High School lull by?
「咲ちゃんっ。
我々は是非、あなたを我らが同好会に迎え入れたいっ!」
放課後、オレ達のクラスに、より正確には美咲ちゃんの下に、怪しげな上級生達が押し掛けて来ていた。
なんでも、この学校にはアイドル同好会なんてものが在るらしく、彼らはそのシンボル的存在として、花房咲を迎え入れたいということらしい。
「えぇっ⁈ なんで⁈
この学校には香織ちゃんだって在るのに?」
何故、美咲ちゃんがこんな疑問を持つかというと、去年まではこの学校の卒業生である伊藤瑠花が所属していたらしいからで、それなら彼女の所属事務所の後輩である加藤香織の方が相応しいのではと、まあ美咲ちゃんとしては香織ちゃんに気を使ったというわけだ。
なにより、面倒臭いってのも有るかもしれないけど、そこのところどうなんだろうか。
「もちろんそれは、咲ちゃんの方がより相応しいからだ。
中には加藤香織を推す愚かな奴も在るようだが、我々は断固としてそんなヤツらは認めないっ。
我らが支持すべき女神は美咲ちゃんだっ!」
「「おお〜っ!!」」
な、なんだ?
雄叫びなんか上げるもんだから吃驚したじゃないか。
幾らなんでも、エキサイトし過ぎだろ。
「巫山戯るなっ、この裏切り者どもめっ!」
おおっ⁈ 今度はなんだ?
突如としてオレ達の前に現れたのは、やはり先の彼らと同じような男子生徒達だった。
「我らが戴くべきは、伊藤瑠花の後継者たる加藤香織だったはずだっ。
それをこうも軽々しくも宗旨替えするとは恥知らずな。
先輩の卒業を前に、香織ちゃんのことを宜しく頼むと託されたことを忘れたのかっ!」
え、えっと…、つまり、こいつらも同じ同好会の人間で、その中で仲間割れしてるってことか?
「その話は花房咲が在なかった時の話だろう。
今じゃ、その前提が変わってるんだ。
より相応しい存在が在るんだったらそちらこそが選ばれるべきで、加藤香織なんかが出る幕じゃない。
そのことは既に伝えたはずだっ」
……ヤバい。関わりたくない。
こいつらに関わったら、絶対に面倒事に捲き込まれる。
「そういうわけで、咲ちゃん、我々の同好会に入ってもらえないだろうか?」
「わ、私はそういうのは…」
う、うん。ここは関わらないに限る。
がんばれ美咲ちゃん。
「あら、花房咲とも存ろう者が、まさか逃げ出そうなんて言わないわよね?」
「え? 香織ちゃん?」
ちょ、マジかよ。
これってもしかして、この子が嗾けたんじゃないよな?
可愛いらしい顔して、なんとも怪しからない。
俔えそうじゃないにしても、少なくとも同調してることは間違いないようだ。
「待って、私は別にそういうのに興味ないからっ。
だから香織ちゃんの代わりに同好会に入ろうなんて思ってないからっ」
美咲ちゃんが慌てて否定する。
でも、これって逆効果なんじゃないか…。
「つまり、私なんかじゃ相手にもならないってこと?
随分と侮たこと言ってくれるじゃないの」
あ〜あ、やっぱり。
煽り文句と捉えられ、火に油を注ぐ結果になってるし。
本当、この手のタイプって面倒臭いんだよなぁ…。
「…って、え⁈ ちょっと、花房咲っ。
昨日といい、今日といい、なんであなたが彼と一緒に在るのよっ⁈
彼とはどういう関係なのっ⁈」
おいおい、今更かよ…。
「ああ、それは見てのとおり同じクラスだからだな。
あと、中学の時からの同級生だ。
それよりも香織ちゃんだっけ?
確か美咲ちゃんと同じアイドルなんだよな。
なんでそんな奴が、オレのことなんか知ってんだ?」
まさか、オレの正体に勘づいてるわけじゃないよな…。
千鶴さんの例が有るだけに楽観は出来ない。
「それは、一年前に逢ったことがあるからよ。
まあ、あなたは覚えてないみたいだけど。
でも、私にとっては忘れられないな思い出に残る一日だった。
だから今はそれでも構わないわ。
大事なのはこれからだもの。
そんなわけで、あなたに交際を申し込みたいんだけど受けてもらえないかしら?」
……………………え?
「「えぇ〜〜〜っ⁈」」
辺りに驚愕の絶叫が響き渡る。
ちょっと待て。
なにがどうなってどうなってるんだ?
え? なに?
もしかして、オレって告白されたの?
選りにも選ってアイドルにか?
待て、落ち着け。
仮にそうだとして、陸に知りもしない子と交際するのか?
否、有り得ないだろ。
抑、そんな気も無いのに付き合うなんて出来るわけない。相手に対して失礼だ。
それにオレにだって、将来そんな風に思える相手が現れるかもしれないんだ。その時いったいどうするんだよ。
うん、やっぱり有り得ないな。
「悪いけど断わらせてくれ。
正直、そういう気になれない。
なにより知り合ったばかりだろ。
行き成りそんなこと言われても困るだけだ」
う〜ん、美咲ちゃんも、真彦に告られた時ってこんな風に感じてたのかな。
あの時は他人事だったけど、まさかオレがこんなことになるなんてな…。
「「えぇ〜〜〜っ⁈」」
再び驚きの合唱が起きる。
でもなんでだ?
オレ、なにか可怪しなこと言ったか?
「ちょっと、なに考えてんのよ?
あんたみたいなのがこんな子と付き合えるチャンスなんて二度と無いのよ」
は? 朝日奈の奴、なに言ってんだ?
それとも普通の奴の恋愛観って、こういうもんなのか?
「ちょっと陽子ちゃん、純ちゃんのこと忘れてるよっ」
「あ〜、そう言えばそうだったわね」
「もしかして、これから修羅場?」
それに美咲ちゃん、それってどういう意味だよ。
朝日奈も納得してんじゃねえ。
あと日向も、変な期待をしてんじゃねえよ。
全く、姦しいなんてもんじゃねえな本当。
「ちょっと、どういうことよ?」
あああっ、もうっ。香織ちゃんまでっ。
頼むから勘弁してくれよ。
「とにかく、その気は無いってこと。
幾らアイドルだといっても、やっぱり知らない奴ってことには変わりない。
少なくともオレは、こいつらみたいにアイドルなら誰だって可いなんてことはないってことだ。
香織ちゃんだってそんないい加減な奴と付き合いたいなんて思わないだろ。
少なくともオレは、そんな奴なんて御免だぞ」
本来、そういうのは相手の人格を理解し合ってこそだろうにな。
「ちょっと、私達だって相手ぐらい選ぶわよっ」
「そうよ、誰だって可いなんてわけないでしょっ」
なに言ってんだかな。
オレにそんな風に説ってたくせに。
逆に反されて、急に掌を返したようなこと言っても
説得力が無いっての。
今更、必死になっても無様なだけだ。
「なるほどね。流石は純くんだ」
うん、天堂は理解してくれたか。
意外とこいつって、こういうところが真面目っていうか、確りしてんだよな。
そこがそこらの軽薄男とは違うところだな。
道理でモテるわけだ。
「判ったわ。
それじゃあ、お互いのことをもっとよく知り合うためにデートを申し込みたいんだけど、いつが空いているかしら?」
なんなんだこの子は。
どうにもなんだか遣り辛い。
否、それよりも…。
「ちょっと待てよ。先程からこんな人前で。
こういうのって仕事に差し支えが有るんじゃないのか?」
そう、この子、そういうことって考えてないのか?
余りにも、物事開け透け過ぎる。
もしかして、この子って馬鹿なのか?
「あら、別にそんなこと構わないわ。
そんな風に人目を気にしてたら何も出来ないでしょ。
あなたと付き合えるんなら、こんな仕事辞めたって構わないもの。
それで、先程の返事はどうかしら」
あ〜っ、駄目だこりゃ。
この子、一番ヤバいタイプだ。
物事解った上で、覚悟の上で行動するやつだ。
冗談じゃない。
傍で見てる分には好ましいけど、関わりを持つのは絶対避けたい。
「悪いけど断わらせてくれ。
先程も言ったけど、その気のない相手と付き合う気なんてないんでな」
なにより、そんな奴の起こすトラブルに捲き込まれるのは真っ平御免だ。
「じゃあ、その気になってもらえれば可いわけね。
だったら問題ないわ。
だって、私のがんばり次第ってことでしょ」
……な、なんだよそれは…。
駄目だ。まいった。どうしようもない。
多分、嫌いだと言っても無駄な気がする。
ポジティブ思考な奴を相手にするのが、ここまで厄介だなんて思いもしなかった。
而も、あの笑顔を嫌いになれないところが余計に質が悪い。
好意に対して悪意に懐くのって、普通有り得ないもんなぁ…。
はぁ…………。
まさか、モテる男はつらいってのが、本当のことだなんて知らなかった…。
※サブタイトルを見て、え?『Lullaby』じゃないの? なんて思われたのではないかと思いますが、サブタイトルはこのままです。
『Lullaby』の語源ですが『あやす』という意味の『lull』と、その時の囃子言葉『bye』の組み合せで『子守歌』となったと云われています。
ただ『lull』には『宥める』という意味も有ったので『lull by』と変えてみました。[Google 参考]
将して学校は休戦地帯となり得るのか、それとも新たなる戦場となるのか、それは次回以降の話にて、ということです。
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




