晴れた日に
どうやら小太郎の "真人間に成る" という言葉に嘘偽りでは無かった様でここ一月は猪丸に付きっ切りで狩りの仕方や獲物の捌き方、道具の作り方などを貪欲に学ぼうとしていた、猪丸もまた自分が与えられる知識は惜しげもなく何でも与えた、基本はやや人見知りで他人との関わりを毛嫌う事の多い猪丸だがその実頼られたり懐かれると放っては置けない優しい一面もある。
しかしあんな数奇な出会いから今ではまるで親子の様な間柄に成っているのだから人との縁とは不思議なものだ。
[小太郎、お前なかなか筋が良いな、五年もすればわしを凌ぐマタギに成れるぜ!]
〔本当かい?! でもおっちゃんみたいに強い弓は引けないからなぁ、早く大人になって一人前のマタギに成りたいよ!〕
[慌てる事は無い、体はどんどん大きく成るし強く成る、だがな、マタギで一番肝心なのは強さじゃ無いんだ]
〔じゃあ、なんだい?〕
[ "勘" だよ、知識は教えてやれるし経験は後から身に付く、だが勘はおいそれとは養えない、今日の兎を先に見つけたのは小太郎だ、お前は勘がいいぞ]
〔へへっ、おいら目と耳には自信があるんだ! まぁ矢は外しちまったけど・・、でもおっちゃん凄いよ、おいらが逃した兎を一発で仕留めるんだから〕
[それが百戦錬磨のマタギっ奴よ! っと凄んだ処でわしもまだ三年目だがな、小太郎、お前が一人前に成ったら力を合わせて熊を狩ろうぜ! 熊は手強いぞ、力は強いし鼻や耳もいい、オマケに猪とは違って賢いと来てやがる、奴と闘うなら頼れる相方が欲しいと思ってたんだ!!]
〔熊との勝負かぁ、ちょっと怖ぇ~けど楽しみだなぁ!〕
そんな和気あいあいと話す猪丸と小太郎の姿を何故かムスッとした表情で見ている花、自分が蚊帳の外なのが面白く無いのだろう、今まで猪丸の父性を独り占めしていただけに小太郎と言う好敵手の出現は花の甘え癖には良い薬になりそうだ。
[どうしたんだ花、やけに静かだが兎が上手く焼けてないか?]
〘フンッ!〙っとソッポを向き兎肉をムシャムシャと頬張り続ける、
[何か気に障る事でもしたか? 今日は虫の居所が良くないな・・]
『女心と言うのは気難しいからな、まぁ悪気は無いからそっとして置くのが一番だ』
(流石に師匠は大体の事は理解している)
「師匠、この後はどうします? まだ日が高いし飯食い終わったらもう一頑張り足を伸ばしましょうか?」
『長旅で多少疲れが溜まっているし東都も目と鼻の先だ、今日はもう切り上げこの辺りで野宿としよう』
「そうですね、もう直ぐですからね、東都・・、じゃあ今日はお開き、それぞれ自由行動って事で」
先程の事を多少は気にしていたのだろう、花はモジモジとしながら小さな声で〘ねぇ、ししまる、風車作ってくれるってこのまえ約束したよね?〙
すると直ぐさま小太郎が〔おいらには竹トンボの作り方を教えてくれるって言ってた!〕っと割って入る、
〘花の約束が先なの!!〙
〔おいらだって前から約束してたよ!〕
[おぃおぃ喧嘩するな、二人まとめて面倒見てやるからついて来いよ]
そう言うと花と小太郎を連れどこかへと行ってしまう。
『まるでお父さんだな、そう言えば猪丸って幾つなんだ?』
「えぇ~と、俺より九つ上だからたぶん三十五ですね、顔が厳ついんで歳よりは老けて見えるけど」
『十一と七つの親ならちょうど良い感じだな』
「そうですね、でも猪丸があんなに面倒見が良いなんて正直意外でした、武士をしていた頃はあんな風体だから近寄り難いし一人で居る事が多かったですよ、まぁ俺とは余所者同士で馬が合ったけどそれでも自分の事はあまり話さない奴でね」
『余所者か・・、武家も百姓もそして帝でさへも流れる赤い血に差は無いのに出自に人は縛られ続ける・・、
しかし元々子供好きだったのか花と小太郎がそう変えさせたのか? 何れにせよ猪丸には頭が上がらないな』
「全くです、二人を任せっきりで楽させて貰ってますね」
『あぁ』
暑い夏の最中に始まった旅も気付けば神無月(十月)の下旬、秋の心地好い風に吹かれながらそれからの二人は何を語らう訳でもなく漂う雲を眺め川のせせらぎに耳を傾け続けて居た。
(でもこうして師匠と二人っ切りだなんてすげぇ~久々じゃ無いか? 意識したせいか妙に緊張するぅ~)
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『どうした? お前が長いこと黙ってるなんて珍しいな、寝ていてもイビキや歯ぎしりで喧しいのに』
「俺だって物思いに耽る時もありますよ・・」
『そうかなのか?』
「そりゃそうでしょ、能天気のバカじゃあるまいし、一体俺を何だと思ってたんですか?」
『バカとは思わないが少々阿保っぽい処はあるなと・・』
「酷いなぁ~、阿保っぽくったって人並みに考えたり悩んだりもするんです・・・、でも何か長い様でもあり短い様でもあった、そんな旅でしたね」
『まだ終わった分けでは無いが・・、しかし一人で始まった旅が何時しか五人の旅に、こんな珍道中に成るとは夢にも思わなかったよ』
「師匠、東都で無事に漣さんと再会出来たら師匠の旅はそこでお終いでしょうか?」
『どうだろうな、その後の事は全く考えてない』
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「俺は師匠と旅を続けたい、旅じゃ無くてもいいからこのまま一緒に居たいです」
『どう言う意味だ?』
「家族に成りましょうよ! 師匠と俺と花の三人で、猪丸や小太郎はどうなるか判らないけど花を守って行くのは最初の約束ですし!!」
『花の為にか?』
どうにも勘の悪い市の態度が無性に腹立たしく声を荒げ思いの丈を吐き出す、
「違いますよ! あぁぁーーーーぁっもう判らないかな!! 師匠が好きなんです! 一人の女として市って人がっ! だからずっと一緒に居たいんです!!!!」
鳩が豆鉄砲を食ったとはこうした時に使うのだろう、あまりに突然の申し出に呆気に取られる市だったが少し間を置くと含み笑いがこぼれる、
『ふっ、ふふっ』
「笑わんで下さい、俺は大真面目ですよ」
『いゃすまん、別に武蔵の事を笑ったのでは無い、まさかこの私に想いを寄せる物好きが居たとはな』
「それって俺の事を笑ってません?」
『う~ん、そうなるのか? でもそれだけじゃ無いんだ、これって求婚て言うのだろ? それを言われて少し嬉しかった自分が可笑しくてな、女など疾の昔に捨てたつもりでいたがまだ渇れて無かった様だ』
「じゃあいいんですねっ! 早速祝言でも上げますか!!」
『調子に乗るなっ、甲斐性も無い男が! 猪丸くらい頼れる漢に成ってから言へ!!』
「はぁ~~っ・・師匠は相変わらず手厳しいですねぇ~、まぁそんな処も魅力なんですけど」
『でも武蔵みたいに想いを口に出来るのは羨ましいよ、私は自分を圧し殺す事しか出来なかったから・・』
「俺は何も我慢しません! 明日死んじまっても悔いが残らない様に生きたいし師匠の事も諦めませんよ、絶対に娶るって決めましたから!!」
『お前は阿保だが真っ直ぐなのがいい、私を娶れる器に成れよ、武蔵』
「任せて下さい!!」
すると猪丸がややニヤけながら戻るなり[何が任せてなんだぁ~]
「あぁもちろん師匠の妹探しさぁ~」
[鼻息が荒いが今更そんな話かぁ?]
(あれっ、ひょっとして今の話を聞かれてたのか?)
〘 見てーーームサシ! ししまるがコレを作ってくれたの!!〙っと満面の笑顔で風車を握り絞めている、すっかり機嫌は良くなった様だ。
〔おいらはおっちゃんに教わって竹トンボを作ったんだぜ! でもあんまり上手く飛ばないんだぁ~、やっぱりおっちゃんは凄いよ!〕
「猪丸は日ノ本一器用なマタギだからな! そしてこの武蔵は天下一の剣士に成る漢さ!」
『志が高いのは結構だがまずはスズメ蜂を切れる様に鍛錬だな、武蔵』
「直ぐに話の腰を折りますよね、師匠は・・」
・・・・・・・
東都を一望出来る高台から見下ろす、そこは奇しくも七年前に捨楽と漣がこの町を初めて見たのと同じ場所、だがそんな事を知る由も無い市たち一行だった。
「ついに来ましたね、東都・・」
[あぁ、ついに来た、しかし大きな町だなぁ、見ろっ! あの中央に位置するのが皇宮、つまり帝の御座す処だ、そして皇宮を見下ろす様に高台に聳えるのが東城、将軍の居城だな]
「早速宮大工の血が疼いたか?」
[一流の職人の仕事は気持ちが良いからな! 早く間近で見たいもんだ!!]
『ここまで来れたのは武蔵と猪丸のお陰だ、感謝するよ』
「お礼には及びません、この町のどこかに漣さんは必ず居る、俺が絶対に見つけ出します!」
[しかしこれは百万の都も伊達じゃ無さそうだ、この町から人一人を探すなんて雲を掴む様な話だな]
「幸いカラクリ人形師なら都と言えど数える程じゃないか? それを伝手にすれば案外と楽勝かもしれんぜ!」
[だといいんだが・・]
(漣・・、無事に居てくれ、必ず会いに行くから・・・・)