美咲ちゃん、怒る
あれからいうもの、学校では美咲ちゃん達のことが、すっかり噂となったいた。
「演劇部のバックに、花房咲と御堂玲が援いたらしいぞ」
「え? 俺は交渉決裂したと聞いたぞ。
実際、親衛隊らしき奴が反対してるみたいだし」
「でも、演劇部の子達の相談には乗ってるみたいじゃない」
「だけど、自分達から何かしてるわけじゃないんだろ。
中たり障りの無い対応をしてるだけじゃないのか」
「つまり、振りだけってこと?」
「まあ、そうだろな。
今年の生徒会選挙にゃ、教師の推薦を受けた奴が出てるっていうし、そんな奴相手にしたって、学校側に嫌われるだけだ。
だから、演劇部の方はただの義理で、適当に流してるだけじゃないか?」
「確かに。受験生としては、学校側に嫌われたくないものね。内申にも響きそうだし」
と、こういった感じだ。
一方、立候補者達はというと…。
「はぁ〜、駄目だわ。
判っちゃいたたけど、やっぱり顧問は当てにならないわ」
優美の喟いているところを見るに、学校側の方針を再確認する結果に終わったということだろう。
「で、他の部の方はどうなの?」
「なんか、返って非協力的になっちゃって、実績の有るところは、殆どが吹奏楽部の方に迎合する形になりそうです。
その方が、自分達の部でも多くの予算が獲れそうだって…」
由希の質問に応えた山内は、すっかり涙目になっていた。
「あっちゃ〜、つまり、裏目に出ちゃったわけね」
まあ、勝ち馬に乗るのは定石だしな。
いや、まさか、吹奏楽部の連衡策ってことはないだろうな?
「だとすると、かなりヤバいぞ。
それこそ、真彦じゃないけど、弱小クラブは詰んでくるな」
「えぇっ? じゃ、やっぱり私達も手伝った方がいいんじゃ…」
山内が潤んだ瞳でこちらを見るが、その期待には応えられない。
「駄目だ。リスクが高過ぎだ。
真彦の忠告を忘れたのか?」
「そうよ、アタシも反対だわ。
まずは、こっちも足元を固めるべきよ」
「そうだね。由希ちゃんの言うとおりだ。
こっちも残った部で集まって、彼らに対応するべきだろうね」
うん、ふたりもオレに同意してくれている。
それにしても、対抗じゃなくて対応か…。
まあ、天堂らしいって言や、らしいけど…。
結局、他に選択肢は思い浮かばないわけで、天堂の意見が採択されることとなった。
真当に活動する弱小クラブにとっては、予算は死活問題だろうし、これに関しては巧くいくことだろう。
『貧すれば鈍する』じゃ、本当に詰んでしまうからな。
出来れば、易経の言う『窮すれば通ず』と、事態の打開に向かってくれればいいのだけど…。
少なくとも、論語で衛霊公が言うような『小人、窮すれば斯に濫す』と、自暴自棄な悪行にならないことを祈りたい。
衆に塗れて志を喪うとでも言えばいいのだろうか、自論を保ったまま、人を纏めるのは難しいからな…。
周りの意見に引き強られ、意に介さぬ暴走をする奴ってのは、東西を問わず、歴史的に考ても決して少なくないし……。
ではもう一方の立候補者はというと…。
「えぇっ⁈ 私達が応援演説ですか⁈」
吹奏楽部側の戦略は、美咲ちゃん達の取り込みだった。
否、演劇部のことを知っているとすると、引き抜きってことになるのか。
しかも、教師による打診ってところが悪質だ。
「ああ、もし、これを引き受けてくれたなら、吹奏楽部は、今年の文化祭で、君達のコンサートを行なっても良いと言っている。
君達にとっては、校内で堂々と自分達のイベントが出来るという利点があるし、吹奏楽部も君達と共演出来るというだけで十分納得だろう。
学校内での、イベントでの実績が、公私に於いて出来るんだから、君達にとっても良い話だろう?」
なるほど、こちらへの対価も用意してあり、しかも、お互いに利益のあるものとなっている。
流石に交渉術を心得た大人ということか。
ただこちらへ負担を強いるだけの、演劇部の連中とは大きな違いだ。
でも、断わったらどうなるんだ?
本来、交渉事に必要なものはふたつ。
相手に言うことを聆かせる強制力と、相手自身を納得させる理由だ。
理由については提示された。
ならば、今度はなんらかの威圧を掛けてくるはずだ。
いや、既にそれについても触れていたか。実績なんて言ってたし。
要するに、遠回しでの威圧だな。
「でも、他の候補者の手間もあるし、そこまでするのも気が退けるしなぁ」
「あんまりなことをすると、事務所に叱られかねないしね」
オレが拒絶っぽい返答をすると、天堂もそれに乗ってきた。
さあ、どう出る?
「それに対しては問題ないだろう。
一応は学校行事だし、事務所だって文句は言ってこないさ。
あと、他の立候補者についても気にする必要はない。努力の足りない劣等生を、努力を積み重ねてきた優等生達と比べるなんて、痴構しいだけだ」
ああ、この男、典型的な駄目教師だ。
言ってることは正しいかもしれないけれど、教育者が、それを口にしちゃ駄目だろう。
なんてったって、そんな奴らを導くのが、教師の仕事なんだから。
なるほどな。つまるところは同類嫌悪か。
自分だって、教育者の在り方が解ってない、教師としての劣等生だもんな。
なんとも滑稽な男だ。
「非道いです、先生っ。
生徒に対して、そんなこと言うなんてっ。
そういうことなら、この話はお断わりします!」
あ、これはひょっとして、美咲ちゃんの地雷を踏んだか?
美咲ちゃんも、勉強に関しては、お世辞にも優等生とは言えないからなぁ…。
「馬鹿な。
せっかくの良い話を不意にする気か?
それが何を意味するか、判らないわけじゃないだろう。
そんな出来損ないの奴らのために、せっかくの学校推薦が駄目になっても良いのか?」
あ〜あ、やっちまった。
これは、どうみても、教師による生徒への威圧、『権力的嫌がらせ』だ。
「構いませんっ!
それなら実力で通ってみせるだけです!」
おぉっ! 美咲ちゃんが格好いい。
「なら、仕方がない。
後で、後悔しても遅いんだからなっ!」
吹奏楽部顧問は、なんとも小悪党を思わせる捨て台詞を残して、去っていったのだった。
※作中に『衆に塗れて志を喪う』なんて気取った言葉が出てきますけど、特に出典はありません。純のキャラに合わせて作者が作って使わせただけの言葉です。
我に返ると痛く恥ずかしい思いをするのですが、如何だったでしょうか。
集団の中で個人の意見を主張したり、他人の意見に惑わされずにいたりするのは非常に難しいってことを言いたかったのですが…。要するに、集団の中では、そこの主流の意見に流され易いってことです。
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




