合従連衡って、なんですか? -チームワークが大事です-
雰囲気で押し切られ、優美達の頼みを聆き入れる羽目になったのだが、だからといって「はい、そうですか」と、安易な行動を起こすわけにはいかない。
吹奏楽部からの立候補者が受ける推薦が、例え顧問教師によるものだとしても、そこにはなんら違反行為は無いのだから。単に良識に反するだけだ。
そして、この手の行為を正当化する言葉は、古来より多く存在する。
『恋と戦争においてはあらゆる戦術が許される』―― J.フレッチャー & F.ボーモント『恋人の遍歴』より。
他にも『コロンブスの卵』なんて故事を、敢えて誤った形で使う奴も在る。
本来の意味は『常識に縛られない奴こそが成功を掴める』って意味だろうけど、前者は『常識』を『良識』に置き換えたもので、誤りによる過ちだ。コロンブスに謝ってほしいものである。
そういったわけで、禁止されているわけではないのだ。
だからそれこそ、真彦じゃないけど「だったら自分達も顧問教師から、推薦をもらえばいいじゃん」って話になるだけなのだ。
「でも、美咲ちゃんが言ったように、マニュフェストに公正を掲げようってんなら、美咲ちゃん達が、行き成り表立って行動をするのも不味いんじゃないか?」
ルール的には問題は無いのだが、こっちの立場的には都合が悪い。
正当な理由も無しに、特定の人物に対する肩入れをするわけにはいかないのだ。
「なによ、言った端から前言を翻す気?」
うわぁ…、優美の奴、またしても周りを煽ってやがる。本当、性格悪いよな…。
「なにも、そんなこと言ってないだろ。
こっちにだって立場や都合があるってことだよ。
言っただろ。行き成りじゃ不味いって」
「そうなのよねぇ。
でも、純。引き受けたからには、何か考えが有るんでしょ?」
由希が仲立ちに入ってくれたようだけど、他人任せじゃなくって、自分でも、ちょっとは考えてくれよ、全く。
「悪いけど、無ぇよ、そんなもん。
とりあえず、山内達の方で、正攻法でがんばってもらうしかないだろうな」
「まあ、他には思いつかないし、そういうことになるのかな…」
天堂もオレのフォローに回ってくれるが、優美達は不満そうだ。
「でも、それだとどうすりゃ良いんだ?
それが出来るくらいなら、こんなことにはなってないだろ?」
おい、真彦。少しは空気察めよ。
「やっぱり、なんとか顧問を説得してみるしかないのかしらね…」
「でも、それも巧くいかなかったんだろ」
だから、空気察めよ、真彦。由希のフォローが台無しじゃないか。
「だったら、他の部と協力してみるってのはどうだ?
合従連衡くらい知ってるだろ」
「がっしょうれんこう?
う〜ん、確かにそんな風に頼まれたら断わり難いかも…」
「いや、美咲ちゃん。多分、掌を合わせて拝むわけじゃないから」
それは『合掌』。多分、脳内で合掌連合って変換されてんだろうなぁ…。
真彦も、そう思っただろうからのツッコミだろうし。
「え? そうなの?」
やっぱり、そうだったか……。
こんなんで入試、大丈夫なのか?
「ははっ、でも一応、話は通じてるみたいだし、このまま話を続けても良いんじゃないかな」
まあ、天堂の言うとおりだし、この場は良いとするか。
「全く。純が余計なこと言うから、話が中断したじゃない。
まあ、解り易く言うと、弱者達でも力を合わせれば、強者にも対抗出来るけど、それをしないでいると弱者は強者に取り込まれ、気づいた時には孤立することになるってこと」
要するに、この故事成語は、『離合集散』という意味で、これは中国の『戦国策』、『史記・孟子(孟珂)伝』における、蘇秦と張儀の逸話によるものである。
当時の中国は、強国の秦と他の弱小六国からなっていた。
そんな中、強国・秦に対抗するため、蘇秦は燕の王に残る六国が南北に、『従』に『合』わさる『合従論』を説いた。
一方、張儀は秦の王に東西に、『衡』の『連』なる『連衡論』を以てそれらに対抗するように説いたのだった。
そのため、彼らは縦横家と呼ばれている。
「その話だと、余計に不味いんじゃない?
有力クラブ同士で手を組まれたら、弱小クラブはもう完全にお手上げじゃない」
なんか、由希の説明は、山内達の不安を余計に掻き立ててしまったようだ。
「確かに、そうなりゃ、殆ど詰みだな」
またかよ、真彦。
「ちょっと、先程から、どういうつもりなのよ、遠藤くんっ」
あ〜あ、とうとう優美を怒らせちまった。
「だってよ、殆ど無理難題だろ。
しかも、最初っから他人頼り。
こっちの迷惑なんかお構いなしだ。
そんな奴に、なんで気なんか使う必要があるんだよ。
受験生にとって、内申がどれだけ大事か解ってないから、こんな勝手なこと言えんるだ。
悪いけど、俺は外れさせてもらうぜ。
それと、美咲ちゃんも、もう一度よく考え直した方がいいぜ。
学校が相手となると、最悪、推薦取り消しなんてことも有るかもしんねえからな」
言いたいだけのことを言ったのか、真彦はその場を去っていってしまったのだった。
正直に言うと、オレも真彦の意見に賛成だ。
なにより、こいつらの言い分は、余りにも虫がよすぎだ。
厳しい話かもしれないけれど、実績を出した者が優遇されたとしても、それは当然の評価であって、それを批難するのは不当だと思う。
だって、それは自身の努力の結果掴んたものなんだから、他人がとやかく言うものじゃない。
結果が出ないことが悪いとまでは言わないけれど、それでも、自業自得だろう。
それを理由に努力で結果を出し奴を否定することは、あってはならないことだ。
こういうのを、他人の足を引っ張るって言うんじゃないだろうか。
そんなわけだから、彼らに挑むというのなら、正面から堂々と、真当な手段であるべきではないだろうか?
他人がなんと思うかは知らないけど、これがオレの正直な気持ちだ。
ああ、だからこいつらの言うことに、こんなにも不快感を感じたわけか。
……とはいえ、約束は約束だし、仕方がないか…。
自覚が出てきたせいか、なんだか憂鬱になってきた。
はぁ……。あぁ、気が重い…。
※作中で取り上げた、J.フレッチャー & F.ボーモント『恋人の遍歴』ですが…、すみません。実は、詳しいことは、よく解りませんでした。ただ、その作中台詞として有名なので、取り上げさせてもらいました。要するにはったりです。鵜呑みにしないようお願いします。
※作中の『コロンブスの卵』のコロンブスですが、あの人、本当に褒め称えて良いひとだったのでしょうか? 時代背景から考えると、どうしても穿った見方をしてしまいます。『コロンブスの卵』にしても、作者から見ると『未開の地の蛮族に、良識だなんてこと言う必要なんてねえだろ。圧倒的な力で蹂躪しちまや良いんだよ、バ〜カ』などと嘯いている海賊にしか思えないんですよね。だって、あの時代の欧州人って、「海外貿易の特産品って言えば、やっぱり奴隷だろ」なんて、堂々と言ってたわけだし。日本の鎖国政策も当然ってなりますよね。
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




