四話 アロルド対レナート
アロルドが武器を構えたのに呼応してレナートも構える。レナートは長剣と盾。剣は大剣ほど巨大ではないものの、肉厚で長く百キロは超えているだろう。盾は剣と同程度の重量だろう。
審判はいないので、勝負は突然始まった。
アロルドが一瞬消えたかと思うとレナートに激突していた。レナートは難なく受け流し、剣戟が続く。アロルドは二百キロは超えるであろう、重く扱いづらいハルバードを棍を振り回すかのように高速で攻撃していた。
対してレナートは、あり得ない速度の攻撃に対応し、それに留まらず魔術での攻撃もしていた。両手に武器を持っているにもかかわらず、幾つもの魔術を繰り出す。しかし、その魔術はアロルドに近づくほど緩やかになり余裕で躱される。
「あんなの反則だろ」
二人の、学生という身分とは思えないほど高レベルの攻防をみて、感嘆を漏らす。
アロルドの異常とも言える猛撃を可能にしているのが、彼の能力の速度魔法。魔法型能力に限らず、能力には肉体強化のような能力と能力が合わさったような複合されたものがある。速度魔法はその典型で、加速魔法と減速魔法の複合型の上位能力であり、その両方の性質を扱うことができる。
速度魔法を含めた魔法型は基本的に、自分に作用させる、自分が触れたものに作用させる、自分以外に作用させるの三つの使い方がある。だから、端に重量が片寄っているために遅い突きや長大であるために遅い振りを加速させることで重量に見合わない速度で攻撃できている。
また、速度魔法の場合、魔法の三つ目の能力は自分を中心に近づくほど加減速させる。だから、あれ程の長物を使っていても、自分を加速させるか相手を減速させることで弱点である至近距離に迫られることはない。
ハルバードの間合いを嫌って近づこうにも近づけないし、レナートのように魔術を使っても魔術を減速させられて余裕で躱される。
しかし、だからって無敵ってわけじゃない。三つある魔法の作用に加速と減速の組み合わせているが、同時に作用させる数が増えるほど、難易度と消費魔力が増えていく。
だから、必要な時に必要な魔法を使っているが、それで対処できない攻撃をすればいい。魔術をいくつも繰り出しているレナートの方が魔力を消費していそうだが、速度魔法をあれほど使っていれば魔力消費量は同程度だろう。
アロルドは、今までは小手調べだったと言わんばかりに速度を上げた。レナートはそれに対応しているように見える。
というのも、もう俺の強化できない視力では捉えきれていない。どちらが、優勢なのかも分からない。凄すぎる。周りの生徒も魅入っている。二人の技量が規格外なのだ。
アロルドは軽い物を振り回しているように見えるが、速度魔法の加速によってハルバードに働く力が大きくなっており、ただでさえ重く扱いづらいのに、より高い制御能力を求められている。
レナートの受け能力も凡手の業ではない。アロルドの攻撃は先端が重く、長いことにより遠心力で威力が高い上に、速度魔法によって加速されさらに威力が上がっている。また、アロルドは周囲を減速させるだけでなく、加速させることでレナートの防御の制度を落としているだろう。
一撃必殺の技をそんな不安定な状態で受け流しているのだ。普通なら、武器の性能が良かったとしても、吹き飛ばされてしまう。その上、魔術まで構築して繰り出している。
俺は魔術を構築したことがないのでどれほど難しいか分からないが、あれほどの攻撃を受けながらできる芸当ではないことは確かだ。しかも、レナートは両手に武器を持っているため、目で魔術を構築している。
それを可能にしているのはレナートの能力、魔力眼。特殊型の能力で、強化型の視力強化の上位能力。静止視力・動体視力がいいだけでなく、物体の中にある魔力まで見え、目で術式を組むことができる。
本来、術式を組む場合は、魔力を体外に出して行う必要があり、魔力は体の延長線上として働くので、器用に操作できる手で術式を組む。手以外で、細かな術式を組むことは能力の補正がなければ足くらいでしかできない。
しかし、魔力眼は手で行うのと同じように目で魔術式を組むことができる。さらに、敵の体内の残り魔力量を確認できたり、体内の魔力の動きを見て行動を先読みしたりできる。
レナートはその非常に高い動体視力によりアロルドの動きを見極め、さらに体内の魔力の流れを観察することでアロルドの動きをより正確に把握し対応できているのだ。魔力と肉体のレベルが違うので直接比べられないが、学生のレベルを大幅に上回っているその戦闘技術は上級騎士に匹敵するだろう。
剣戟が続き、拮抗しているかと思われたが、レナートの魔術が当たり始めた。それにより、アロルドの猛撃に粗が出る。レナートが隙を突くように、攻撃に転じる。防戦一方に見えた攻防が崩れつつあった。
レナートが速度魔法による加速と減速の妨害に慣れてきたのだろう。アロルドが魔術を駆使しながら防御に回り、レナートが攻勢に出る。女子たちの声援が大きくなる。
アロルドは、レナートの両目から放たれる別々の魔術に速度魔法を使っているため、剣と盾の攻撃に追われている。レナートが何度か剣で突き、斬りつけるが、防具の性能が高いのか有効打は出ていない。だが、確実に追い詰めており、時間の問題に見えた。
だが、アロルドには焦りが全く見えず、むしろ機会を伺っているようにさえ見えた。その異様さに気付いているレナートは慎重に攻めている。攻防が続く度にアロルドが劣勢になり、遂にレナートのシールドバッシュがハルバードを弾き、とどめの一撃が放たれ、決着がつくと思われた。
しかし、レナートの鋭い剣閃が緩やかになり、不安定な体勢のアロルドがガントレットで滑らかに受け流す。続けてハルバードで突き連撃を浴びせ、距離が開いたところでがら空きの胴に必殺の横振りを食らわせる。
レナートが真横に吹き飛び、壁に激突する。女子たちが悲鳴を上げる。アロルドは勝敗は決したと言わんばかりに仁王立ちしており、追うことはない。観客が息を飲み、レナートの方を窺う。
レナートはゆっくりと立ち上がるが、脇腹を押さえ吐血している。防具に大きな損傷は見られないが、体の中は損壊しているだろう。待機していた治癒術師が駆けつけるが、レナートは制してアロルドの方へ向かう。雌雄は決したようだ。
俺は拳を強く握り、言い知れない気持ちになっていた。これがこの学校の頂点の戦い。フィオレットを除く生徒が相対すれば、五秒と持たなかっただろう。
普段の模擬戦とはレベルが違う。レナートの受け流しは、俺とは比べられないほどに卓越していた。魔力の無い俺にできることは技術を磨くことだけで、特に受け流しは俺の生命線である。それに心血を注いできた俺よりも技巧に優れていた。
アロルドにしてもそうだ。最後の受け流しは、減速や戦略も絡んでいたとはいえ、あれほどの芸当は一朝一夕ではできない。崩れた体勢だったとは思えないほど、滑らかで流麗な受け流しだった。荒々しい猛撃を繰り出す戦闘スタイルからは考えられないほどに美しい芸術的な技。
これ程までに差をつけられてしまっていたのか。単純な能力の強さや身体能力の高さで勝敗が決まるような試合ではなかった。弛まぬ努力の末に手に入れた技巧で戦っていた。この決闘を見に来たのは面白そうだし、刺激を得られると思ったからだが想像以上だった。
今まで俺は自分はかなり努力していると思っていた。けれど、二人の戦いを見た後ではそんなことは言えない。俺は魔力が使えないので勉強と武術だけでいいが、二人はそこに魔術と能力の修練もしなければならない。
にもかかわらず、俺よりも技量が高いのだ。魔力が使えないなんて言い訳は通用しない。
中央でアロルドとレナートは何言か会話し、去って行った。周囲の生徒は興奮冷めやらぬ者、呆気に取られている者と様々であった。今日の試合はただの学生の決闘であったが、学生であったからこそ見た者に刺激を与えた。
多くの生徒が修練への取り組みを再認識させられただろう。俺もその一人だ。帰途につく前に、教官室に寄って頼むことにしよう。
――
次の日の早朝。
俺は、インフェア騎士学校の目立たない小さな訓練場に倒れ伏していた。
「ノット。起きろ」
俺よりも上背のある白髪混じりの女性が低い声で命令する。従わなければいけないことは分かっているが、体が言うことを聞かない。息も上がりっぱなしで返事すらできない。
「何度も言わせるな。起きろ、死にたいのか」
女性、というかヴァレンス教官が刃の無い曲刀を俺の喉元に突きつけながら再度命令する。
目が本気だった。
俺は知っている。この刃のついていない切れ味なんて無さそうな曲刀は、名匠が打った業物よりも遥かに切れ味が良くなるということを。
命の危機を感じ取ったのか、さっきまでが嘘のように飛び起きた。
「こんなことで起きるなら最初からそうしろ。いくぞ」
こちらの疲労も考慮してか、宣言はしてくれる。
「ちょ、ちょっと待って下さい。す、少し休憩をですね」
こちらはもう限界を超えているので、休みがほしい。
「お前が頼むから一肌脱いでやってるんだろ。昨日の覚悟はどこへいった」
「確かに格好つけて言いましたけど、休憩は必要ですよ」
「まだ十分しか経っていないぞ」
嘘だろ。結果は分かっているが時計を見る。
本当だった。
さらに、正確には十分も経っていなかった。
「でも少しでいいので休みは必要ですよ。俺は魔力による身体強化ができないんですよ? 一般人の感覚と違うのは、これまで散々見て来たじゃないですか」
「む。それはそうだな。だがな、お前は肉体強化を継いでいるから紛らわしいんだ」
何とか説得して休憩時間を得られた。昨日のアロルドとレナートの決闘の後、俺はヴァレンス教官の元を尋ねた。今まで以上に修練を厳しくしてもらう為だ。おそらく、あの二人は上級騎士以上の実力を持つ家臣と修練していて、二人が望めばいつでも相手をしてくれるだろう。
しかし、俺が達人であるヴァレンス教官に教わるには、学校にいるときしかない。しかも、教官にも仕事や用事が当然あるので俺の空いているときはいつでも相手をしてくれる訳ではない。
今までは、学校の生徒との対戦で勝てなくても負けないように技を磨いてきた。それでさえ魔力がない俺には尋常なことではないが、今のままではいけないことは分かる。
俺は自分に甘えていた。魔力を扱えないから負けて当然で、成長も遅い。
だが、そんなことはなかった。アロルドとレナートが、俺と同じ魔力無しだったとしても、あの技巧で成績上位の生徒にも負けなかっただろう。
それが分かったからこそ、俺は与えられる貴重な時間を最大限享受する必要がある。
十全とは言えないが、時間は有限なので立ち上がり、母の形見の大剣を握り締める。以前はお互い学校の武器を使っていたが、今日からは練度を高めるためにヴァレンス教官は騎士時代からの曲刀を使用している。確実に、アロルドやレナートが使っていたものよりもさらに性能の良い武器だろう。
そんな武器に学校支給の大剣では耐えることなど不可能だ。だが、俺には母さんの形見の大剣がある。母さんは高位の冒険者であったため、武器には圧縮魔法がかけられていて俺には重すぎたが、浮遊魔法を付与して六十キロほどに調整していた。
俺には不釣り合いなほど性能の良い大剣だが、魔力が無い俺が使えば、他の生徒が魔力で強化された武器を使うのと同程度の性能になる。ヴァレンス教官も流石に武器に付与された魔法の効果を発動させることはないので、教官の武器で攻撃を受けても決して破損することはない。
この形見の大剣は一人で鍛錬するときに必ず使っているものだ。学校のものよりも体に馴染んでいる。何より持ったときの心持ちが違う。
この大剣を持っているときは母さんが側にいてくれる気がする。さっきは十分しか経っていないと苦言を呈されたが、俺が十分も耐えられたのは間違いなくこの大剣のおかげだと言える。
「よし、ではやろう」
大剣を見つめて顔を上げない俺に言うや否や斬りかかる。防げる攻撃は防ぐが、大半は体を打たれる。なにせ、昨日のアロルドの猛撃よりも早いのだ。
防御できそうな攻撃には重く打ちつけられる。体の損傷が酷くなれば治癒魔術で治しては休憩して。また傷を負って治しては休憩してと延々と続く。
「短剣の修練に移るぞ」
そして武器を変えて、時間が来るまで修練に励んだ。
そんな今まで以上に扱かれる日々が半年続いた。
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