夏の終わりの風物詩
夏休みと言えば、何を思い浮かべるだろう。
海水浴? 花火大会?
そう言えば、去年の夏祭りはトラブルがあって、途中から台無しだったな…。
幸い、今年はそういったことは起こらなかった。ファン達にも良識というものが具わってきたということだろう。
オレ達のファンには、見た目ヤンキーって奴らも少なくはないが、それはあくまで見た目だけ。その中身は至って健全。マナーの良さは有名だ。
そのせいか、リトルキッスは、ファン達への教育がいき届いていると評判されている。
でも、ファンに対して『教育』だなんて、もう少し言い方があるだろうに…。
責めて、『お願い』を聆いてもらってると言ってほしいところだ。
まあ、中には『調教』だなんて口の悪い言い方をする奴もいるんだけど…、それを考えればまだ良しか…。
ともかくだ、そのお陰で今年はそれなりに楽しめたのだった。
でだ。そういったもの以外にも、夏休みならではの風物詩がある。
学生ならではのお約束のやつだ。
そう、夏休みの宿題である。
毎日の課題というのが本来のあり方で、そのように毎日少しずつ、計画的に済ませていくのが、無理のない熟し方と言えるだろう。
中には、初期に一気に済ませてしまう奴もいる。
オレなんかも、その一人だ。
面倒事は颯々と済ませてしまいたいからな。
それに、そうしておけば、何かがあった時にも、余裕を保って対応できるしな。
……ていうか、現在、その対応の最中だったりする。
それは、先程に挙げた夏の風物詩のひとつ。
夏休みの宿題だ。
いや、先程、もう済ませたみたいなことを言ったばかりじゃないかと、ツッコミたくなるだろうけど、実際そうなのだ。
但し、それはオレのものじゃない。
宿題を疾っくの済ませたオレに、群がる困窮者どもの宿題だ。
それが、オレの家にまで襲来してきたのだった。
「だって、解かんないんだも〜ん」
「目の前に出来上った宿題が在る。
だったら、それを利用するのが合理的ってもんだろ」
全く困った奴らだ。
うちに来て早々の台詞がそれか。
美咲ちゃんの言い分は、いかにも仕方がないと同情の余地ありに思えるが、果たして本当にそうだろうか。最初っからオレを当てにしてたようにも思えるんだが……。
それに、真彦なんか、全く悪怯れることなく、実に堂々としていて、いかにも自分の言い分が正当というか、当然といった態度である。
「うん。言われてみるとそうかも。
というわけで、見せて純くん」
あ〜あ、美咲ちゃんが真彦に染まってしまった。
「お前ら、そんなんで受験、大丈夫なのかよ…」
とかなんとか言いながら、結局はそれに協力する、そんな人の好いオレなのであった。
とはいっても、あくまで協力だ。
課題の丸写しなんて認めるつもりはない。そこまで甘やかせるつもりはないのだ。
見積もりミスだ。残念だったな。
「えぇ〜、純くんの意地悪〜」
「純くんの意地悪〜ぅ」
えぇ〜い、鬱陶ったらしい。
美咲ちゃんだけなら、そんなことも思わなかったけど、真彦が加わるだけでこんなにも鬱陶しいとは…。
これ以上絡まれると『鬱陶い』じゃなくて、『疎ましい』を当てて『疎い』にしたくなりそうだ。
「お前ら、嫌なら帰れ」
流石にこの一言は、鎮めの言葉として効いたらしい。瞬く間に効果が表れた。
漸く静かになってくれたか。
「飽きた〜」
そんなことを真っ先に言い出しのは、やはりというか美咲ちゃんだった。
「そんなこと言ってたら、終わるもんも終わらないぞ。
そもそも、こんなに溜め込んだ自分が悪いんだろ。自業自得だ」
そう、例え少しずつでも熟していれば、ここまで溜まるわけがないのだ。
「いや、でも、美咲ちゃんの場合はアイドルの仕事も有るんだし、そこまで言わなくてもいいんじゃないか」
いつものように、真彦が美咲ちゃんのフォローに入る。
でも、甘やかすわけにはいかないのだ。
なにより、そんなことでいちいち手を止めていたんじゃ、いつまで経っても宿題は終わらない。
「そうは言うけど、天堂の方は疾っくに粗方終わってるんだろ」
「うん、あと少しってところかな」
そう言ったとおり、天堂の方は、もうすぐにでも終わりそうだ。もともと、残ってた量も少なかったし、余裕を保って終わりそうだ。
「だったら、こっちも手伝ってくれよ。写すだけで良いからさ」
「あっ、じゃあ私もっ!」
はぁ…。真彦のいい加減さが、美咲ちゃんにまで感染してる。
「真彦、お前は隔離だ。
美咲ちゃんの教育に悪い」
全く、なんて奴だ。
まさか、こいつが諸悪の根源じゃないだろうな?
「大丈夫よ。この馬鹿は任せて」
「うわっ、待てっ、由希っ。
痛い痛い痛い痛いっ!」
真彦が由希のアイアンクローで曳き摺られていく。
これでさしあたっての問題は無くなったわけだ。
それに由希も、それなりに成績は優秀だ。まあ、成績だけはだが。だって『姫夜叉』だもんなぁ…。
…っ!
由希と目が合ってしまった。
まさか、読心術でも有るんじゃないだろうな…。
幸い、すぐに視線は外れから大丈夫と思いたいけど…。
まあ、ともかくだ。これで真彦の影響は無くなったんだ。
後は美咲ちゃんを、どうやってやる気にさせるかだが…。
……無理でも、責めて気が散らないようにしてやらないとな…。
「じゃ、そろそろ続きに戻ろうか」
その前にまず、ここらで休憩を終わらせないとな。
「えぇ〜、少しは休ませてよ〜」
「なに言ってんだよ。休憩ならもう充分にしただろ。
そろそろ、再開しないといつまでたっても終わらないぞ」
美咲ちゃんには悪いが、そう長々と休ませては、本当に終わるかどうか判らない。
なんてったって、今日は夏休み最終日。明日からは、また学校が始まるのだ。
「そうよねぇ。
確か、推薦を受けるには、こういう提出物も関わってるんだったわね」
「あぁ、内申点にも関係するしな。
下手すると、せっかくの推薦話もお流れかもなぁ」
せっかく由希が乗ってきたんだし、ここらで駄目押しだ。
「そんななぁ〜。由希ちゃんも純くんも酷いよ〜」
美咲ちゃんの泣き言だけど、いつものように、今回も当然、スルーだ。
「今回ばっかりは仕方がないよ。
がんばろう美咲ちゃん」
「うわ〜ん。天堂くんまでぇ〜」
こうしてオレ達の、夏休み最終日の一日は、世間多くの例に漏れない形で終わったのである。
余談だが、やはり美咲ちゃんの宿題は、普通では終わらず、夕方ギリギリになってオレ達全員掛かり(この時には、自分の宿題を終わらせていた真彦を含む)で、なんとか終わらせることとなった。
……結果的に、真彦のいうように宿題丸写しになったのが、なんとも癪だ。
今度、どこかでこの貸しは、返してもらうことにしよう。
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




