もう一つの可能性
確かに掴んだはずの地面から、手が浮き放り出された上に、突如表示がバグり始めたシステムウィンドウ。
放り出された途端に世界が突如スローモーションになっていく中で、琳は何故か声を上げる事もなく、ただ静かに色んな事を考えていた。
今の自分の手を持ち上げて、放り出した者は確定で丈である事。
この後の自分がどうなるのか。
これで死んでしまうのか。
今朝母親の淹れたココアを飲み、莉乃とは洗面台を誰が先に使うかで言い合い家を出た。
それが最後の別れとしては少しばかり寂しい。
丈の言った通り健や一花、佑衣の人生とはもう関われなくなってしまう。
大学生、成人、結婚、子供、老後、これからの未来が全てなくなってしまう。
もう少し賢く、引くべき所は引いて命第一に命乞いでもなんでもするべきだったか。
いや、それはないな。プライドが大事って訳でもないけど、そんなダサい生き方はするつもりはない。でも死んだら元も子もないか。
悪い事は極力してこないように生きてきた。多分悪い奴のままで死んでないから、天国には行けるんじゃないか?
てかなんで俺だけ覚醒しなかったんだ?そうだ、全ての原因はそれだ。人助けもして、悪い事を極力してこなかった俺じゃなくて、なんであんな奴が覚醒者になれて、俺は...
クソみたいなシステムだな?そもそもなんなんだこれ?隕石降ってきて、その光に当たっただけで人外の力ってマジで意味がわかんねぇよ。
つか何が目的でゲートと覚醒者が現れたんだ?謎が多すぎるぞ、たいていこういうのには黒幕がいて...あ、てか俺もう死ぬから関係ねぇか。
でも最後くらい文句を言ったっていいよな?
虚無の中でへと落ちていく中で、琳は最後の力を振り絞り、口に残った血を吐き出しながら虚無に向かって叫び出した。
「聞いてるか!!!覚醒者を作った奴!!!センスねぇんだよ!バーカ!!!何が覚醒者だ!アーホ!表に出てきて見ろよブサイク!俺だけ非覚醒者って!バカじゃねぇのか!?俺だったら絶対誰よりもその恩恵をうまいこと使えんのに、人の事を見る目ねぇな!ガバガバなシステム作って馬鹿らしいんだよ!クリアする前にダンジョンを崩壊させる意味がわかんねぇんだよ!猿の方がまだ頭いいだろ!もしかして猿が運営してんのか!?えぇ!?なんとか言ったらどうなんだよざーこ!」
「なんで俺だけ...コレで死ぬなんて不公平だろぉ!!!」
殆どが小学生の様な悪口であったが、何故か今まで心の奥底で密かに感じていた事も含めて発散できたため、気持ち少しばかりスッキリした琳であったが、それも結局はなんの意味もなかった。
そして数分が経過した後...
「まだ死なねぇのか?」
仰向けのまま落ちている琳は、いつ来るか分からない死に対して、少しばかり疑問を持ち始めた。
「もしかして死なない?このままずっとこの暗い所で落ちてくだけか?それともまだ落ち切ってないだけか?」
それから数分ーー
落ちる速度が徐々に遅くなり、やがて落ちる感覚から浮いているような感覚になる。
数時間後ーー
ただただ浮き続けている為、何処かに向かっている感覚もなく、最初は浮いている感覚に心躍るも、ただただ退屈な時間だけが過ぎていった。
体感で数日が経過ーー
不思議とお腹は空かず、トイレに行きたいという感覚もなく、徐々に思考する力が無くなっていく。
「なんなんだ本当に...もしかしてもう死んでるのか?それに気が付いてないだけで、もう地縛霊としてこんなとこに棲みついたのか?」
数日間の浮遊により、器用に体幹を使った方向転換ができ始め、上下左右、東西南北、と重力がないので方角はわからないものの、頭は上、足は下に位置させたと勝手に思い込んだ所で動くのをやめ、辺りを見渡した。
「黒い...ただただ黒い...これが崩壊した後のダンジョン...何もないんだな」
果てしなく続く黒い景色と静寂の中に自分がいる事を再認識する。
そしてゆっくりと目を閉じ、何をしても意味が無いのでただただ無になろうとしたその時だった。
ピタ
背中に感じた抵抗感に、思わず目を見開く。
「地面!」
そう言って顔を地面の方に向けると何も見えないが、確かにそこには地面があった。
両手で地面を確認した後、急いで両足で立ち上がる。
「おぉー!何も見えないけど歩けるぞ!!」
久しぶりに感じる地面から押し付けられる感覚に心躍り、無我夢中で前に歩くも、現状は何も変わらない事に再び無になりそうだった。
「まぁでも暇だしとりあえず歩いてみるか」
そんな独り言を口に出しながら、取り敢えず当たりを見渡しても、ただただ黒いので、最初に向いていた方向にただただ進んでいった。
しかし結局何も見つける事もできないまま、数分、数時間、数日が経過する。
歩き続けても、むしろ走り続けても疲労感は感じないため、無限に走っていたが依然として景色が変わる事がなかった為、途中で走るのを辞めた。
「地面は何でできてるんだ?」
ゴンッ
ンゴンッ
地面を力強く踏みつけると、重い重低音と僅かな振動が鳴り響き、少し時間が経つと最初に与えた衝撃が足元に帰ってきた。
「おぉー」
そんな感じた事もない衝撃に思わず口から歓声が溢れ、暇なので色んな衝撃を与えて遊んでいた。
そして試しに力強く地面を殴りつける。
ドォォォォォン
ンーーーーーーッドォン!
今度は力強く叩いた際に返ってきたら衝撃に、衝撃をぶつけて見る。
ドォォォォォン
ンーーーーーーッドッドォアン!!!
「あ、強くなってる」
返ってきた衝撃にぶつけた衝撃が足し算形式でどんどん強くなっていく事に気が付いた琳は、ついつい楽しくなり、おまけにやる事もないので、それで遊び続けているとーー
ドゥワインッ!!!
ピキッ
「ん?今の音?」
突如戻ってきた衝撃に衝撃をぶつけたほんの2秒後に、何かが軋む様な音が聞こえた琳は、その音の正体を暴くため更に力を強めて衝撃を追加させていった。
そして続ける事体感で1時間程した時ーー
バリンッ!!
「ぬうわっ!」
突如琳の乗っていた地面から丁度人が1人入れるほどの穴が開き、無我夢中で衝撃を打ち込んでいた為、咄嗟に反応できず抵抗もできずその中へと落ちていく。
穴に入った途端、反応で閉じていた目を開けるとまるで宇宙の様な、サイズが別々の小さな光の粒が無数にあり、天の川の様なモヤモヤとしたガス状のいろんな光がある空間に自分が落ちながら浮いていた。
「うわぁぁぁぁ、、コレは凄いな」
そして徐々に、まるで引力に吸い寄せられる様に浮いている感覚から、1つの方角に吸い寄せられていき、なんの抵抗もできないままただただ吸い込まれていくと、少し離れた位置に僅かな歪みが見えた琳。
そして徐々にその歪みと距離が近くなっていき、やがてぶつかり合うと、次の瞬間にはまた景色が変わり、今度は緑色の光を遮る霧の景色しかない場所に移動しており、そこでも1つの方角に吸い寄せられているのは変わりなく、少しするとまた歪んだ空間を見つけ、入ると別空間に。
宇宙空間、緑色に光る霧の空間、よく見ると壁が脈打つ洞窟の様な空間、真っ白の空間に浮いた超巨大な赤色球体だけがある空間、カビの様な物に囲まれた赤い光がそこら中に飛んでいる空間、所々砕かれているガラスでできたトンネルの様な空間、真っ暗な景色にネオン色に光る線が次々と飛び交っている景色、そして見えている景色が全て歪みに歪んだ黒紫色の空間。
それらの景色に全て飛ばされた後、地面へと空間から吐き出され、地面に着地した後もゴロゴロと転がる自身の体を手で止めた琳。
「うっ...ちょっと流石にクラクラする...」
久しぶりに見た光と、次々と切り替わる景色に初めての画面酔いを体験し、ふらつきながらもなんとか四つん這いの体勢から立ち上がり周りを見渡す。
「なんだここ?」
ハッキリとは見えないが、かろうじて後ろには岩の様なゴツゴツとした物があり、目の前には一本道が続いていた。
真っ直ぐと引き寄せられる様に歩き始めると、左右にあった壁が無くなり、広い空間に出た事がわかった。
「周りは岩の様な物体だけど、地面はしっかりと平べったいって事は...」
明らかに自然にできた様には見えない、人工物の様な現在地に、帰ってこれたのかと少しばかりの期待を膨らませながら、前へと歩き続けた。
そして前方から僅かに影が見え、それが2本の柱だと認識できるかできないかの距離まで着いた途端ーー
『世界に捨てられた哀れな塵よ』
「え?」
日本語で、それも耳から聴こえてきた音の振動ではなくまるで耳元から、というよりもはや脳内に再生されていると言った方がしっくりくる声、それも数十人の男女が混ざったような機械で作ったかの様な声に思わず琳の情けない声が漏れる。
「ゴミ?...」
『世界は何故主を捨て...挙句に祝福までその身から剥ぎ取ったか』
「俺今話しかけられてるのか?」
『因果律によって狂わされし天命を歩む者よ、次元の狭間にて、放っていた主の怒号は、どういう因果か眠っていた我に迄で届いていた』
「ん?怒号って...あぁ、あの...その、すいません」
それは丈に堕とされた崩壊していくダンジョンの中で、それまでに溜まっていた覚醒ができない事に対する鬱憤を適当に晴らす為に吐いた暴言が実は聞こえていた事に、加えて寝ていた人に聞こえていた事に申し訳ない気持ちになった琳。
『謝る事ではない...それがあったが故に、我は其方を引き寄せる事ができた...ともいえるであろう』
「ん?て事はもしかしてあなたが俺をここに連れてきたのですか?」
『我には直接的にも間接的にもあそこに居た主に干渉する術は無い、ただ声が聞こえ、その声の主がどの様な者かと想像したのみ、此処に迷いついたのは無限に近しい可能性から主が此処を引き当てた様な物』
「んー、よくわかんないけど、ここに迷いついたのは偶然って事ですか?」
『そうとも言え、そうで無いとも言える』
「難しいなそう言う系の話は...まぁ良いや!ちなみに...こんな事聞くの変だと思うんですけど、僕って死んでるんですかね?」
『死...死についての解釈は千差万別、主の言う死が心の臓が止まるという事であれば、お主はまだ死んではおらぬが、ここに捨てられたというのは死したも同然』
「なるほど...それってこの空間に閉じ込められてるって事ですか?」
『此処は果ての無い虚無が無限に続く空間』
「んー、此処から出て戻りたいんですけどね...」
『戻る...主は何故主を捨てた世界に帰すると考える』
「えー、俺が居なくなったら悲しむ人が居るからかな?」
『表のみに焦点を当てれば、そうだが裏を見返せば何がある?』
「ん〜それを言われると...」
『主の怒号を聞くなり、主だけに不平があった様な物言いだった筈だが』
「あ!そうそう!突然世界に覚醒者って言うのが現れてだなーー」
そこから琳は自身の身だけに降りかかった災難を説明し、愚痴を言う様な気分で姿が見えない存在に、不満をぶちまけた。
『つまり主だけが取り残された上に、主に引け目を感じていた小心者に崩落が始まったダンジョンに取り残されただけでなく、この虚無に堕とされたと....』
「そうそう!ふざけてるだろ?なんで俺だけが?悪い事したか?徳を積めるだけ積む様に生きてきたつもりなのになんで俺だけこんな目に遭わないといけないんだ?」
『正と誤、良と悪、何が正しく、何が誤りか...我からすれば、その様な物は身勝手な己が気付きあげた罪悪感を祓う為のまやかしに過ぎぬ』
「んむむ、難しい」
『主にとっての正は必ずしも全ての者の正とは限らなぬ、それに賛同する物が多いとそれは正となり、その反対側にいた少数が誤となる、主にとって正として積み上げてきた物が、誰かに取っては都合の悪い事』
「そんな考えだったら、良い事してる方が馬鹿みたいにじゃん」
『大事なのは己が正しきと思った事を貫く事、故に自信の正を他者に求む言動は無駄な事』
「つまり自分が正しいって信じてやれば良いだけで、それを人に押し付けるのは違うと?いや〜それはわかってるけどさぁ、それでも覚醒者資格を剥奪するのは、ちょっと理解できないでしょ?」
『初めから自身に備わっておらぬ力、与えられぬとしても、もとより主の物で無い故責め立てれる道理もない』
「うー...まるで俺が駄々こねてる様になってるじゃん...なんかごめん」
『元よりそう言う世界、理不尽こそが本来の世界...』
そうやって琳は、自身の幼稚さを諭されたかと思いきや、頭の中に響いた無機質な声の次の言葉には感情の様な物が乗っかっていた様に聞こえた琳。
『理不尽は誰にでも与えられるものであり、誰しもが与えても罪として量る物では無い理...主は世界に何を望む?』
「え?俺?」
『主に理不尽を当て付けた世界にこれ以上何を求むか聞いておる』
「まぁでもあんたの言いたい事がわからない訳でもないよ、生きてるだけで理不尽な事にぶち当たる事は当たり前だし、周りも自分もそれを許容とまでいかないけど、そう言うもんだと考えて過ごす。そうだな...もし可能だったら今まで与えられた理不尽を清算してやりたいよな!あんたのその言い方だと理不尽を与えてきてるんだから、与え返しても良いんだろ?」
『うむ。それがこの世の理の1つとしてあるべきだ。主はこれで1つ解脱した身となった』
「あのーもしかして此処って天国への受付?さっきからずっと考え方を説かれてるような感じがー」
『否、我は理に敗れ、理に封された存在。此処に来たのも何かの因果、主の持つ理不尽に対する怒りに触発されたおかげで目を覚ます事ができた』
『故に目覚めさせて貰った恩を、主の望みで返そうと思うていたが、望みに深みがなったのでな』
「えっ!?願い叶えてくれるの!?そういうイベントだったの!?」
『改めて聞く、主は世界に帰し、何を望む?』
改めて聞かれた質問に、琳は数分迷った後、ざっくりとではなく、最初に答えた時より、更に具体的に迷いもなくこう答えた。
「俺をこんな目に遭わせた奴と、世界に復讐を。それができるだけの力が欲しい!あわよくばプレイヤーとしてこの訳のわからねぇゲームみたいなルールをぶっ壊してやりたい!その為ならどんな物にだって手を染めてやる!」
『ほう復讐か...望むは易し、成就は難し、加えてどんな物にでも染まる覚悟のあるその欲の深さ...』
まるで考え込む様に脳内の音が小さくなっていくと次の瞬間ーー
上空から僅かに淡い光が漏れ出し、それが徐々に琳の目の前の光景を照らし始めた。
「....なんだこれ」
かすかに見えていた2本の柱は地面に埋もれた太ももであり、太ももから徐々に顔を上げていくと、全身が顕になった灰色の肉体があり、両手は広場の左右にあった壁にめり込んでおり、跪いた状態で体を固定されていた。
そして驚いたのはその体が前屈みに倒れない様に固定していた物だった。
赤色と金色が捩れて混ざった見た感じおよそ数百本の槍の様な物が全て胸と腹部を貫いて固定しており、首から上は何もなく、上の少し離れた所にあった頭部は、顔の原型が分からないほどに胴体と同じで数百本の槍で埋め尽くされていた。
そんな不気味な程に威圧感を与えた目の前の光景に、琳は何も言えず、ただただ言葉を失っていた。
『人には衝撃が強すぎるか...』
「いや、正直何がどうなって...コレはあんたなのか?」
『今はただの亡骸となっている』
「何をしたら、こんな酷い仕打ちを...」
『主にはこれが残酷に見えるか...こうでもしない限り我は殺戮の限りを尽くしていただろう』
「寧ろこのくらいでもしないとって...ちょっと待って今ものすごく物騒な事言わなかった?いやいや何者よ!そう言えば!」
『ふむ、我の紹介がまだだったな...我に名は...彼奴らめ...今はまだ言えぬが、殺戮の化身と呼ばれていた』
「...」
『どうした?対話に躓く異なことを申したか?』
「殺戮の化身って...めちゃめちゃ悪そうなやつじゃん」
『安心してよい、我が殺戮の限りを尽くした相手は全て敵故に、敵から呼ばれていた異名、加えて今はこう言った身故に、主に手を出す事は叶わぬ』
「いや、絶対敵対しないから手は出さないでくださいね?ほんとに...」
『この姿を見せた理由を伝えなくてはいかぬ、主が我の力を望む代償に、我と同じ運命を踏み重ねる可能性があると言う事を伝えておく必要があったからだ』
「同じ運命?その力とやらを受け取ったらそうなる可能性って何がどうしたらそうなる」
『それについては我から主に伝える事はできぬ、我はその伝える術を封されている、今この会話自体話せぬ事を回避しながら話している』
「あんたを封してるっていうのは誰の事なんだ?」
『...コレは言えるのか。我を封せし存在の正体は八ツ神、主が復讐を望む相手でもある』
「八ツ神...俺の復讐相手...って事は覚醒者とダンジョンを作った奴は八ツ神って奴なのか?」
『正確には八ツ神の一柱だ、八ツ神はその名の通り、8つの神のことを指す名だ』
「あぁー...でもあんたをこんな目に遭わせられる奴達なんだろ?絶対に無理くね?」
『否、我は全ての八ツ神に挑み敗れた。一柱だけであれば赤子の手を捻る程度の事』
「殺戮のなんとかって分かってから、言動が怖くなっていってる様な...と、取り敢えず力を受け取ったら目の前のあんたと同じ様に、こんな何もない暗闇に、閉じ込められるかもしれない、それだったら...」
少し拍子を置いて、琳は思い口を開けた。
「それでも俺は帰りたい、復讐したい気持ちもあるけど、それ以上にこんな未曾有の危機から大事な人達を守りたい!正直あんたみたいになるかもって考えたら怖いし、気が引けるけど、それ以上にこのまま犬死した方が嫌なんだ!だから!」
『覚悟はしかと受け取った...がしかし我の力はただの人に扱える物ではない。力を使いたくば人身を捨てよ、業に身を焦がし、業によって身を清めるのだ、身を焦がした業によって主の守りたい大事な人達が離れゆく可能性もある、それでも我の手を取るか?』
「あぁ!言ったはずだ!願いが叶うならどんな手でも使ってやる!でも!」
『でもとは...』
「八ツ神に封じられてるのに何ができるんだ?」
『ふむ、人の身に心配されるとは、長生きはしてみる物だ』
「...偉く呑気だな」
『確かに主の言うとおり我は八ツ神に封され、力を行使する事も、指の先を動かす事も、呼吸も許されておらぬ』
「めちゃくちゃがんじがらめじゃん」
『が、永遠と続く物は存在せぬ、神の作りし封術然り、神も然り。長年に続く封に我は綻びを見つけた。綻びは小さき物ではあったが、その1つの綻びで成せることは百千程。その内の3つを主に施す』
「おぉ〜、それはありがたいな〜、なんか疑ってごめんね?」
『では早速、我から施す事はできぬ故、我に触れるのだ』
「え?大丈夫?封印とか罠とか発動しない?」
『此処は本来如何なる存在も立ち入る事ができず、認識すらできぬ空間、故に罠などの存在はせず、あったとて矛先は我に向けら、我のみを感知する物が全て』
「へぇ〜それくらい自信のあった空間なのに、パパッと入っちゃったんだなぁ〜」
そう言って琳はまっすぐ歩き出し、殺戮の化身と称された存在の右太ももの位置で止まった。
『その慢心が故にできた綻び。この空間に存在する全ての物が我に向けられた物であり、あるとすれば封印を解こうとする際は検知される程度』
「じゃあ封印を解こうとしなかったら何にも無いんだな...じゃあ触れるよ?良い?」
『構わぬ』
一応断りを入れた後に、右手を太ももに翳した。
ドクンッ!!
直後、巨大な心臓から巨大な心拍音が鳴り響き、なぜか閉じていた目を開ける。
「今のは...」
『まず一つ目に、主の体に残っていた本来孵る筈だった祝福を改良し、主の体を少しばかり作り変えた。見た目は変わらぬが、見えぬ成長ができる体にはなった』
「え!それってもしかして覚醒者にしてくれたって事か?」
『覚醒者...少し待たれよ、主の記憶を覗かせてもらう』
そう言って何も起きずに数分間待っているとーー
『ふむ...主の口からも聞いてはいたが、記憶を見た事で、主の言っている事と我の施した改良の辻褄が合わさった。我が主を覚醒者にしたと聞いたが、その認識で間違いない』
「うおおおおお!!マジで!?それだけでもめっちゃ嬉しいんだが!」
『喜ぶには早い...我とて全能では無い、ステータスと呼ばれる部分の成長は与える事は出来たが、本来手に入る筈であったスキルという部分に関しては無効とされたままである』
「はぁ...スキルは結局貰えないのか...」
『これで器の部分は出来上がった...次に力であるが人の身である故に、最初から全てを託すと器が耐えきれなくなり、その身を滅ぼしかねぬ。よってこれは器の成長と、特殊な条件を発動した場合にのみ成長させる様、改造して其方に埋め込んだ』
「俺自身が成長した、条件を達成しなきゃって、ちょっと楽しみ要素だなそれは!言わないでくれよ!あとで自分で確認するから!」
『それで良いのなら後は主に任せよう。そして最後だが、主を元の場所に戻す方法なのだが、今の我では主に1度しか与えられぬのに加え、それを使った者には代償として呪いがかけられる』
「呪い!?こっわ」
『その力は自身の身に起きた事象を1つ書き換えられるという力なのだが、書き換えた事象によって呪いの強弱も変わる』
「その呪いって永久的なもの?」
『人の寿命を考えれば死ぬ迄消えぬと言える』
「うーっわホントかよ...コレはちゃんと考えないといけないなぁ〜」
『書き換える前に、一度我に伝えるのも手だ。封術により直接我からは言えぬ故、微力ではあるが力を貸す事は可能だ』
「早速1つ質問なんだけど、起きた事象じゃなくて、コレから起きる事象を書き換える事は?可能?」
『可能ではあるが、その分呪いも増す』
「じゃあ2つ目なんだけど、書き換える事象にデメリットとか自分にとって不都合な効果を追加した場合には呪いは弱まったりしてくれる?」
『勘の鋭さは備わっている様だな』
まるで封印に触発しない様に、答えではなくそう受け取る事もできる様な曖昧さで答える化身に、琳は早くも自身に起こる事象を伝えてみた。
「えーっとじゃあ、数分後に現れる空間の狭間に吸い寄せられ、意識を失ったまま俺は無事に帰れるが、現実世界では1年が過ぎていた。これでどうだ?」
『聞こえぬ』
その答えが呪いを打ち消すのに足りないと知った琳は更に年数を増やした。
「2年!」
『何かが聞こえる』
「えー、3年」
『此処でお別れの様だな、人よ』
化身ともあろう存在の大根役者ぶりに少し心が和らいだものの、事象を書き換える反動でかかる呪いを掻き消すには3年の犠牲が必要だと考えると、色々と考えさせられる琳。
『事象を書き換える力を主に宿そう、我に触れたまま念じるが良い』
「分かった」
そう言って琳は心の中で先程の願いを強く念じ少し時間が経つと琳の後ろの空間が僅かに歪み始めた。
『後はその歪みに触れると主は元の世界に戻る事ができる』
「これでお別れか...また会えるのかな?」
『残念ながら会う事は二度と叶わぬ...我に会う理由もない故に、主は主の人生を歩むのだ』
「殺戮の化身って聞いて、内心ビビったけど、話してみると普通に良い人?なんだなって分かってさ、そうだな...もしまた会えた場合、その封印解いてあげるよ」
『人の身でありながら、我と同じ事を望むとはなんとも...』
「...せめて俺だけでもあんたが捕らわれの身だって事は知っておかないと可哀想だろ、だから俺だけでもあんたの事は忘れないでいとくよ!それじゃあそろそろ行ってくるよ!」
『最後に...触れた際、少しばかり先の主の姿を見る事ができるのだが、何がとは言えぬが『175』という数字を覚えておくと良い事が起きる...また会える事を願っておこう』
「やっぱ優しいんだなあんたは」
そう言って空間の歪みに触れた直後に見えた最後の光景を必死に記憶しようとしたが、意識がぷつりと消えた。
空間に吸い込まれていった未知の訪問者の姿が完全に居なくなったのを感じたその時だった。
カランッ
自身の胸に深く刺さっていた一本の槍が地面に落ちた。
『ふむ。逢える日もそう遠くないやもしれぬ』
誰にも届く事がない念話を、虚無に向かって呟いた。