秘密ってのは、いつかはバレるものらしい…
うちの学校にはアイドル同好会なんてものが存在する。
流石に部活というわけではないのだが、学校内でも同好会とは思えない程の規模を誇っており、下手な部活を大きく凌駕する程だ。
ただ、その実態はファン層ごとに幾つかの派閥に分かれており、というかアイドル好きのグループが複数集まってできたのが、この同好会だったりする。
で、その派閥と謂うか勢力と謂うかは、主に大きく4つに分けられる。
ひとつは加藤香織派。
先の卒業生、伊藤瑠花支援者達が、同じ事務所の後輩である香織ちゃん支持にスライドしていることもあり、この同好会の主軸的存在となっている。
もちろん、香織ちゃん自身のファンも当然在るわけだが……、香織ちゃんがオレにアプローチを掛け始めたことで、男性ファンが離脱気味。
但し、その分女性支持を集めているようだ。
次に、花房咲派。
我らが美咲ちゃんの支持層である。
元々、美咲ちゃんにその気は無かったのだけど、結局周囲の勢いに流されて、気づけば美咲ちゃんも同好会入り。
とはいえ、特に何かを求められてるわけじゃない。
どうやら担ぐ御輿ができただけで満足らしく、それ以上を無理に求める気は無いらしい。
理由としては、リトルキッスファンの間で、プライベートの邪魔をするのが禁忌であるとされているってのが大きいと思われる。
香織ちゃん派からは男性ファンが流れてきてるため、一部でライバル視されているようだ。
で、御堂玲派。
言うまでも無い天堂のファン。
『美童天堂』の名はここでも健在。
天堂も美咲ちゃん同様ここに所属。
そしてやっぱり所属するだけ。多分そのはず。
だって、その辺のこと聞いてないし。
でもこいつって、ファンサービスみたいなことを、自然と何気なくやってそうな気がするんだよな…。
そして最後に、その他大勢、有象無象の集まった派閥とも謂えない連中。
なにかが有る度に、集団として連携をとっているだけの関係らしい。
と、ここまで長々と述べたこの同好会だが、これだけの規模だけあって、部活並みに物事の融通が利いたりする。
そんなわけで放課後、例の新曲の練習のため、美咲ちゃんと共に音楽室へと赴いたのだが……。
「あれ? 香織ちゃん?」
オレ達に先立ってそこに居たのは香織ちゃんだった。
「え? 純くん? でも、どうして…。
もしかして私に会いに?」
美咲ちゃんの声に香織ちゃんが気づいた……けど、声を掛けた美咲ちゃんよりも、その側に居ただけのオレかよ。しかも、この台詞だし…。
こういうところって、やっぱり香織ちゃんだよなぁ…。
「ああ、オレは美咲ちゃんの練習の附き添い」
本当は別に目的が有ったんだけど、香織ちゃんにはそれは言えない。
「で、香織ちゃんは?」
席でノートを広げ、何やら書きものをしているみたいだけど…。
というわけで、近付きつつそれを覗き込む。
……えぇ⁈
まさか、ラブレター?
否、なんか違う。
それにしてはちょっと変だ。
というか、ノートでラブレターは嫌だ。
それに、あれだけ面と向かって積極的にアプローチしてきてるってのに、今さらそんな消極的なことしてくるわけもないしな。
でも、しかし、これは…。
「ああ、これ?
これは今、曲の作詞をしているところなの。
まあ、全部が採用されるわけじゃないけど、それでも今まで、結構ヒットした曲もできてるのよ」
そう、香織ちゃんの言うとおり、そのノートには曲の詞が何ページも連ねられていた。
って、マジかよ……。
まさか、香織ちゃんがシンガーソングライターだったとは…。
「うわぁ、すご〜い…」
確かに美咲ちゃんの言うとおり凄い。
ページ数もだけどその内容も。
多分全部が、オレの苦手なラブソングだ。
そして恐らく……。
「どう、凄いでしょう。
これ全部、純くんのこと想いながら作ったのよ。
お陰でこんなにいっぱいできて。
ううん、まだまだ、たくさんできそう」
……やっぱり。
この子、重いよ。怖いよ。本当…。
「ねえ、香織ちゃん、私達これから、ここで新曲の練習しようと思ってたんだけど、一緒で邪魔にならないかな?」
えぇ⁈ 美咲ちゃん、ここでこのままやる気かよ?
しかもオレの怖気とは裏腹に、何故か今のことを直然りと受け入れてるし。
「それって、純くんもここに居るの?
だったら、邪魔にならない限り構わないわよ」
否、オレは構うんだよっ。
とはいえ、こっちから言い出したことだから、これって仕方がないよな…。
「じゃ、早速準備するか」
気持ちを切り替え、オレも準備に取り掛かるべく、ピアノの元へと向かう。
「え?」
香織ちゃんが素頓狂な声を出した。
まあ、そうだろうな。
オレが何かをするなんて、思ってもいなかったんだろうから。
多分、香織ちゃんの傍で、持て余した暇を潰すとでも思ってたんだろうしな。
ピアノに楽譜を取り出しセットすると、鍵盤に手を置き音の配置を確認する。
感覚が掴めたところで軽く体を解し、改めて姿勢を正して、ウォーミングアップ。ドレミの歌を軽く演奏する。
いや、縦いだろ、別に何の曲でも。
オレとしては、この曲が慣らしに丁度宜かっただけなんだから。
「へぇ〜、純くんってピアノが弾けたんだ」
香織ちゃんが感心してくれている。
でもなぁ…。
「否、このくらい別に大したことじゃないだろ。
所詮は学校で習うレベルだし、習い事でやってる奴らとじゃ、全く比べものになんねえよ」
そう、所詮はその程度なんだし、自慢にはならないだろう。
「よし、じゃあ美咲ちゃん、始めるか。
今日のところはエンディング曲と挿入曲。
まずはエンディングの『Wonderland』からだ」
準備ができたところで、早速開始だ。
オレがピアノ演奏するのには理由がある。
本来ならアプリで作った曲をそのまま流せば可いんだけど、やはり早乙女純としては、練習時間の少ない分、リズムくらいは体で掴んでおきたいからな。
それにこのあとの挿入曲は、まだ調整を要する未完成曲だってのも理由である。
「良し。好い感じだ。
じゃあ次、挿入曲にいってみるか」
良い感じで一区切りが着いた。
オレは次の曲の楽譜を用意する。
「今のって、この前に言ってたアニメの曲?
それに挿入曲って言ってたけど、なんで純くんがその曲をそうやって直然り弾けてるわけ?」
香織ちゃんが声を掛けてきた。
まあ、ライバルとしてはリトルキッスの新曲のことが、やはり気になるということだろう。
あと、その曲をオレがこうして弾いているってことも……否、恐らくこっちが本命か?
「否、楽譜も有るんだし、普通に可怪しくはないと思うんだけど」
取り敢えず無難な受け答えをする。
これなら自然で、決して可怪しいなんてことは無いだろう。
「ううん、そんなこと無いよ。
普通は楽譜が有るからって、そう簡単にはいかないはずだし、多分それって純くんが自分で作った曲だからじゃあないかなぁ」
………………………………。
全く、どういうつもりだよ美咲ちゃん。
否、特にそういうのは無いか。
恐らく迂然りってところだろう。
確かドジっ娘属性とか謂うんだっけか?
「え、ええぇぇぇぇ〜!?
ちょ、ちょっと、どういうことよ花房咲⁉
なんで純くんが……」
あ、こりゃバレたかな。
うん、恐らくバレたなこの感じだと…。
「あ……」
しまったとばかりに両手で口を塞ぐ美咲ちゃん。
もう、手遅れだって。
てか、そんなことしたりしたら余計に誤魔化しようが無いだろうに。
こんなんだから、天然だなんて云われるんだ。
「“あ”じゃねえよ全く。
選りにも選って、香織ちゃんの前で口を滑らすか?
……まあ、こんな所でこんなこと、一緒になってやってるオレも悪いって言や悪いんだけど」
まあ、時間が惜しいからって、香織ちゃんの前でやるのを認めたオレにも責めは有るんだから、余り強くは叱えないか。
「え、それって…、つまり本当なの?」
香織ちゃんが、信じられないとばかりにオレのことを見詰めてくる。
そう、敢えて『見つめる』でなく『見詰める』と漢字表記したくなる程の視線でだ。
「まあ、知られちまったからには仕方がないか。
ことここに至っちまったからには、隠すのも難しいだろうしな。
確かにオレは、香織ちゃんの言うとおり、『JUN』としてリトルキッスを始めとした作曲に携わっている。
まあ、今回はフェアリーテイルに関わったせいで、アニメ音楽にまで携わることになっちまったけどな」
そう、バレちまったからには、隠すのは本当、難しいんだよな。千鶴さんの例も有るし。
今だと兄貴の情報からオレのことに、然程の苦労も無く辿り着けるだろうからなぁ…。
「一応、言っておくけど、このことは秘密で頼むな。
バレるといろいろと面倒なんで、極力秘密ってことになってるんだ。
それこそ、星プロの連中の殆どが知らないくらいにな」
そう、それでもやっぱり秘密は秘密。
オレはまだ未成年の学生だ。
仕事よりも学業が本分。
否、それ以外も有るけどな。
それを無理に邪魔されたくはない。
なんてったって、学生時代は一生で一度きりだからな。
そんな理由で、オレはまだ正体を明かすつもりは無いわけだ。
「え〜、どうしようかなぁ〜。
私としては純くんのこと、皆に知ってほしいんだけどなぁ」
う〜ん、どうして女の子って、こうして小悪魔扮りたがるんだろうな。
正直、本気で嫌な時は判然いって鬱陶しいだけだ。
「悪いけど、そういう冗談は止めてくれないか。
もし嫌だってんなら、その時は一切の付き合いを考えさせてもらう。というか絶交だ」
今までは好意的に接してきてたから、そこまで無下にすること無く、渋々ながらも多少の無碍も許してきたけど、そういう態度で接してくるなら、最早遠慮する義理も無い。敵対するって言うなら容赦無く叩きのめすまでだ。
「ちょ、待ってよ純くん。
解ったからっ、だからそんなこと言わないでよっ」
慌てて前言を撤回する香織ちゃん。
とまあ、ここまでならまだ宜かったんだけど…。
「でも…ね、責めて一回くらい御礼のデート…を……」
はぁ…、やっぱり香織ちゃんは香織ちゃんか…。
思わず溜息が出てくる。
「もうっ、解ったわよ、非宜なんだから」
どうやら前言を撤回してくれたようだ。
全く、本当にオレを困らせてくれる…。
というわけで、こちらの切札を切ることで、なんとか辛うじて『JUN』のことは秘密は守られたのだった。
……但し、デートの約束を捥ぎ取られることになってしまったのだけど…。
そう、このあと結局、再び言を返されたのだ。
とはいえバラすと脅されたわけじゃないけれど。
だからこそ、対価と押し切られたわけで…。
ああ…、やっぱり女の子って苦手だ……。
※作中に出てくる『直然り』ですが、『われから』(樋口一葉著)の『直然と』を参考にして当てました。[Google 参考]
以前は『素成り』と当てていたのですが、作者の好んで使う『○然り』に揃えようと思い、こちらを使用することにしました。
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




