三話 能力
『能力とは、我々人間が一人一つ必ず持っている特性のことだ。星の数ほどの種類があるが、強化型、生成型、魔法型、特殊型と分けられる。強化型は人間が本来持っている力が部分的に非常に優れている。生成型は魔力を消費することで術式無しで物質を生成することができる。魔法型は九つの魔術に分類されない特殊な効果・現象を術式無しで発動できる。特殊型は上記の三つに分類できない特殊で特異なもの。能力はある程度遺伝し、両親が同じ能力だと高い確率で引き継がれる。また、強化型の能力は子供に半分ほど体質として引き継がれ、子供は親の強化型能力の半分と自身の能力を持つことになる』
昨日、レナートに話かけられたからか、一年生のときの能力についての講義を思い出していた。
難しく言っているが、強化型は筋力が強かったり、目が良かったり、美的センスが高かったり、歌が上手かったりといった身体の一部や一つの才能がずば抜けて高く、遺伝する。生成型は金属や塩、ガラス、毒なんかを一種類生み出せる。魔法型は変身させたり、物を浮かせたり、幻を見せたりできる特殊な魔法を一種類使える。特殊型は魔眼系や読心、念話など様々だ。
魔力を使って発動するタイプは魔力を扱えるようになってからで、特殊型の一部と強化型は生まれつき能力が発現している。魔法型は基本的に使えない能力がなく、戦闘や産業など活躍できる場が必ず存在するので、当たりの能力と言える。
ちなみに、父さんの能力は旨味成分生成だ。数十種類の旨味成分を生成できるので、様々な料理に活用できる。だから父さんの料理は美味いのだ。
どのような味を生成するかは、優れた味覚と豊富な知識を持っている必要があるが、父さんはそれらを持ち合わせている。結構な数の料理人は父さんのお得意さんらしい。
母さんの能力は肉体強化。
脳や五感の働きに変わりはないが、その他の筋肉、骨、皮膚、腱、血管、内臓など全身が強靭という能力。筋肉強化や骨強化、腕力強化など一部分だけというのが多いが、肉体強化は全身が対象であり、魔力で身体強化をするときに通常よりも魔力に耐えられるので爆発的なエネルギーを生み出す。
故に、戦闘を生業とする者にとっては最上級になりたい能力であろう。そして、肉体強化は強化型であるため、俺には半分ほど引き継がれている。俺が重い大剣を両手でだが魔力を使わずに扱うことができるのも、魔力を纏っていなくとも即死しないだけの耐久力があるのも、そのおかげだ。
そして、俺の能力はおそらく、特殊型の魔力器官が機能しなくなる能力だろう。こういう能力は極稀に存在する。他にも視覚だったり、聴覚だったりと。五感系だったら、生まれた瞬間から分かっていただろう。
けれど、魔力器官が発達するのは成長期からだ。それまでの周りからの評価が高かっただけに堪えた。稀に能力とは関係なく、目や耳が正常に働かない子供が生まれるが、高位の治癒魔術で治すことができる。
しかし、俺のような場合は能力なので治癒魔術では改善できないのだ。能力というのは、基本的にプラスの力だ。元来人間が持っている力が強くなったり、何か違う力が追加されるもの。そのはずなのに、俺の場合は本来できるはずのことができなくなっている。
俺の能力はそれで全てだ。それを知っているからこそ、レナートの話が期待できるものではないということが分かるのだ。
――
何事もなく――もちろん模擬戦では滅多打ちにされたが――その日の授業が全て終わり、治癒魔術の勉強をするために図書室に向かおうとしていると廊下から喧噪が響く。ここまで騒がしくなるのはかなり珍しい。激しい模擬戦が頻繁に行われるこの学校では怪我などは付き物なので、騒がしくなることはほぼ無い。
有力貴族の子息か誰かが亡くなったのだろうか。流石に興味が沸く。友達もいないので、一人廊下に出て盗み聞きをしてみる。
「おい、聞いたか。半刻後に闘技場でアロルド様とレナート様が決闘をするらしい」
「何? 模擬戦じゃなく決闘だと?」
「ああ。さらに驚きなのがレナート様から勝負を持ち掛けたらしい」
「はあ? 血気盛んなアロルド様からじゃなくてか?」
「だからこんな騒ぎになってるんだろ」
ちょうど聞きたいことを話していた男子生徒の会話から情報が得られた。それにしても決闘とは驚きだ。普段の授業および学内の闘技大会では、模擬戦しか行わない。模擬戦では、貴族と平民の装備の差を考慮して装備はほぼ学校のものを使っている。そして、魔術の威力や魔力による強化も手加減をしている。
しかし、決闘は自身の装備を使い、手加減なしの真剣勝負だ。もちろん、命まで奪いはしないだろうが、二人とも大貴族の子息であり、身に着ける装備はとんでもない代物だろう。成績上位の生徒と比べても隔絶した強さを誇る二人が最高の装備で真剣勝負をする。
なるほどこれは大騒ぎになるわけだ。さらに、勝負を持ち掛けたのが平和主義のレナートからだという。アロルドは戦闘狂のような所があり、雑魚では物足りないと常々言っているため、三騎士の残り二人とは真剣勝負をしたいであろうと推測できたが、レナートもフィオレットもそれに応えるような人間ではない。
何がレナートを突き動かしたかは分からないが、これは面白そうだ。今日の勉強は無しにして見に行くとしよう。
――
急いで闘技場前に着くと、幸いまだそんなに人が来ていなかった。俺は魔力による視力強化ができないので、前の方に座りたいのだ。自分の席を確保して待つ。
インフェア騎士学校の闘技場は安全装置が搭載された円形闘技場だ。学内の闘技大会の本戦では、王国の将来を担う優秀な騎士の卵を見ようと貴族に騎士、平民が大勢来るのでかなりの人数を収容できる。
また、客席の前に魔力障壁が搭載されており、戦いのときには大量の魔力を消費して強固な障壁が展開され、学生レベルの魔術や魔法なら破壊されることはないため、観客に被害がでることはない。そのため、生徒は周りを気にせず戦うことができる。
時間が経つにつれて席が埋まっていく。全校生徒がいるんじゃないかと思うほどの人数だ。レナートは本当ならこんな目立つようなことはしたくなかったんだろうが、あのレベルの二人が全力を出すとなると戦える場所が限られてくる。町の外でやろうものなら大騒ぎになり、街の闘技場を貸し切る訳にはいかないだろう。一番手間が掛からない上に、実害がない。
まあ、負けたら名声に傷がつくか。いや、あの二人のレベルの戦いの末の敗北に難癖つける奴はいないか。
そうこうしていると、右側の扉が重々しく開いた。出てきたのは、俺に劣るとも勝らない巨躯に、精悍な顔、巨大なハルバードを携え堂々と歩く青年、アロルド・ノルドス・モーレンテル。アロルドはノルドス侯爵の子息で、魔力器官の発達が遅かったにもかかわらず入学当初から学年首位をとり続けている化け物だ。モーレンテル家は代々武官を輩出している名家で、幼いころから武術と魔術学を叩きこまれてきたらしい。
それによりアロルドは卓越した技量を持つが、真に恐ろしいところは血気盛んな性格からは想像できないほど、冷静な思考の持ち主で、また明敏でもあることだ。
これからの戦いが楽しみで仕方がないのか、心なしか気分がいいように見える。装備を見ただけで相当やる気に満ち溢れているのが分かる。身に着ける防具は一見地味だが、細部まで意匠が施されており、希少な魔法金属と強力なモンスターの素材に様々な魔法が付与されたものだろう。
武器のハルバードは三メートルを超えるほど長大で、先端についた斧は一般のそれより遥かに大きく、大斧のものと変わりない。長大な槍の先端にそんなものがついていれば扱えるわけがない。普段の学校支給のハルバードとの違いに、客席のあちこちからも驚愕の声が聞こえる。
驚いて当然だ。アロルドの肉体レベルから考えて、武器に使用している金属には圧縮魔法を使い、密度を高くして強度と魔力許容量、重量を上げているはずだ。正確には分からないが、重さは二百キロを超えているだろう。三百キロ以上もある可能性すらある。
もし仮に圧縮魔法が使われていなければ軽くできるが、強度の関係で武器を破壊される可能性が高いので、あれは圧縮魔法が使われているとみて間違いない。俺が学校で使っている大剣で六十キロくらいだ。しかし、大剣とあのハルバードでは重心の位置や長さの関係で同じ重さでもあのハルバードの方が遥かに重く感じられ、扱いにくいだろう。
本来、ハルバードのような両手で扱う武器は、騎士のような魔術と武術を併用して戦う戦闘スタイルには合わない。もちろん例外もいて、魔術の構築が得意で一瞬で術式を完成できる達人ならデメリットなく戦える。アロルドはこれに当てはまるが、それ以外にも彼自身の能力を考慮しているのだろう。
続いて反対側の扉もゆっくりと開かれる。出てくるのは、少し派手な、一目で高価と分かる装備を身につけた美丈夫。主役の登場と言わんばかりに、女子たちが黄色い声を上げる。
しかし、俺はレナートの表情に違和感を覚えた。普段から微笑みを絶やさない甘いマスクは無くなっており、鋭い眼光がアロルドを捉えている。歩みも畏怖するような足取りで、普段の魅了するようなものではない。
何か異常なのは明らかだ。
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