本当はアイドルって大変なんだぞ ……多分 (後編)
「あっ、じゃあ、これは人伝の話だけど良いか?」
オレは、うちの事務所の裏事情に就いて話すことにした。
「純の人伝ってことは、早乙女純か?」
「まあ、そうなるでしょうね。
でも、大丈夫なの、美咲ちゃん?」
「え? う…、う〜ん…、多分…?」
こいつら…。オレって、そんなに信用無いのかよ。
「まあ、いいや。
じゃあ、早乙女純のことだけど……」
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早乙女純と言えば、謎の多いことで知られるアイドルである。
それは、事務所関係者に於いてでさえ例外ではなく、その正体に就いて知る者は、殆どいないと言われている。
そして、それは事実であり、パートナーである花房咲ですら、その正体を知らないことで明らかである。
これは、早乙女純自体が、自身の個人情報の漏洩を執拗なまでに嫌うからであり、事務所側もそれを認めている。
と、まあ、世間ではこんな風に言われる早乙女純だけども、その正体は男のオレ。そりゃあ秘密にするのも当然ってものだろう。
ただ、秘密秘密と言われれば、誰だってそりゃあ気になるもので、デビュー当時よりずっと、その正体を探ろうとする者達も当然存在していた。
そんな彼らの動きが一層活発化したのが、去年の5月。タレント発掘オーディションの行なわれた後の頃だった。
その時の一件により、早乙女純の素性に対する興味をもつ者達が一気に増えたのだ。
実際、うちの学校でも、早乙女純が自分達と同じ学校に通う生徒らしいということで、その捜索が流行ったりした程だ。
学生でこれなのだから、プロである芸能記者なんかはより本気になるってわけで……。
その日、仕事を終えたオレが、帰途へ就いていた時のことだった。
「はぁ〜、また今日もかよ…。全く、毎度毎度、飽きもせず、よくやるよ本当」
なにやら気配を感じて、こっそりと周りを窺ってみると、怪し気な奴がオレのことを跟けて来ているっぽい。
恐らく、週刊誌の記者か、それとも熱狂的ファンか。
この頃のオレは、まだ着換えの拠点となる場所を持ってなく、その時その時で適当な場所を見つけては、そこで変装を解いていた。
なので、このままじゃ着換えるどころじゃない。なんとかして、尾行を撒く必要があったのだ。
さり気ない風りを装って、近場のデパートへと入る。
買い物をするという態である。不審には思われてないはずだ。
敢えて、人の多い場所を選んで通る。
まさか、これだけ人の目があれば、その行動にも支障が出ないとはいかないだろう。
そしてエレベーターに乗る。これで完璧なはずだ。
なんてったって、同じエレベーターに、一緒に乗るわけにはいかないだろうからな。
後は幾つかの階を指定し、その中の何処かで降りるだけだ。
オレの考えは甘かったようだ。
デパートを出てからも、追跡の気配はなくなっていなかったのだ。
流石はその道のプロってわけで、オレなんかが易々と撒いたり出来る相手ではないようだ。
だからといって、身バレしようものなら、身の破滅は必至である。
「う〜ん、どうしたもんかな…」
辺りは随分と暗くなってきたし、流石にそろそろ時間がヤバい。
なんてたって、オレはまだ中学生。
罷り間違っても『早乙女純、夜遊びで補導される』なんて事、決してあってはならないのだ。
「こうなったら、まあ、しょうがないよな」
そういうわけで、オレは最終手段を執ることにしたのだった。
とある小さな公園へと辿り着いた。
そしてオレは、そこにある公衆便所へと入ると、中から周囲を見渡した。
やはり、尾行は跟いているようで、未だに気配は消えていない。
やっぱり、やるしかないか…。
「もしもし、110番ですか?
実は今、変なストーカーに跟き纏われていて……」
そう、最終手段とは禁断の手段。
女性にとっては、最強の非常手段。
男にとっては、最悪の非情手段だったのである。
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「ひっでぇ〜、そこまでやるかよ」
「なによ、当然でしょ」
早乙女純の執った行動に就いてだが、クラスでは賛否両論だった。
主に支持派が女子、非難派が男子だ。
否、男子の場合、非難というより擁護といった感じだ。本気でその行動を否定している奴はいないようである。
なんといっても、今の早乙女純は、そういったキャラとして認知され、それが魅力とされているのだ。
そして、それこそが、女性ファンからの支持を集めている理由のひとつなのであった。
まあ、そのせいで、同じ女性から嫌われてたりもするのだが……。
「まあ、そういうわけで結構苦労があるみたいだぞ。
案外、早乙女純の秘密主義ってのは、そういうところからきてるのかもな」
この際なので、しれっとこちらの都合を正当化しておくことにした。なんたって、今ならすんなりと受け入れてもらえそうだしな。
その後、調子に乗ったオレは、リトルキッスの曲に纏わる裏話など、いろいろと暴露話をしていたようだ。
一応、ヤバそうな話はしていないと思う。
なんたって、オレにだって、それくらいの分別の弁えは有るつもりだし…。
ともかく、それにより、本来求められていたであろう条件は満たせていると思う。
なので、まあ良いよな。うん。
あ、そうだ。そういえば、もうひとつ求められているものが有ったんだっけ。
「そういや、女子連中は、アイドルになりたいみたいなこと言ってたらしいな。
でも、本当にそれで良いのか?
特に、御堂玲のファン連中。アイドルがアイドルの追っ掛けやってるなんて、聞いたことないんだけど」
「「……………………」」
こうして、多くの奴らが、進路に就いて見直すこととなった。
ってか、もう、いったいどこにツッコめば良いんだか。
全く呆れた奴らだ、本当。
※作中の『跟けて』ですが、『跟ける』には『したがう』『人のあとについていく』という意味が有るそうで、夏目漱石の『こころ』や、石川啄木『足跡』、野村胡堂の『銭形平次捕物控』等で使用されています。また、今回の場合だと『追ける』『尾行る』『尾ける』と書いたりもするようです。[Google 参考]
※今回の純の行動ですが、正直言って問題有りだと思っております。安易に考えて真似するようなことなきよう、お願いいたします。最近、なにか心得違いをして、過剰制裁に酔い痴れる者達が、社会問題となっているようですが、読者方に於かれましてはそのようなことなきよう祈っております。よくサブカルチャーに於いて言われる言い方を用いるなら、『悪を滅ぼす者も、また悪である自覚が必要だ』といったところで、それが理解出来ないようでは、ダークヒーローですらないというわけです。いささか綺麗事ですが『罪を憎んで人を憎まず』と、過ちを犯した人間を許せる(但し、罪については別です)人間でありたいものですね。
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




