一話 魔力なしの青年
魔力。
それはこの世界の人間なら必ず持っている力。成長期に入ると魔力器官と呼ばれる魔力を生成する器官が発達し始め、扱うことができるようになる。
修練さえすれば誰でも身体の強化や魔術に活用でき、生きていく上で必要であり、身分に関係なく重要視される力。十二歳ごろから発達を始めるが遅い子は十四歳ごろから発達し、どんなに遅くても十六歳を迎えるまでには必ず扱えるようになる。
しかし、十六歳になったにもかかわらず全く魔力を持たぬ青年がある王国の騎士学校にいた。
騎士学校の訓練場にて、生徒たちが模擬戦の相手に向き合っていた。そして、大剣使いの生徒二人も他と同じように対峙していた。
一人は、重い大剣を片手で振り回す生徒。もう一人は、この学校で有名な魔力を持たぬ生徒。
名をノットというが、ほとんどの生徒は『無能』と呼ぶ。彼は恵まれた体格に、美しい若葉色の髪を持っているが、魔力を持たないことはそれら全てを無にし、それに留まらず彼の価値を下げた。
「なあ、無能くん。俺は他の皆とは違って手加減できないから、死んじゃうかもよ?」
注意を呼びかける言葉とは裏腹に、下品な笑みを口角に浮かべている。
「いくら刃を潰してあるっていっても魔力を纏えない君じゃあねえ」
変わらず笑みを浮かべたまま、大剣を撫でる。
「手加減は必要ない。全力で掛かってきてくれた方がこっちとしても都合がいいから」
青年は死ぬ可能性があることを歯牙にもかけない様子で返す。
「そう。じゃあ殺してやるよ」
青年の余裕な態度が気に入らなかったのか、さっきまでの軽薄さは消え、獰猛な顔で言い放った。
教官は青年を一見した後、全体が構えたのを確認して、開始の号令をかけた。踏み込みで距離を詰められ、重量に見合わない速さで大剣が迫る。寸前で大剣で防ぐが吹き飛ばされる。なんとか受け身を取ったが、瞬間、火球が胴体に着弾した。凄まじい熱と衝撃が青年を襲うが、大剣を振りかぶる相手を捉える。
「死ねや」
頭を狙っており、防具をつけていても即死するほどの勢い。これを何とか受け流し、今度は吹き飛ばされることはなかった。さらに相手の猛攻が続き、青年は受け流す。
しかし、相手は大剣を片手で振るい、青年は両手。相手は空いた片手で魔術を繰り出す。最初に受けた火球の損傷もあり、数十回の打ち合いで限界を迎える。
またも火球が着弾し、武器を構えようとするが、間に合うはずもなく右腕を叩き斬られそのまま肋骨まで砕かれる。下がった頭に蹴りを受け、吹き飛ばされる。頭部への衝撃で気絶しており、青年には次の攻撃を凌ぐ手段はない。
「そこまで」
教官が追撃をかけようとしていた相手を制した。
「命拾いしたな」
肩を怒らせていたが、教官に逆らうわけにはいかず、舌打ちをしながらも大人しく立ち去った。
「ステン先生。早くこちらに」
訓練場に響き渡る大声で治癒術師の教員を呼ぶ。
青年は全身の各所に火傷と打撲、右腕・肋骨を骨折、頭蓋骨は砕かれており重症であったが、学校の治癒術師の治癒魔術によって瞬時に回復した。本来、魔力を纏えない青年は即死するほどの大怪我を負っていたはずだが、彼の体質がそうさせなかった。
さらに、彼は肉体のレベルが低い、というよりゼロなので治癒魔術の効きが良いために瞬時に完治した。他の生徒ならもっと高位の治癒魔術でなければ即時に完治とはいかなかっただろう。その後、気を失ったままの彼は医務室へと運ばれた。
「今の見たか? 攻撃すらしてないぞ」
「俺はあんな醜態を晒してまで生きたいとは思わないね」
「私も。それにしても、なんであの無能退学になんないのかなー」
「本当にな。名誉あるインフェア騎士学校の汚点だ」
「それはあいつにヴァレンス教官がついてるからだろ」
「教官は何考えてるんだろうね」
「それでも、アロルドに相当嫌われてるからすぐに消えるさ」
「それもそうね」
青年が医務室に運ばれる傍ら、生徒たちは忌々しそうに言った。青年は気絶しており、聞こえてはいなかったが、そうでなくても関係なかった。
訓練場にいた生徒の大半が青年を見下していたが、数人だけは違った。本来、未熟とはいえ魔力を巧みに扱う戦士に、魔力を扱えない者が立ち向かえば一撃で終わる。たとえ一撃目を防げても二撃目三撃目で終わる。それほどまでに埋めることのできない差があるのだ。にもかかわらず、青年は数十回も耐え凌いだ。この意味を真に理解するもの達は、青年に鋭い視線を向けていた。
――
「うぅ」
鈍い痛みとともに目を覚ます。辺りを見回すと、俺が起きたことに気づいたステン先生がこちらに向かってくる。
「全く君は。毎回言ってるけど死んでもおかしくないんだよ?」
怒りながらも、こちらを心配してくれている。どうやらまたも、模擬戦中にやられて医務室に運び込まれたらしい。
ステン先生は、学校専任の治癒術師だ。基本的に優しいが、無理して体を壊すことには厳しい。こちらの身を案じて厳しくしているので、毎回無理する俺は頭が上がらない。
「すいません。けど今回は成績中位の相手だったので、倒すとまではいかずとも終了時間まで粘れると思ったんです」
「確かに見事な受け流しだったけど、ヴァレンス先生が止めに入らなければ命を落としていたんだよ?」
「最初の踏み込みが想像以上に早かったんです。あの流れで火球を受けなければ多分負けませんでした」
相手の生徒はそこまで強い生徒ではなかった。けれど、彼の一番の特技は踏み込みなのだろう。上位の生徒と遜色ない鋭さだった。
「それに、ヴァレンス教官なら必ず助けてくれると信じてますから」
確たる自信を持って応える。
ヴァレンス教官は、昨年百歳を迎えた老練の教官だ。百歳と言ってもヴァレンス教官は肉体のレベルが極めて高いので、身体の年齢は一般人の四、五十歳くらいだろう。元近衛騎士団の特級騎士で、このウィシュトル王国でも屈指の実力者。
そんなヴァレンス教官はなぜか俺の面倒を見てくれる。魔力が扱えないことに焦っていた時期からお世話になっている。魔術演習の授業では俺は何も出来ないので、その時間は相手をしてくれる。厳しい模擬戦を一対一で教わっているのもあり、おかげで大幅に技量が向上した。
だから格上の生徒相手でも何とか戦っていける。ステン先生と並んで信頼できる大人だ。
「それはそうだけど、いつも誰かが助けてくれると思ってはいけないよ?」
ステン先生が優しくも何処か冷たさのある声で警鐘を鳴らす。
顔を殴られたかと思った。
そうだよ。
命の保証がされているのはこの学校にいるときだけだ。俺がこの学校で戦う相手は全員俺より強く、自分が負けるのが前提になっていた。だからこそ技量が上がっているけど、それに慣れてしまっていた。
この学校の外の負けは死だ。認識を改めなければ。
「はい。気をつけます。ご指摘ありがとうございました」
決意を新たにして応える。
「気をつけなさい」
その後、治療してくれたことを改めてお礼し、次の授業に向かう。
インフェア騎士学校。
ルガラント大陸の大国、ウィシュトル王国にある歴史深く、名誉ある学校。王国騎士の登竜門とされ、上級以上の騎士の九割はこの学校の卒業生。
魔力器官が発達し始める十二歳から成人の十六歳までの四年間が在学期間で、国有数の達人から武術と魔術を学べ、実力さえあれば身分に関係なく入学できる。最大の利点は、卒業さえできれば見習い騎士として王国騎士団に入団できることだ。見習い騎士は騎士階級であり、成人したばかりの子供が簡単に成れるものではない。故に授業は大変厳しく、試験の落第者は容赦なく即退学になる。
さらに、進級・卒業時には実力が伴っていないと判断されれば退学となる。入学時は万を超える人数が、卒業する頃には百人を切る。
俺の場合、魔力が扱えないことを考慮して、成績や実力を判断されていたので四年生まで進級できた。魔術は使えなくとも魔術の勉強は人一倍してきたし、礼儀作法も学問も上位を取り続けた。
けれど、卒業は絶対にできないだろう。俺はもう十六歳になってしまった。歴史上でも十六歳を超えてから魔力を扱えた者はいないのだ。希望を求めて、過去にそういう例がないかは当然調べたが、一人としていなかった。
俺は騎士になれないのだ。
昔、俺がまだ小さかった頃。俺が住んでいた村が強力なモンスターに襲われた。危険地帯にしか居ないようなモンスターで、村の人間ではどうしようもなかった。俺は逃げ出すべきだったが、病気の母がおり一人逃げ出す訳にはいかなかった。母は武器を取り、逃げろと言ったが、そんなことをすれば街に出ていた父に顔向けできない。いくら母が歴戦の冒険者だったと言っても当時余命何ヵ月もない病人だったのだ。
そんな絶体絶命の危機を一人の中級騎士が消し去った。その光景は、瞼の裏に焼きついている。圧倒的な力で敵を倒し、怯える弱者の不安を拭い去る、まるで伝承の英雄の登場シーン。
俺もこの人のようになりたい、と強く思った。前から母の冒険譚を聞いていたから冒険者に憧れ、母から剣術と戦い方を習っていた。けれど、その日からより真剣に取り組んだ。その甲斐もあって、王国一の騎士学校にも入学できた。
でも、俺はあの騎士のようにはなれない。ヴァレアム・ビヘイツ・ハーデレイル様。現在の王国騎士団長、王国最強の騎士であり、あのとき俺たちを助けてくれた騎士。
俺が目標としていた人だ……。
駄目だな。模擬戦の後だとまざまざと周りとの差を見せつけられて気が滅入ってしまう。母さんの遺言を忘れるな。
卒業まで約半年。騎士に成れないからといってのうのうと過ごすつもりはない。魔力が使えなくてもこの学校で学べることは山ほどある。
次は魔術式構築学だ。魔術式構築実習は出来ないが、構築学は座学なので俺でも参加できる。無駄だと分かっていても、いつか魔力が使えるようになったときのために努力は惜しまない。
感想・評価ポイント・ブクマ・いいねをいただけると大変嬉しいです。
是非よろしくお願いします。