逃避行
~ ( 回想・三週間前 ) 山中 ~
〖ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ・・・・・・・・・・、
れっ、漣ちゃん、ハァッ・・、あたい駄目、ハァ、、もう走れないよ・・〗
『五六八さんしっかりして下さい! ここじゃ見つかっちゃいますよ!!』
〖ハァッ・、でももう動けない、ハァッ、漣ちゃんだけも先に逃げて・・〗
『そんな、五六八さんを置いて行けません!!』
〖漣ちゃん!! ハァッ、あたいは捕まっても女郎宿か身請け先に戻されるだけ、ハァッ、でも漣ちゃんは殺されるんだよ! ハァッ、あたいの事は放っといて早く逃げてよ!!〗
『そんなぁ・・・、アッそうだ!! 白虎っ、五六八さんを背負ってあげられる?』
白虎は何も言わずただ五六八の前で腰を屈め立膝の恰好になる、
『ありがとう白虎・・、さぁ五六八さん、白虎の背中に乗って下さい!』
〖嫌だよっ!! ハァッ、怖いよ! あたい見てたんだよ、お役人を斬る処をさぁ、ハァッ、そもそもこいつが悪いじゃんかっ! こいつがあんな事さへしなければ逃げてないよ!!!〗
『・・・、そうかもしれません、でも五六八さんを守りました、前に漣も白虎に助けられたんです、だから今は白虎を信じてあげて、絶対に五六八さんを傷付けたりしないから』
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〖分かったよ、そうだよね、あたいを守ってくれたんだよね・・、嫌なこと言ってごめんね〗
それからの五六八は漣に言われるがまま白虎の背中にしっかりとしがみ付く、すると白虎はすっくと立ち上がり、
〖ひゃっ?!〗
『よし、行くよ白虎っ!!』
漣は走り出した、それに続き白虎も颯爽と駆ける、あまりの勢いに多少の怖さも感じつつも、
〖はっ、はははっ、凄いよ漣っ!! 白虎っ!! まるで風になったみたいーーーーっ!!!!〗
・・・・・・・
『ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ・・・、だいぶ離れましたね・・、ハァッ、漣もそろそろ限界です、ハァッ、ここで一休みしましょう』
〖えぇ~~っ、せっかく楽しかったのにぃ~〗
『ハァッ、ハァッ・・、えっ?!』
〖うそうそ、それにしても漣ちゃん体力あるねぇ~、あたい籠の鳥だったからまるっきりでさぁ、足引っ張って悪かったよ〗
『ハァッ、でも白虎を信じてくれてありがとう、ハァッ、白虎は養父が残してくれた唯一の形見・・、ハァッ、漣の大切な仲間なんです』
〖そうなんだぁ~、そう言われと白虎なかなかカッコいいよ、胸の絵も素敵だし〗
その時【ぐぅ~~~っ・・】と二人のお腹が同時に鳴った、互いに顔を見合わせると、
『ふふっ』
〖アハハッ〗
『安心したらお腹が減りましたね、少し休んだら食べられそうな野草かキノコでも探して来ます』
〖漣ちゃんそんな事も出来るんだぁ~、漣ちゃん可愛いし生活力あるしあたいを嫁にしてくれない?〗
『それどこまで本気で言ってます?』
〖割と本気だよ? その代わり床では下手な男より喜ばせてあげる自信があるんだぁ~〗
『絶対に嫌です!!』
〖あら、残念〗とペロッと舌を出しお道化て見せた。
・・・・・・・
食料採集で一旦は離れていた漣が少し興奮気味に小走りで戻って来る、手には何やら大きな塊を大事そうに抱えていた。
『五六八さん見て下さい! 舞茸ですよっ!! しかもこんな大きな株の舞茸なんて漣も初めて見ました! ・・・んっ?!』
しかし高揚する漣を尻目に五六八は舞茸を指さし、
〖何これ、食べれるの?〗
『えっ、舞茸ですよ、キノコの、もしかして初めてですか?』
〖あぁこれキノコなんだぁ~、へぇ~変わったキノコだねぇ、あたい椎茸とか松茸しか知らないからさぁ、ところで松茸って形が男根に似て・・〗
『五六八さん!』
〖アッごめんごめん、生娘の漣ちゃんに男根の話は無・・〗
『五六八さん!! もうふざけてないで舞茸食べますよ、本当は炊き込みご飯にしたり汁物に入れたり色んな食べ方があるけど今は焼くだけですがっ!』
〖はぁ~~い〗
・・・・・・・
眉間に皺を寄せ焼き舞茸と睨めっこしている五六八、初めて見る食材に明らかな警戒感を示しつつ〖漣ちゃん、これ毒とか無いよね?〗
『ありません』
〖そうか・・、じゃあ食べるね、食べるわよ、食べていいのね?〗
『冷めない内に早く食べて下さい!』
〖う~~ん・・〗【カプリッ】
五六八は目を大きく見開き〖やだっ、これ美味しい! 食感もシャキシャキしていて楽しい!!〗
『舞茸はその姿が舞っているように見えるから付いた名ですが "珍しさと美味しさから見つけた人が思わず舞い上がるほど喜んだ" なんて謂れもあって椎茸や松茸よりも上なんですよ』
〖へぇ~凄いねぇ、やっぱりあたい漣ちゃんのお嫁になるわ!〗
『お断りします!』
舞茸を食べ終えてくつろぐ二人、お腹が満たされれば人間余裕も出て来るのだろう、唐突に五六八が、
〖フッ、フフフッ・・・〗
『何です急に? 思い出し笑いなんかして気味悪い・・』
〖だって漣ちゃんたらさぁ、お役人に "シラミが一杯居て大変" とか言ってたじゃない? 裏で聞いてて吹き出しそうになっちゃったよぉ~、あれはケッサクだったなぁ~〗
『咄嗟にそんなのしか思い浮かばなかったのっ! 漣もしくじった事くらい判ってますよ・・』
〖ホント漣ちゃんて良い娘なんだね、嘘が下手で〗
『・・・、五六八さんだって嘘が下手ですよ』
〖えっ、何で?〗
『逃げている時に五六八さん〖捕まっても女郎宿か身請け先に戻されるだけ〗って言ってたでしょ? でもそんな事無い、遊女の足抜け(※脱走)は重罪で捕まれば厳しい折檻が待っている、それは時として命を落とす程の』
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〖何だ、知ってたんだ・・〗
『以前に義父から聞いたんです、東都で火事が多いのは足抜けした遊女が火を着けるから、混乱に紛れて一歩でも遠くへ逃げたい、遊女たちの決死の覚悟が罪に罪を重ねさせるのだって・・・』
〖あたいね、前に連れ戻された仲間の折檻を見たんだ、いゃ見させられたかな? 同じ気を起させ無い為にあたいらの目の前で折檻するんだよ、そりゃもう見てられなかった〗
『死んだのですか?』
〖死んじゃ無いけど死んだも同じかな? 顔は誰かも分からないほど殴られ指は全部折られた、体だってもう売り物になりゃしない、そんなズタボロで放り出された女は末路は分かるよね?〗
漣は両手で目を覆い声を震わせ『ひっ、酷いっ・・・、何でそんな事を・・』
〖それでもあたいは抜け出したかったんだよねぇ、どうせ逃げられっこないのに、でも火を着け様なんて思わなかったよ、だって他人を不幸にして自分だけが幸せになれっこ無いし・・・、
それでさぁ、本当は漣ちゃんの家の裏で死のうと思ってたんだ〗
『えっ?!』
〖あんな折檻で苦しむならいっそ一思いに死んじゃえって、どうせ生きてたって楽しい事一つ無いしクソみたいな男に抱かれるのもウンザリだ〗
『・・・・』
〖でもさぁ、いざとなったら死ねなくて・・、何故だか分かんないけどあの人形を見ていたら急に死ぬのが怖くなってね〗
『きっと義父の人形が五六八さんを思い止まらせたんだ・・』
〖そんなんじゃないよ、あたいが臆病者なだけ〗
『なら臆病でいい、だから今こうして生きている』
〖でも後悔してる、漣ちゃんを巻き込んじゃった、あたい一人が死ねば済んだのに・・〗
『漣は五六八さんが生きていて嬉しい、これからどうなるかは判らないけど命さへあれば、希望さへ捨てなければきっと何とか成るよ!』
〖漣ちゃん・・・・〗
五六八の目から涙が溢れ頬を一筋伝うと漣の胸に飛び込む、作務衣の襟を握り絞めただひたすらに泣き続けた、まるで赤子の様に。