閑話 レナート・カカール・ランダレン / ヴァレアム・ビヘイツ・ハーデレイル
三年に進級してしばらく経ったある日、貴族の生徒からある依頼を受けた。
内容は、平民出身のノットという生徒の魔力量を見てほしい、というものだった。ノット君は割と有名な生徒で、入学時から学年首位のアロルドと比肩するほどの高い戦闘能力を持っていた。
しかし、現在は学年下位を彷徨っている。彼は身体が大きいので、魔力器官の発達が遅く、十五歳を迎えたようだが、最近でも魔力が扱えていない。私に依頼をした生徒は、一年生の時にノット君に鼻っ柱を叩き折られて貴族としての尊厳を挫かれ、恨みが溜まっているのだろう。魔力量を確認したいのではなく、魔力が全く無いことを望んで、ごく僅かな可能性だが頼んだのであろう。
現段階では、明日にでも魔力を扱えるようになるかもしれないので、下手に虐めるわけにはいかないという下らない理由からであろう。
魔力を持たない人というのは、何億人といるこの大国でも百人もいない。
だから私は安易にその依頼を受けてしまった。
自らと家の利益のために。
魔力眼には、物体の中の魔力を見れることに加えて、大量の魔力で強化した瞳で凝視すれば魔力器官を見ることができる。そして、魔力眼を使えば、魔力器官が発達する前から、どれくらいの性能になるか判断できる。このことから、数少ない魔力眼を持つ者は貴族の子弟の魔力器官の鑑定することが少なくない。
しかし、魔力眼を持つ者なら誰でも良いというわけではない。貴重な鑑定眼の場合、国などの巨大な機関に管理されるため、能力という重要な情報が漏洩する危険性はほぼ無い。
だが、魔力眼は鑑定眼よりも容易に魔力器官の査定ができる上に、戦闘能力にも直結する能力なので、縛り上げることができない。契約魔法という能力も存在するが、情報漏洩を防ぐほどの細かな条件にすることはできない。
よって、鑑定眼ほど人材不足でもない上に、信頼性を重視されるので、貴族家にはそれぞれ固定の信用できる魔力眼の持ち主が存在する。顧客を持つことは簡単なことではないが、相手からの信頼を受けたということなので、貴族社会を生き抜くには顧客が多い方が有利に働く。
故に、レナートはランダレン家のためにも学生のうちから顧客を増やしたかった。今回は対象が本人ではなかったが実績にはなり得た。
「受けていいけど、具体的にはどうするんだい? 僕は面識がないから君たちが呼び出してくれるのかな?」
「いや、放課後にあいつがいる教室でやってもらう」
「あの平民が皆の前で死刑宣告されるのが見たいからな」
「ああ、そうじゃなかったら意味がない」
悪い笑みを浮かべる三人に眉を顰めそうになるが、なんとか堪える。本来、信頼を勝ち取りたい自分にとって、大衆の前で個人の秘密である魔力器官について公表するのは悪手である。
しかし、この三人は上級貴族に属する。正義心を持ち出して反故にするより、我慢した方が圧倒的に利益が高い。それに、彼らが期待しているのはノット君に魔力があるかないかだ。詳細は求めていない。九割九分、彼は魔力を持っているから周りの生徒に信頼できない人とは思われないだろう。
魔力を持っているなんて当たり前なのだから。
けれど、そんな楽観的な考えは目の前で捻り潰された。
その後のことは思い出したくもないほど酷いもので、脳裏に焼き付いてしまうほどだった。ノット君が苦痛に歪んだ表情になり、あの下種どもの笑い声が教室内に響き渡った。私はこの展開を全く想定していなかったため、どちらの側につくことができず、どうすることもできなかった。
幼いころから天才ともてはやされ、それに恥じぬ結果を出してきた。自分でもその評価が過大でも過小でもない、適切な評価だと信じてきた。騎士学校に進学してからは、弛まぬ努力の末にさらなる飛躍を遂げ、天才しかいないこの学校において、真の天才の名を手にした。
だが、この状況は何だ。こんな未然に防ぐことができることを、予想外の対策を立てることもせずに臨むなんて。
なにが、天才だ。自分の能力に酔いしれた愚か者ではないか。
その後は誰も彼もが、ノット君を見下し、嘲笑った。私が何かをしたところで火に油を注ぐだけだった。どうすべきか分からず、時間に任せるしかないと判断し、たまに話し掛けはするがほぼ彼に何もしない日々が続いた。
ところが、ある日から急にアロルドが奇妙な行動を見せ始めた。
アロルドは平民や貴族ということを一切気にせず、強さ、その一点でのみ人を見ていた。
故にノット君とは親しくもないが、それなりの関係、ライバルに近い間柄だったように思える。
しかし、ノット君が魔力無しだと判明してから、アロルドは彼に全く興味をなくしてしまった。
そのアロルドが、ノット君に執着するようになった。
模擬戦では、ノット君の対戦相手を実力のある成績中位以上の者としか戦わせないように手を回し、殺すように仄めかす。模擬戦後には、一命を取り止めた瀕死の彼をじっと凝視している。虐めているのかと思えば、ノット君の教材やら装備やらに手を出しているのもがいれば締め上げ、彼の邪魔をさせない。
一般の生徒は、アロルドが自分の思い通りにノット君を苦しめたいから余計なことをするなという風に捉えられているが、私はそうは思わない。
アロルドは、誰かを使って愉しむような人間ではない。
常に自分で相手をして愉しむタイプの人間だ。
自分が強いと認識している人間にのみ高揚する。
これはどういうことなのか。
単にアロルドが弱い者いじめを愉しむようになったということもあり得ない話ではないが、そうではないと思う。数ヶ月も無視していたのにも拘らず、急にあのような行動にでるのは不自然だ。
アロルドは何かを知っている。
直接聞いてみるしかないだろう。
只で答えを聞けるとは思っていない。
強者との戦いが好きなアロルドのことだ、何を要求してくるかも想像がつく。
できれば避けたいところではあるが、この問題を起こしたのは他でもない私だ。
私の手でやり遂げる必要がある。
――
ウィシュトル王国騎士団、団長ヴァレアム・ビヘイツ・ハーデレイルは騎士団の基地の団長室で部下の抗議にあっていた。
「騎士団長! 貴方は何をやっているのですか!? あの情報はこの国でも上層部の一握りしか知らない極秘のものなのですよ!? それをまだ貴族にもなっていない学生に易々と渡すなんて、もし外に漏れたらただでさえ不幸なエキラウの人々が犠牲になるかもしれないのですよ!?」
普段から粗相の多い騎士団長に対して、怒りを表に出すことの少ない部下が怒りの形相で捲し立てる。それが事態の深刻さを物語っていた。
「そんなに怒んなって。ノルドスの坊主は確かにまだ貴族じゃないが、当主になれなかったとしても確実に貴族になる。ただの騎士志望の学生じゃない。それにあいつはああ見えて頭が切れる。なんかあったら責任は取るから」
部下とは対照に楽観的な態度。
その態度とこちらの聞きたいことを言わない姿勢に部下がため息を吐く。
「ノットという青年がそんなに気になりますか?」
部下は自分の主張を諦め、せめて騎士団長の本意を聞こうとする。
「当たり前だろ。魔力が使えないという能力。それが翻って別の能力になったらどうなるのか。どれほど強くなるのか。この俺に届きえるのか。考えたらワクワクしないか?」
先ほどとは打って変わって、子供のような笑顔を浮かべる。
「騎士団長を超える逸材にはなりえませんよ。若い世代で騎士団長に並べるとしたらフィオレット嬢のみでしょう」
「頭が固い。それに全然分かっていない。ワトレの嬢ちゃんに俺を昂らせられると思うか? あれは俺と同じタイプ、能力に依存しない基礎能力が極めて高いタイプだ。何年も俺の補佐やっててそんなことも分かんねーのか」
呆れるようにため息を吐きながら酷評する。
「そうですね。分からなかったです。そして、なぜそんなに期待しているのか教えていただきたいです」
部下は額に青筋を立てながら催促する。
「よろしい。まず、お前は魔力が使えないという能力が別の能力になった場合にどういう能力になるのか予想が全くついていない」
「何千何万とある能力の中から予測できるとは思えませんが」
「目が見えなかった者が見えるようになり、これまでの恨みとばかりに相手の視力を奪う。では、魔力がない者は? そう。魔力を身に宿し、相手から魔力を奪う。そういう能力になる。これが俺の予想だ」
そんな妄想に付き合わされ頭を抱える部下を他所に、身振り手振りを交え熱く語り、椅子に背を預けるが語りは終わらない。
「例のセトリヴァンの騎士相手でも、俺が負けることはない。目が見えなくなったところで、そうは変わらん。だが、魔力。魔力を使えなくさせられたら、どうなるか分からん。魔術が使えなくなるのか。体外に魔力を放出することができなくなるのか。体内の魔力まで全て奪われるのか。程度・奪い方にもよるが苦戦は必至だろう。どんな強力な能力が相手でも苦戦することなく勝ってきた。苦戦を強いられるのはシュプスのジジイだけだが、あのジジイも俺やワトレの嬢ちゃんと同じだ。最強の能力をこの手で捻りつぶしたいんだよ」
「近衛騎士団長とお呼びください」
「百超えて口うるさい野郎はジジイで十分だ」
部下は上機嫌な騎士団長を余所にため息を一つした後、思案する。
かの青年が、この国にどのような影響を与えるのか。強大な我が国が、たった一人の人間に振り回されることはない。
しかし、不安は残る。なぜなら、騎士団長がここまで言うのだ。
騎士団長には悪いが、早めに芽は摘んでおくべきだろうか。いや、それは無粋だな。
彼は今、暗闇の中を明かりを持たずに足掻いていたところに一筋の光が差した瞬間にいる。そこで我ら強大な権力によって潰されては、あまりに不憫である。モンスターを前に悔いなく斃れてくれれば良いのだが。
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