純、少しだけ前向きになる
すみません
前回、随分と遊びましたが、今回からは真面目にいきますので、是非ともよろしくお願いします。
初顔合わせも無事に終わり、これからの活動予定について説明を受ける。
4月デビューということでかなりの急ピッチだけど大丈夫なのか?
素人のオレじゃ判らないけど、それでも随分と無茶だと思う。なんといってもあの契約本来の内容ではプライベート(最低でも学業)を優先するってことになっているのだから、如何に冬休みがあるとはいえ厳しいなんてものじゃないはずだ。
まぁ、本音ではこのプロジェクトにコケてほしいオレとしては歓迎すべきなのかもしれないが、それでもやはりどこか後ろめたく感じる。
もし、これを見越してのユニットだとすると聖さんって結構強かだ。
ともあれプロジェクトはスタートを切り、まずはオレ達の適性を見ることになった。
ようは訓練生達がやっていたようなことをやらされたわけだが、二人共すんなりとクリアした。
ダンス等の運動能力に関することならともかく、歌についてはあまり自信のなかったオレとしては正直いって意外だった。
やはり急ピッチな計画ということで、多少の欠点は気にしないということだろうか。
そういえば、顔だけしか取り柄のないアイドルってよく聞くし、オレ達も、とりあえずはこれで良しってことなんだろうな。
とはいっても、男のオレで女の容姿をいうのは間違いだと思うけど。
うん、やっぱりコケるぞこのプロジェクト。
って、あれ?
そうだ、そういやそうだった。
オレは男なんだ。そのことをすっかり忘れていた。
成長すればオレだって、容姿はより男らしくなるし、声変わりだってする。
そのことを、まさかこの人達が考えてないとは思えない。
つまりこのプロジェクトは、それまでの間のことで、そうなると本命は美咲ちゃん、『花房咲』ってわけか。
そういうことならまぁ納得だ。
契約による事務所への義理もあるし、美咲ちゃんは友人だ。やれるだけのことはやってみよう。どうせ短い間のことだ。
▼
大晦日、オレはクラスの親しい友人である遠藤真彦、武藤由希と共に、除夜の鐘つきをするべく近所の神社へとやって来ていた。
そんなオレに、突然背後から声が掛けられた。
「純ちゃん!」
随分と親しげな、というか馴れ馴れしい声(心当たりがなかったので)に振り返ってみると、そこにいたのは、先日友人となった花村美咲だった。
「悪いけどその呼びかた止めてくれねーか。女みたいで好きじゃないんだ」
「え? 『純くん』? 『純ちゃん』じゃなくて、『純くん』?」
ヤバい、気づかれか⁈
「ああそうだ。オレは男鹿純だ」
混乱する美咲ちゃんに、人違いだという意味を込めてオレは名乗る。だけど事情を知らない奴には通じないだよなぁ。
「別に、呼びかたなんて『くん』でも『ちゃん』でもどっちだっていいでしょ。男のくせにつまんないことに拘るんだから」
案の定、由希は見当違いなこと言うし、真彦も同意見だと苦笑いしながら頷いている。
ただ、二人のことを知る美咲ちゃんには当然通じるわけで。
「ごめんなさいっ」
そう言うと美咲ちゃんは人違いだったと謝りながら、その理由を説明し始めた。
実は自分はアイドルで、ユニットを組むことになった相方と、オレの後姿が似ていたために間違えたのだと。そして彼女の名前がオレと同じで『純』という名前なのだと。
「ははははははっ、つまりアンタ女の子と間違われたわけ? しかもその名前が同じ『純』だなんて。も、もうダメ、お腹が、お腹が痛い〜〜〜」
こ、こいつ……女でなけりゃ殴ってやりたい。
いや、実際にはそれは無理なんだけど。
実はこの女、空手道場のひとり娘で、この辺じゃ知らない奴のいない有名人。『姫夜叉』の異名を持つ凶暴女なのだ。ケンカをするには相手が悪い。
「ちょっと、アンタ、なんか失礼なこと考えてるでしょ」
しかもやたらと勘がいい。
とはいっても、流石に彼女のいう『純』がオレと同一人物とは思いもしないだろうけど。
「あ、そういえば私、まだ自分の名前、言ってなかったよね。じゃ改めて自己紹介するね。
私は花村美咲、13歳。『花房咲』って名前で、純ちゃんと芸能活動をやってます。といってもまだデビュー前だけどね。でも、一応4月にはデビューする予定なんだよ。
で、私はこの前この町に引越して来て、それでこの町を見て回ってた時に、純くんと真彦くんと知り合ったの」
「オレのほうが純より先だったけどな」
「あぁ、迷子だった美咲ちゃんをオレ達で保護ししたんだっけ」
「おい、純、前も言ったけど言い方っ」
「そして今日、二人とここで再び出会ったってわけです」
「ま、人違いでだけどな」
「ちょっと、純っ、そんなふうに言わなくたっていいでしょっ」
「いやぁ、悪気が有っててわけじゃないんだけど、つい、なんかイジりたくなるてーか……」
「もうっ、純くんのいじわる!」
いや、悪いってのは判ってるんだけどつい……。本当、なんでだろ?
「ま、いいわ。それより、アタシも自己紹介しないとね。
アタシは、武藤由希。真彦やそこの女もどきのクラスメイトで友人よ。
でもコイツらになにか変なことされるようならいつでもいってきて。懲らしめてあげるから」
「誰が女もどきだ、この男女! それに変なことってなんだよっ! んなことしねぇっての!」
「全くだ。これでもオレは紳士だってのに」
「そんなことより、アタシ達これから除夜の鐘つきなんだけど、美咲ちゃんも?」
ちっ、由希の奴、聞き捨てならないことを言っときながら、こっちのことはスルーかよ。
「あ、うん」
しかも美咲ちゃんまで。あれか? さっきの仕返しか?
って、あれ?
ここにきて、オレは違和感に気がついた。
「なるほど、また迷子ってわけか」
「え? なんで判ったの?」
「そりゃ、越して来たばかりの子が一人で彷徨いているんだ、当然だろ。
オレに声を掛けたのだって、知らない場所で一人ってのが心細かったんで、知り合いっぽい奴に声を掛けてみたってところじゃねぇの?」
「すご〜い! 純くんって名探偵みたい!」
……というわけで、オレ達は一緒に彼女の両親を探すことになりましたとさ。
▼
明けて翌日、1月1日。即ち元旦。
オレ達は昨日のメンバー4人で、昨日の神社へと来ていた。
目的は、言わずと知れた初詣。
美咲ちゃんの振袖姿がとても可愛らしい。
真彦がすごく感激していた。でも、ちょっと大袈裟じゃないか?
あと、由希も振袖だったけど、正直こっちはどうでもいい。
「ちょっと、なんで美咲ちゃんとアタシでこんなに扱いが違うのよ!」
「そりゃあ、アイドルの美咲ちゃんと、一般人のお前じゃ、比べるのもおこがましいってもんだろ。なぁ、純」
「ま、由希の場合、毎年のことで見飽きたってのもあるけどな」
オレも真彦と同意見である……って、
「「ギャーーーー!」」
美咲ちゃん曰く。
「ふたりとも、女の子に対してそんな扱いじゃ当然だよ」
女の子への忖度を知らないことが悪かったらしい。
オレと真彦は、由希のアイアンクローに吊り上げられたのだった。
参拝客も捌けていきオレ達も神前へと辿り着いた。
鈴を鳴らして賽銭を入れ、二礼二拍手、両手を合わせてお祈りをする。そして最後に一礼をして立ち去る。
「ねぇ、みんなはなんてお願いしたの?」
「アタシは家内安全と家族の健康、あとは道場のことかな」
由希の願い事はありきたりというか、まあ予想通りのテンプレだ。こいつはこれで堅実派なのだ。
「オレは美咲ちゃんのことかな。一応、花房咲のファン1号だし」
「わあ、ありがとう、真彦くん」
おい真彦、お前いつファン1号になったんだよ。
「で、美咲ちゃんは?」
「私は、素敵なデビューを飾れますようにかな」
ごめん、美咲ちゃん。オレ、そこまで考ええてませんでした。
程々に売れて、まあまあの知名度を得られれば程度に思ってました。
だってそんなに長く続けるつもりなんてないんだから。
そう、オレの願いは「さっさとこの苦行から開放されたい」だったのだ。
とても美咲ちゃんに言える内容じゃないよなぁ。まぁ、それ以前に、オレの正体こそ秘密なんだが。
だから「純くんは?」って聞かれても、「真彦と同じだよ」ってくらいにしか答えられなかった。
とはいえ友人のためだ。もう少しだけ前向きにがんばってみることにするか。
勘=すばやく判断したり感じ取ったりするような直感的な心の働きのことです。
他にも、
感=ある物事から受ける印象・感じ方、あるいは、心に深くしみる様子(感動・感嘆)。
観=その見た目から感じられる様子。
なんて言葉もあるようですが、
新キャラ武藤由希は、ただの脳筋女ではなく、『勘』『感』『観』の3つともに優れた武術の達人という設定です。
真の達人なら、その辺も優れていて当然というのは、作者の偏見なのでしょうか。
今後も続々と新キャラを登場させる予定です。
それでは次回をお楽しみに。
……って、この作品、はたして読んでくれてる人っているのでしょうか。