厄介事は、やっぱり優美とやってくる
9月となり、二学期に入った。
9月と言えば、三年生から二年生へと、いろいろなものが引き継がれる時期だ。
とはいっても、生徒会に入ってるわけでなく、部活でも、殆ど名前だけの幽霊部員であるオレ達には、全く関係のない話なんだけどな。
否、去年は鬼塚さん達のせいで一悶着有ったんだっけ。
けど、流石に今年はそんな事はないだろう。
なんたって、その後を継いだのが、アイドルのリトルキッスだったのだから。
それにより、うちの学校の不良生徒達も、今じゃすっかり更生し、アイドル親衛隊気取りだ。
学校側も、厄介事がひとつ、労することなく解決したと喜んでいたくらいだし。
それだけに、オレ達が卒業することで、また以前のように戻るんじゃないかと、心配する声もあるらしい。
けど、知るか、そんなこと。そこまで面倒みきれるものか。
それは本来、学校側の仕事だ。
と、まあ、こんな状態である。
そう、オレ達には全く関係のない話なのである。
全く関係のない話……のはずだったんだけど……。
「ちょっと、優美、どうしたのよ?」
クラスメイトの優美が、二年生らしき生徒ふたりを連れてオレ達の前に現れた。
この時点でもう、悪い予感しかしない。
今までこの女が関わると、陸な目に遭っていないのだ。
特に、一昨年の文化祭の件は、未だにオレの黒歴史として記憶の中に残っている。
それに修学旅行では、大勢の前で女装を晒す羽目になったし。
如何に早乙女純で女装に慣れているといっても、女性として女の格好をするのと、男としての女装じゃ、当然抵抗感が違ってくる。
責めてもの救いと言えば、鬼塚さんの時みたいに、勘違いした男どもが言い寄って来ないってことくらいだ。
流石にそんな変態は在やしないだろうしな。
……というか、在ないでほしい。
「実は、この度の生徒会役員選挙に協力してほしいの」
当然のことだが、三年の優美が会長に立候補するわけではない。立候補するのは、優美の連れてきた二人のうちどちらかということだろう。
「立候補するのはこの子なんだけど」
案の定で、その片方の女子生徒がそうだった。
「演劇部の山内千代です。よろしくお願いします」
意外だ。
もう片方は男子だったので、こっちの方がそうだと思ってたんだけどなぁ。
因みに、男子の方の名は、金田正美といって、演劇部の新部長なのだとか。ついでだが、優美の弟であるらしい。
いや、これって、役割が逆じゃないの?
男尊女卑とかそういうつもりじゃないんだけど、やっぱりこういうところは男子であるべきじゃ……。
やっぱり、これって男尊女卑になるのか?
できれば男子としての甲斐性をみせてほしいって、そう思っただけなんだけど……。
「え? そっちの子じゃないの?」
オレの疑問は由希によって代弁された。
考えることは同じだったようだ。
「あ、そこはやっぱり、美少女で男の子に鍾まってもらうのが、票を集めるのには一番でしょ」
おいおい、それを自分で言うか?
しかも、そこは普通『鍾まる』じゃなくて『集まる』だろ。言葉通りに色気で惑わす気満々か?
途方もない奴だな。やはり優美の後輩ってことか…。
「まあ、確かにそこはそうだろうな」
真彦は納得したようだけど、それと生徒会業務を熟せるかどうかは別の話だろ。生徒会はアイドルファンクラブじゃないんだ。
「それはそうだけど、そうも言ってられない事情があるのよ」
オレの疑問に応えたのは優美だった。
そして、優美はその事情とやらについて話し始めた。
その内容はというと、次のようになる。
まずこの度の話は、吹奏楽部の予算問題に始まる。
近年、実績を伸ばしている吹奏楽部が、さらなるステップアップを図るため、楽器の新調を欲したのが切っ掛けだ。
当然それには金が掛かる。増して高価な物ならなおさらだ。
と、ここまでなら、とかく問題はなかったのだが、ここで生徒会役員選挙が絡んでくる。
要するに、ここに自分達の息の掛かった 人物を送り込み、自分達に有利な予算配分を勝ち獲ろうというわけだ。
こういったことはよくある話で、多分、どこの部でもやっていることだと思う。
実際、今こいつらがしようとしているのがいい例だ。
なので、オレ達が特に肩入れする理由も無い。
「悪いけど、こっちはそれどころじゃないんだ。
美咲ちゃんだって、今は大事な時期なんだ。
そっちの事情なんかに構ってなんかいられないんだよ。
自分達のことぐらい自分達でやってくれ」
全く、迷惑な話だ。
そもそも、オレ達はこれから卒業していく身だし、その後のことなど関係の無い話だ。
何よりそんな義理も無い。
そんなことに貴重な時間を使えるものか。
「うん、悪いけど、今回は協力出来ないね」
天堂もオレの意見に賛成のようだ。
しかし、こいつが女性からの頼みを、こうもはっきりと断わるなんて珍しい。
「そもそも、そんな、君達だけを特別扱いしたら、他の子達に対して不公平だ。
そういうわけなんで諦めてくれないかな」
なるほど、筋が通っている。
選挙なんてものは公平に行なわれるべきものだ。
「うん、悪いけど、それだけじゃ駄目ね。
何より、アタシ達を納得させるだけのものを提示出来ていないでしょ。
まずは、誰もが納得出来るマニュフェストを用意するべきね。
それが出来てから出直してきて」
おおっ⁈ まさかの由希のバッサリだ。
こいつなら、もしかしてと思っていたけど、優美との友情よりも、大義の方を優先したか。
う〜ん、やっぱりこいつは漢だ。
いや、誉めてるんだから、そんなに睨まないでほしい。ってか、由希ってば、本当に読心術が有るんじゃないか?
オレに加えて天堂と、特に由希が断わったことにより、気不味そうだった美咲ちゃんが、今度は混乱気味になっている。この中で一番の当事者なんだから、もう少し確りしてほしいところだ。
「不公平なんかじゃありませんっ!」
そんな反論をしてきたのは、向こう側の当事者である山内千代だった。
それにしても、随分と興奮しているようだ。
つまり、それだけのことあるってことか。
そうか、それなら、何が不公平じゃないのか聴かせてもらおうじゃないか。
※作中の『鍾まる』ですが、心情などが集まるという意味で、熟語には次のようなものがあります。
[鍾情]惚れ込むこと。溺愛すること。
[鍾愛](子供などを)非常にかわいがること。
どちらも愛情を『鍾める』という意味で『鍾』はそういう場面で使われるようです。まあ、普通は『集まる』『集める』でいいんですけどね。
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




