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本当はアイドルって大変なんだぞ ……多分 (後編)

「あっ、じゃあ、これは人伝(ひとづて)の話だけど良いか?」


 オレは、うちの事務所の裏事情に就いて話すことにした。


「純の人伝ってことは、早乙女純か?」

「まあ、そうなるでしょうね。

 でも、大丈夫なの、美咲ちゃん?」

「え? う…、う〜ん…、多分…?」


 こいつら…。オレって、そんなに信用無いのかよ。

 

「まあ、いいや。

 じゃあ、早乙女純のことだけど……」


          ▼


 早乙女純と言えば、謎の多いことで知られるアイドルである。

 それは、事務所関係者に於いてでさえ例外ではなく、その正体に就いて知る者は、殆どいないと言われている。

 そして、それは事実であり、パートナーである花房咲ですら、その正体を知らないことで明らかである。

 これは、早乙女純自体が、自身の個人情報の漏洩を執拗なまでに嫌うからであり、事務所側もそれを認めている。

 と、まあ、世間ではこんな風に言われる早乙女純だけども、その正体は男のオレ。そりゃあ秘密にするのも当然ってものだろう。

 ただ、秘密秘密と言われれば、誰だってそりゃあ気になるもので、デビュー当時よりずっと、その正体を探ろうとする者達も当然存在していた。


 そんな彼らの動きが一層活発化したのが、去年の5月。タレント発掘オーディションの行なわれた後の頃だった。

 その時の一件により、早乙女純の素性に対する興味をもつ者達が一気に増えたのだ。

 実際、うちの学校でも、早乙女純が自分達と同じ学校に通う生徒らしいということで、その捜索が流行ったりした程だ。

 学生でこれなのだから、プロである芸能記者なんかはより本気になるってわけで……。



 その日、仕事を終えたオレが、帰途へ就いていた時のことだった。


「はぁ〜、また今日もかよ…。全く、毎度毎度、飽きもせず、よくやるよ本当」


 なにやら気配を感じて、こっそりと周りを窺ってみると、怪し気な奴がオレのことを()けて来ているっぽい。

 恐らく、週刊誌の記者か、それとも熱狂的(変態)ファン(ストーカー)か。


 この頃のオレは、まだ着換えの拠点となる場所を持ってなく、その時その時で適当な場所を見つけては、そこで変装を解いていた。

 なので、このままじゃ着換えるどころじゃない。なんとかして、尾行を撒く必要があったのだ。


 さり気ない()りを装って、近場のデパートへと入る。

 買い物をするという態である。不審には思われてないはずだ。

 敢えて、人の多い場所を選んで通る。

 まさか、これだけ人の目があれば、その行動にも支障が出ないとはいかないだろう。

 そしてエレベーターに乗る。これで完璧なはずだ。

 なんてったって、同じエレベーターに、一緒に乗るわけにはいかないだろうからな。

 後は幾つかの階を指定し、その中の何処かで降りるだけだ。



 オレの考えは甘かったようだ。

 デパートを出てからも、追跡の気配はなくなっていなかったのだ。

 流石はその道のプロってわけで、オレなんかが易々と撒いたり出来る相手ではないようだ。

 だからといって、身バレしようものなら、身の破滅は必至である。


「う〜ん、どうしたもんかな…」


 辺りは随分と暗くなってきたし、流石にそろそろ時間がヤバい。

 なんてたって、オレはまだ中学生。

 罷り間違っても『早乙女純、夜遊びで補導される』なんて事、決してあってはならないのだ。


「こうなったら、まあ、しょうがないよな」


 そういうわけで、オレは最終手段を執ることにしたのだった。



 とある小さな公園へと辿り着いた。

 そしてオレは、そこにある公衆便所へと入ると、中から周囲を見渡した。

 やはり、尾行は()いているようで、未だに気配は消えていない。

 やっぱり、やるしかないか…。


「もしもし、110番ですか?

 実は今、変なストーカーに跟き纏われていて……」


 そう、最終手段とは禁断の手段。

 女性にとっては、最強の非常手段。

 男にとっては、最悪の非情手段だったのである。


          ▼


「ひっでぇ〜、そこまでやるかよ」

「なによ、当然でしょ」


 早乙女純の執った行動に就いてだが、クラスでは賛否両論だった。

 主に支持派が女子、非難派が男子だ。

 否、男子の場合、非難というより擁護といった感じだ。本気でその行動を否定している奴はいないようである。

 なんといっても、今の早乙女純は、そういったキャラとして認知され、それが魅力とされているのだ。

 そして、それこそが、女性ファンからの支持を集めている理由のひとつなのであった。

 まあ、そのせいで、同じ女性から嫌われてたりもするのだが……。


「まあ、そういうわけで結構苦労があるみたいだぞ。

 案外、早乙女純の秘密主義ってのは、そういうところからきてるのかもな」


 この際なので、しれっとこちらの都合を正当化しておくことにした。なんたって、今ならすんなりと受け入れてもらえそうだしな。



 その後、調子に乗ったオレは、リトルキッスの曲に纏わる裏話など、いろいろと暴露話をしていたようだ。

 一応、ヤバそうな話はしていないと思う。

 なんたって、オレにだって、それくらいの分別の弁えは有るつもりだし…。


 ともかく、それにより、本来求められていたであろう条件は満たせていると思う。

 なので、まあ良いよな。うん。


 あ、そうだ。そういえば、もうひとつ求められているものが有ったんだっけ。


「そういや、女子連中は、アイドルになりたいみたいなこと言ってたらしいな。

 でも、本当にそれで良いのか?

 特に、御堂(れい)のファン連中。アイドルがアイドルの追っ掛けやってるなんて、聞いたことないんだけど」


「「……………………」」


 こうして、多くの奴らが、進路に就いて見直すこととなった。

 ってか、もう、いったいどこにツッコめば良いんだか。

 全く呆れた奴らだ、本当。

※作中の『()けて』ですが、『跟ける』には『したがう』『人のあとについていく』という意味が有るそうで、夏目漱石の『こころ』や、石川啄木『足跡』、野村胡堂の『銭形平次捕物控』等で使用されています。また、今回の場合だと『追ける』『尾行る』『尾ける』と書いたりもするようです。[Google 参考]


※今回の純の行動ですが、正直言って問題有りだと思っております。安易に考えて真似するようなことなきよう、お願いいたします。最近、なにか心得違いをして、過剰制裁に酔い痴れる者達が、社会問題となっているようですが、読者方に於かれましてはそのようなことなきよう祈っております。よくサブカルチャーに於いて言われる言い方を用いるなら、『悪を滅ぼす者も、また悪である自覚が必要だ』といったところで、それが理解出来ないようでは、ダークヒーローですらないというわけです。いささか綺麗事ですが『罪を憎んで人を憎まず』と、過ちを犯した人間を許せる(但し、罪については別です)人間でありたいものですね。


※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。

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