『早乙女純』誕生
彼女と再会したのはあれから5日後、雨降る土曜日の午後だった。
オレの正体については彼女にも秘密ということになっていた。
どうやら子供だってことで、なにかの拍子で口を滑らせないかの心配があるということだ。
たった一度会っただけとはいえ、その印象から判断するに、強ち間違いともいえない気がするので、一応オレも賛成ではある。
なにより秘密というものは、知る人間が少ないほうがいいに決まっている。
そういうわけで彼女はオレの正体を知らない。
というか、彼女とオレとは公式的には初対面である。
事務所の人間だって、オレが彼女のことを知っているとは思ってもいないだろう。
で、その初対面なのだが、いささかオレにとっては衝撃的なものとなってしまった。
というのも、オレと彼女の初対面は、更衣室で鉢合わせ。しかも、雨の中やって来た彼女が、丁度着替えをしている最中だったのだ。
如何に彼女がまだ13歳の未成熟な子供とはいえ、それでも女性だ。
それにオレだって、正直まだ異性に対してそんなに興味がないとはいえ、それでもやはり思春期の男なのだ。どうしたって無反応ってわけにはいかない。
「あ、ごめん!」
そんなわけで、オレは慌てて部屋を飛び出した。
決してやらしいことを考えたわけじゃないが、それでもやはり、どこか疚しい気持ちになってしまうのだ。
織部さん(マネージャー)に、なんとかしてほしいと相談したところ、
「なんだ、君は名前の通り純情なんだな」
と笑われるだけだった。
何故だ? 納得がいかない。
仕方がない。出来るだけ時間が鉢合わないよう気をつけるようにしよう。
そんな中、彼女がオレ達のところにやって来た。
そして、オレが部屋を飛び出した理由について尋ねてきた。
「女同士でも、恥ずかしいものは恥ずかしいんだよ!」
オレとしては、そう応えるのがやっとだった。
まさか、オレが男だからって答えるわけにはいかないんだし。
となりでは織部さんが声を堪えて笑っていた。
くそっ、やっぱりこの人は苦手だ。
オレが着替えてきたところで、いよいよお互いの紹介となった。
「花村美咲です。よろしくね」
と、彼女の紹介が終わったところで今度はオレの番だ。
「早乙女純だ。といっても本名じゃなく芸名だけどな」
「おいっ、なにを勝手なこと言ってるんだ」
「えぇ〜、まだ決まってるわけじゃないんだろ。だったらいいじゃん。それに……」
オレは、先程文句を言ってきた織部さんと、同様に驚いていた聖さんの耳元に近づくと、5日前のことを二人に話す。
「そういうことならまあ仕方があるまい」
と、聖さんも納得してくれた。
ただ、
「えぇ〜、ずる〜い、純ちゃんだけずる〜い。私だってかっこいい芸名ほし〜い!」
と、美咲ちゃん。
いや、本名の花村美咲で十分だろ。知らなきゃ誰もが、芸名だって思うぞきっと。
因みに彼女の挙げた名はというと、
『瑠璃小路櫻子』『鴇乃宮馨』『天光院ヒカル』『榊薔薇聖子』
って、おい、なんだこれ。
ツッコミどころ満載じゃないか!
確かにキラキラネームっぼい感じはするけど、オレならこんな恥ずかしい名前は絶対にイヤだ。
まず最初の3つの名前、
『○○小路』『○○乃宮』『○○院』って、公家かなんかを思わせる名前、何かコンプレックスでもあるのか?
それに、3番目以外の名前、やたら難しい非常用漢字、ちゃんと書けるのかよっ。
あと、3番目の名前、男なら、ハゲにネタでつけたお笑い芸人風としか思えない。
そして最後、なんかヤバい。よく判らないけど絶対的にヤバい気がする。多分、アイドルにつけていい名前じゃない。
てな訳で、
「全部却下だ」
聖さんも、織部さんも、オレと同意見のようで、すっかり呆れ返っている。
「えぇ〜? なんでぇ〜? 一生懸命考えたのに〜」
美咲ちゃんは不満のようだが、それでもやっぱりあり得ない。
「だいたい、今挙げた名前ちゃんと覚えているのかよ」
「…………」
やっぱり覚えてないようだった。
「しょうがないんでオレが考えるけどいいですか」
というわけで、3人の了承のもと、彼女の名前が決定した。
命名『花房咲』。
彼女の本名に近い覚え易い名前だ。
少しだけだが難しい漢字も使ってるし(『房』のことだけど、実は常用漢字)、花房ってのは、確か時代劇にも出てきた武家の名前のはずだ。
それに、漢字じゃなんだが、口に出した時の語感はいいし、これなら問題ないはずだ。
幸い彼女も気に入ってくれたみたいで、これでようやく決まりだ。
こうしてオレ達二人のユニット『純&咲(仮)』が誕生したのだった。
「ところで純ちゃんの本名って何ていうの?」
「ノーコメント、個人のプライバシーに関することなのでお答えできません」
「ちょっと、何それ、ずる〜い」
おい、せっかくうまいこと締めたのに台無しじゃないか。
とにかく今回の話はこれで終了です。
次回をお楽しみに。
「ねぇ、どしたの純ちゃん? なにやっんての?」
………………。
「ねぇ、ねぇってば」
今度こそ本当に終わりです。
変な邪魔が入るかもしれませんが本当に終わりです。
では、また次回にお会いしましょう。
さよなら。
さよなら。
さよなら。
「だから、なにやってるのか教えてよ。ねぇ、純ちゃんってば〜」
冗談はこれくらいで、本当に今回はこれで終わります。
ではまた次回。
今回のこの作品には、ネタにするには、不謹慎なものが使用されております。関係者の方々には、この場を借りて、お詫び申し上げます。