Wake up Girls -フェアリーテイルいきますっ!-
私達が彼、純さんと和解してから数日が経ち、GWがやって来た。
そしてその第一日目。
純さんから、私達へとGWの計画が言い渡された。
「ちょっと、冗談でしょ?
もしかして、まだあの時のこと根に持ってたんですか?」
うわぁ…、嫌だなぁ。
これって絶対嫌がらせだわ。
この人、どれだけ執拗いのよ。
「あの…、JUNさん、流石にこれは少しばかり厳しいんじゃないでしょうか」
ほら、マネージャーの小森さんだってそう言ってるし、やっぱりこれって可怪しいんじゃない。
「そうでしょ、やっぱりこれって厳過ぎですよね」
そしてミナも同意見。
で、その可怪しな内容はというと…。
まずは5kmのランニング。
時間にして高々40分かそこらだなんて、軽く言ってくれてるけどキツいものはキツいのよ。
それが終われば各種の筋トレ。
これも時間にして一時間、午前中には終わるはずなんてやはり言う。
でもね、なんでこんなことしなきゃなんないのよ。
私達は女の子なのよ。
でもって、昼休憩が終われば再びのレッスン。
ここで漸く歌や振り付けとかになるんだけど、判然言って、ここまで体力が残っているとは思えないわ。
そのための体力作りなんて言ってるけど、彼の性格の悪さを身を以て知ってるからには、どうしても不信は拭えないのよね。
私達三人に責められて困惑する彼。
ふん、そんなの自業自得、身から出た錆って謂うものよ。
ザマを見なさい。
私達が不服そうにしていると、彼はこんなことを言いだした。
「ふ〜ん、つまりその程度ってことか。
よくこんなので、リトルの妹分なんて名乗ろうなんて思ったもんだ。
あのふたりなら、まずこの程度じゃ凹垂れないはずなんだけどなぁ…。
うん、リトルの妹分ってのは取り消しだな」
なぁ⁉
な、なんて卑怯な…。
「ちょっと、やらないなんて一言も言ってないでしょ。やるわよ。やりゃ良いんでしょ」
「そうよ。あのふたりの妹分として、こんなことで弱音を吐くなんてできないわよ」
もうっ、『リトルキッスの妹分』って、そんな言葉を出されたら、こう応えるしかないじゃないの。
当然ミナだって、慌てて前言を翻したわけで…。
「だったらまあ、これからGWの間、確りとがんばるんだな。
じゃ、そんなわけで小森さん、手の掛かる奴らですけど、こいつらのこと宜しくお願いします」
話は終わりとばかりに去って行く彼。
こ、これで勝ったと思うなよーっ!
口に出すわけにはいかないので、責めて心の中で叫んでみたけど……。
ああ…、やっぱり彼は苦手だ…。
▼
GW二日目。
私達は彼の定めたスケジュールに従う。
ミナと共にジャージに着替え、事務所から表へ。
そして5kmのランニング……。
あぁ…、気が滅入ってきそう。
「じゃあ、ふたりとも、行くわよ」
小森さんが私達へと声を掛ける。
縦いわよね、あなたは。
ミナとふたり、彼女を見る。
あぁ…、テンションが下がっていく。
だって彼女の腰から下は自転車に跨がっているのだから。しかも補助動力付き…。
とはいえ、こうしていても仕方がない。
私は渋々ながら一歩を踏み出したのだった。
5kmの道程を走破し、私達は事務所へと帰り着いた。
時間はあれから約40分。
これだけ疲れ果ててるってのに、彼の計算どおりというのが余りにも面白くない。
ああ…、でも、今は悪態を吐くのすらつらい。
「はい、お疲れ様」
小森さんが手渡してくれたスポーツドリンクを私は一気に飲み干した。
ああっ、生き返る。
否、まだ、動く気力は無いけど…。
私達はこの場で暫く伏垂り込んでいた。
でも、流石に漸々動かないとヤバいかも。
余り長々と休んでいると、今度は昼休憩が取れなくなる。
気を奮い起たせ重い腰を上げる…けど、次は筋トレかぁ…。
そんなわけで、まずは腹筋から。
……筋肉ムキムキのマッチョ女になったら、絶対に恨んでやるんだから…。
「……疲れたぁ」
漸く各種筋トレが終わったところで、正午過ぎ。
思っていたより時間が掛かっていたらしい。
それよりも、お昼。お弁当だ。
もう、お腹ペコペコ。
「レナちゃん、シャワー浴びなくても良いの?」
あ…、そう言えば、汗でべたべた。
お腹が空き過ぎててすっかり忘れてた。
意識したせいか凄く気持ち悪い。
私もミナに続くようにシャワー室へと向かった。
昼休憩が終わるとまずは曲の練習。
体を動かさなくてすむので、楽なレッスンと思ってたんだけど…。
お腹から声を出すって、結構疲れるのね…。
もちろんこれは喩えである。
お腹に力を入れるためこのような表現をしているだけ。
所謂腹式呼吸というもので腹式発声というらしい。
なんでも、喉に力を込める胸式呼吸による胸式発声と違って、喉に負担を掛けずにすむんだとか。
で、私の場合、少しだけどその傾向が強いらしくて、今のままじゃ喉が潰れて、声が枯れかねなかったらしい。
ちょっと待ってよ。なによそれ。
女の子のガラガラ声なんて冗談じゃないわ。
ハスキーなのが悪いとは言わないけど、やはり女の子なら高く透き通った声に憧れるものでしょ。
理想は純ちゃんのような、低音から高音まで熟せることなんだけど、私じゃそれは無理らしい。
ただ幸いにも、純ちゃんの普段の声はどちらかといえば低音気味。
だったら、私もがんばり次第で純ちゃんみたいになれるかも。
で、胸式発声だけどそのメリットはというと、
通る声が出せるようになり、ボリュームの調節も楽になる。そのため大きな声も楽にだせる。
それにより、歌にビブラートをつけたり、声に強弱や緩急をつけたりすることで、表現の幅が広がる。
息が長く続くようになるので、音を長く伸ばすことが可能。
ということで、歌唱レベルが上がるんだそうだ。
そういうわけで、現在発声練習の真最中。
歌? そんなのやってないわよ。
まずは基本からだって。
私もミナも今の説明を聞いてなかったら、きっと文句を言っていたはずよね。
「ハーーーーッ」と強く息を吐きながら、お腹に手を当ててグッと押さえる。
限界まで息を吐いてお腹がぺたんこになったと感じたところで、息を一瞬止めてから全身の力を抜く。
そしてそこから息を吸う。
こうすることで、スッと息がお腹の底まで入っていくのがよく解り、自然と深い呼吸ができるということらしい。
要するに深呼吸というわけだ。
今のイメージで鼻から息を吸って、そのままお腹の下部を膨らませ、たっぷり空気を溜める。
そして、ゆっくりと時間をかけて口から吐いていく。ペースは吸い込んだ時の倍くらい。
再び深く息を吸う。
そして再び限界まで息を吐き出す。
お腹に意識を集中しながら、これを何度も繰り返す。
こうして練習することで腹式呼吸が定着するらしい。
それでは次のステップへ。
今度は発声トレーニングだ。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」
横隔膜を使い、短く声を発しながら息を吐く。
これは『ドッグブレス』というトレーニングで、息を吐いたとき、お腹が凹んでいるように動いていること、つまり腹式発声ができていることが大事らしい。
思ったより結構ハードだ。
一時期、私達を目の敵にしていた演劇部の子達って、毎日こんなことをしてたのね。
でも、あの子達にできるんだもの、私達にできないなんてことはない。というか負けていられない。
増してや、私達には夢がある。
あの敬愛するアイドルスターふたりの隣に、いつか並び立ちたいという夢が。
そうよ、こんなこと程度で挫けてなんていられないわ。
そんなこんなで今日一日の予定が終わった。
結局、今日の午後は発声練習だけだったけど…。
でも今後、本格的な歌と振り付けが加わるんだろうから、もっと大変になるだろう。
はっきりいって甘くみていた。
華やかさにのみ目がいっていて、裏ではこんなに苦労していたなんて思いも寄らかった。
そりゃあ漠然とだけど大変だろうとは思っていた。
でも実際は、思うのとやるのでは全然違う。
体験してみて初めて解るというやつね。
道理で純ちゃん達が、あれだけ叱ってくれたわけだ。
否、純さんの場合、それだけばかりとは言えないけど…。
私達の反省点、改善すべきことが理解できた。
やるべきことは示されている。
少しばかりつらいけど、それでもきっと、否、絶対にやってみせる。
よし、やるわよ。
いざ、フェアリーテイルいきますっ!
※今回の話の発声練習についてですが、いつものようにGoogleで調べたものです。
そこで見つけた西貴正氏の投稿を参考にさせていただきました。
※作中の『判然』は当て字です。
本来は『はんぜん』と読み、意味は『はっきり』とそのままです。
『判』という字は『半』と『刂(刀)』からできており、二つに切り分けるということから、『二つに分けはっきり区別する』いう意味があるそうです。
この当て字は『硝子戸の中(夏目漱石)』、『平凡(二葉亭四迷)』等で使われているようです。[Google 参考]
※作中の『凹垂れる』『伏垂り込む』は当て字です。
なお『伏』に『へ』らしき読み方はありません。今回の当て方はイメージです。
今さらですが『凹垂れる』は『伏垂れる』でもよかったのかも。もしくは『凹』『伏』のところを『圧込』『圧』とするべきだったか…。『圧切』なんて有名な刀も有りますしね…。
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




