東都 ( 第一幕 完 )
「流石に都だなぁ~、あっちを見てもこっちを見ても人、人、人の波だ、この大勢の中から漣さんを見つけ出せたらさぞ気持ちいいだろうな、よしっ! まずは例の人形師について情報収集だな? 猪丸よ!」
[そうだな、顔が広いと言えばやはり商人から当たるのが定石なのだが・・、それにしても武蔵よ、何か様子がおかしいとは思わないか?]
「確かに、俺たちやけに注目される様にも感じるな・・」
『どうやらその様だ、町行く人の気配で大方判るよ』
「猪丸が強面の大漢だからビビッてるんじゃねぇの? 山賊が襲って来たと勘違いしてさ!」
[いゃ、わしじゃ無い、明らかに市師匠を意識している]
「そうかっ! 師匠はなかなかどうして別嬪だからなぁ~、そりゃ注目もされるよ」
[ここは都だぞ!! 着飾った町娘たちが大勢居る中で地味な市師匠が目立つかっ!]
「地味は余計だろ! 師匠は元が良いから着飾らくなくたって目立つんだよ!!」
『いゃ猪丸の言う通りだ、何かがおかしい・・』
町人たちは市を見て何やらヒソヒソ話したり顔を背けたり、どこかへ走り出す者まで居る、警戒されているのは火を見るよりも明らかだった。
「まぁここでじっとして居ても埒が開かないし行きましょう!」と歩み出した時だ、
【ザッ、ザッ、ザッ、ザッ・・・】
十人程の男達がこちらに駆け寄って来たかと思えばアッと言う間に市達は取り囲まれてしまった、手には槍や刺股を携えその目付きにはただならぬ殺気が漲る、花と小太郎は咄嗟に猪丸の陰に隠れ声も出せずに怯え震える。
「なっ、何だよ・・、お前ら」
〈神妙にしろ! 抵抗すれば問答無用で斬る!!〉
『武蔵大人しくしていろ、絶対にこちらから手を出すなよ、あと何も話すな・・』
身形の整った役人らしき人物が市に問う、
〈そこの者、その真ん中に居る娘だ、名を何と申す〉
『市と申します』
〈市っ?! お前は市と申すのか? 漣では無いと申すか?〉
「(漣だって?!)」
『私は旅の者です、つい先程ここ東都に着いたばかり、咎を受ける覚えはありません』
〈う~む・・、まぁよい、幾つか調べたい旨がある故申し開きは奉行所で聞こう、おいっ! この娘に腰縄を掛けろ!〉
「待ってくれっ! 師匠は何・・」
『黙っていろ! お役人殿、私は目が不自由です、腰縄をされては杖も突けず歩く事もままなりません、逃げも隠れも致しませんのでどうか縄はご容赦願いたい』
〈お主し目が見えぬと申すか?〉
『はい』
それを聞くと役人同士で何やら小声で話したり首を傾げたりやや落ち着きが無くなり〈よし、腰縄はいいだろう、ただおかしな気を起こすで無いぞ、妙な動きがあれば容赦なく槍で突くからなっ!〉
『ご配慮感謝します、では案内下さい』
「お役人、師匠は本当に何もしていないんだ! 手荒な事はしないでくれよ!!」
市は小さな声でそっと伝える、
『心配するな武蔵、これは返って好都合かも知れない』
「そっ、そんなぁ~・・」
こうして市は八方を囲まれ奉行所へと連れて行かれてしまう、青天の霹靂の様な状況に事態を呑み込めずに居た時だ、小太郎が〔ねぇ見て、あそこに市姉ちゃんの顔があるよ〕
っと指し示す立看板には市そっくりの人相書きで、
【 "人相手配書 漣" 】
っと記されていた。
「一体これはどう言う事なんだよ? 漣さん・・・・」
[わしらも奉行所まで行くぞ、何時出されるかは判らんがここで待つよりはいいだろう?]
「まさかいきなり打ち首なんて事は無いよな? 猪丸」
[あの様子ならたぶん大丈夫だろう、ただこうも似ていては野放しにも出来んだろうが調べが終われば無罪放免に成るはずだ、奴らが探しているのはあの人相書の漣であって市師匠ではないからな]
「師匠ぉ~、頼むから無事で居て下さいよ・・」
・・・・・・・
武蔵たちは奉行所の前で待ち続けた、中の様子は伺い知れず不安で時が経つのが途轍も無く遅く感じる、そして一刻、二刻と全く動きは無く、
「猪丸よぉ~、ちっと遅くねぇか?」
猪丸は動じず奉行所の壁にもたれる様に座る、目を閉じ腕を組んだまま、
[ジタバタしたって始まらねぇ、こうゆう時はじっと待つ事しか出来ねぇよ]
「畜生めっ!! 師匠の身に何かあったらただじゃ置かないからな!」
そして三刻が過ぎ大夫日も傾むけかけた頃にようやくその時は訪れた。
「師匠ぉ~無事でしたか! あぁ良かったぁーーーーっ!!」
『都に着くなり皆に心配を掛けさせたな、すまなかった・・』
「この際どうでもいいですよ! それより中で酷い事はされませんでしたか?」
『何もされて無い、大丈夫だ、ただ見分の為に何人か人を呼ぶ必要があったので少々手間が掛かったが疑いは晴れたよ、それに怪我の功名と言っては何だが色々と聞けたので後でゆっくり話すとしよう』
・・・・・・・
日が沈み小太郎と花は床に着いた、猪丸は二人の寝顔を眺めながら時折頭を撫でたり軽く頬を突ついたりしてニヤニヤしている、これが毎日の儀式の様に続いていた。
[子どもの寝顔ってぇのは見て居て飽きないな・・]
「しかしこうして引っ付いて寝ているとまるで本当の兄妹みたいだな」
[確かに、よく喧嘩していた頃もあったが今じゃ二人で遊んでいる時間が長くなったよ]
「手離れして行くのが淋しいんじゃねえか、猪丸?」
[うるせぇ・・、でも小太郎が来て花は変わったよ、このところ背負子に乗りたがらないんだ、前は疲れただの眠いだの言って隙あらば乗ろうとしたのに]
「やっぱり小太郎の目が気に成るんじゃねぇの? 女はマセてやがるから」
[じゃあそろそろ背負子は用済みか? そう思うと少し淋しいな・・]
「それが成長ってやつよ、今は鼻垂れのガキだなんだ思っても十年もしたらすっげぇ美人に変わっちまったりな」
[十年だと十七かぁ、すると小太郎は二十一・・、んっ?!」
「何か二人ともいい感じの年頃になっちまうな」
[いかん! いかん! もうちょい離して寝かしとこう]っと花を小太郎から少し遠避ける、
「起きるぞ猪丸~っ、しかし益々父親みたいだな」
『さて、そろそろ聞きたくてもどかしいだろうから例の話でもしようか?』
「そうですね、奉行所で何があったのですか?」
『まず妹の漣だが生きている事が判った、だが今は追われる身だ』
「師匠にそっくりの人相書きがありました、勿論漣って名前入りで、やっぱり双子は何年経ってもよく似ているみたいですね」
『あぁ、まず順を追って話そう、噂で聞いていた通り漣は養父である人形師と共にこの東都に移り住んだ、それが約七年前の事だ、だが養父は二年程前に他界しその後は一人静かに暮らしていた様だが事態が急変したはほんの数週間前だとか』
「たった数週間ですか・・」
『物見に訪れた役人を斬り付け怪我を負わした、命に関わる程では無いらしいが相手が相手だけにな』
「それが理由で逃げた?」
『そうだ、役人に対する狼藉は打ち首覚悟、死にたくなければ逃げる他無い』
武蔵はやり場の無い苛立ちから【パチンッ】と自身の掌を拳で叩き、
「何って事をしでかしたんだっ! もう少しで会えたのに!!」
『あと理由は判らないが五六八と言う遊女と行動を共にしているらしい、漣の家からその遊女の簪が見つかったそうだ、赤珊瑚の玉をあしらったとても珍しい物で身請け元が贈った品に間違へ無いとか』
「身請けが決まった遊女と?」
『あぁ、足抜けはよく有る話だが身請けは遊女にとってこの上ない慶事だからな、それが決まってからは不自然だ、なので漣が拐ったのかもしくは恋仲を疑ってもいたな、男色が少なく無い様に女同士の色恋もまた珍しくない、ただ実際のところは何も判らないし奉行所で聞けたのはここまでだった・・』
それからは言い様の無い重苦しい空気と長い沈黙が続いた、三人それぞれに交錯する想いがあったからだ、
(漣に会いたい)
(妹に会わせてあげたい)
その一念でここ東都まで来たと言うのに漣は追われる身で行方知れず、探そうにも唯一の手掛かりすら潰えてしまったのだから。
「でも漣さんが生きている事が判っただけでも良かったですよね、師匠?」
[本当にそう思っているのか、武蔵よ]
「そりゃあ死んじまってたら探し様も無いが生きているなら可能性は有るだろう?」
『どうなのかな・・、まだ探す意味があると思うか?』
「師匠、それはもう漣さんを諦めるって意味ですか? だって漣さんを探し求めてここまで来たんでしょ? 漣さんが師匠の希望だったのでは?」
『私にとって漣は生まれたその日から七年もの間ずっと同じ時を過ごした自身の片割れの様な存在だ、しかし十年前のあの日を境に別々の人生を歩む事になった・・、
こんな修羅の世に放り出された幼子が今日まで生き永らえたとしたら奇跡かもしれない、それは私が身を持って知っている、だから東都で暮らしていると聞いた時はどれほど嬉しかった事か、生きているなら会いたい、会って抱きしめたい、そう願っていたのだ、
なのに罪を犯し追われる身・・、漣にとっての十年がどんなものであったのか知る術は無いが時が漣を変えてしまったのなら、私の知る優しく思慮深い漣はもうこの世に居ないのだとしたら・・、そう考えると今は会うのが怖い』
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「師匠、漣さんを探しましょう、きっと何かの間違えだ、俺は漣さんの事を何も知らないけど漣さんを信じたい、だって師匠の妹がそんな悪人な分けがありません・・、それに・・、それにこんなモヤモヤした気持ちのままでこの旅を終われませんよ!」
『その結果、私は唯一の肉親をこの手に掛ける事に成るかも知れんのだぞ?』
「漣さんに会えば全て判ります! 俺は師匠も漣さんも信じてます! そんな事には絶対に成りません!!」
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『武蔵は阿保みたいに真っ直ぐだな、どこまでも私と、そして漣を信じてくれる、お前が居てくれて良かったよ』
「そう言って貰えると嬉しいけど阿保は余計ですよ」
『誉め言葉だよ、照れ隠しのな・・』
「えっ?!」
[まだ旅を続けるのならわしも付き合うぞ、乗り掛かった船だ、どうせなら結末まで見届けたい]
「猪丸の場合は花や小太郎と離れたく無いのが本音だろ?」
[うるせぇ!]
【ボカッ!!】
「痛つぅ~~っ! ちっとわ手加減しろや!!!!」
『武蔵、猪丸、本当にありがとう、これからも力を貸してくれ!』
[うすっ!]
「はいっ!」
~ 第一幕 東都編 完 ~
第一幕、東都編はこれで完結ですが市と武蔵の旅、そして漣の物語はまだ続きます、現在第二幕に向け準備しておりますので今後も引き続きお付き合い頂ければと思います。