感じたのも事実だがまたしても白虎に救われたのだ。


〖ははっ、凄いね白虎、こんなに強いなんて思わなかったよ・・〗

『漣も驚いてます、まさかこんな事に成るなんて、義父(とと)は本当に守護の神獣を残してくれたんだ・・』

〖漣の義父って何者なのさ、神様の生まれ変わりじゃない?〗

『本当にそうかもしれません、だってこれで何とか成るかも』

〖何とかなるって?〗

『この大きな熊なら二人分の毛皮の羽織を作れそうだし大量の肉は干したり(いぶ)せば日持ちする、一冬なら持ち(こた)えられるかも・・』


〖凄いよっ! やっぱり漣ちゃんの養父は神様だね!!〗

義父(とと)、白虎、ありがとう』


絶望的な状況からようやく一筋の光が見えた漣と五六八だった。





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