実はこれが、運命の出逢い
憂鬱だ。
それもこれもみんなあの業務命令のせいだ。
普通、アイドルデビューって言えば、大抵の少年少女の憧れだ。
契約内容もかなりの好条件で、オレも結構その気になっていたのだけど、だけどあれはあり得ない。
なんだよ、女性アイドルとしての芸能活動って。オレは男なんだぞ。
しかも、それが嫌なら『男の娘』って、いったいなんの冗談だ。
いくら相方は、本物の女の子だっていっても、
いや、だったら余計にあり得ないだろ。
一応、これでもオレだって思春期の男だぞ。絶対、問題ありだろ。倫理って言葉を知らないのかよ。
これじゃ、漫画かヘタすりゃエロゲーだ。
人によっては喜ぶ展開だろうけど、オレは絶対に嫌だ。女の真似事なんてしたくない。
オレは男だ。男なんだ!
だというのに、業務命令と言われては逆らえない。
こんなめちゃくちゃ業務命令だけど、契約内容には違反していないのだ。
確かに、女のふりをさせないとか、女として活動させないとか、契約書にはそういったことは書いてなかったけど、普通、そんなこと考えないだろ!
そんなわけで、オレとしては渋々ながらも受け入れるしかなかったのだ。
このことは、誰にも話してはいない。
言えるわけがない。
家族にだって話してない。
特に、兄貴には知られたくない。
どう考えても、一生笑い者にされるのが目にみえている。
では、表向きにはどうなっているかというと、現在、訓練生として修業中ってことになっている。
つまり、訓練生としてスカウトされたことになっているのだ。
「お前みたいな、チビのちんちくりんじゃ当然だな。正直、訓練生としてだって不思議なくらいだ」
とは、兄貴の言だが、それでも羨ましく思っているのが見え見えで、誰かお偉いさんを紹介してくれなんて言ってくる。
そういや、バンド組んでアマチュア活動してるんだったっけ。
でも、それはやめておいたほうがいいと思う。世の中そんなに甘くない。
そう、大人連中は汚い奴ばかりなのだ。
あぁ、考えてるだけでムカついてきた。
今日はもうふて寝することにしよう。
▼
そして日は変わった。
気分は変わらず最悪だ。
とはいえ、人前で態度には出さないように出来てるけど、やはり気分転換は必要だ。
幸い臨時収入のあったことだし(とはいっても、それを齎したのが、この最悪な気分の原因なのだが)帰ったら、何か評判のスイーツでも買いに行くことにしよう。
というわけで、下校後早速、駅前通りの商店街へと向かうオレ。
あそこの店は結構品揃えがよく、味もなかなかの物ばかりで、オレお気に入りの店なのだ。
ただ、今日のスイーツ購入に問題が発生した。
途中でクラスメイトに、しかもよく知る友人である遠藤真彦に出会ってしまったのだ。
まだ店に着いてなかったため、スイーツを持ってなかったのは幸いだ。
オレの嗜好がバレることないのだから。
だって、男のくせにスイーツ好きって、なんだか恥ずかしいからな。
「よう、真彦」
ただ、これは失敗だったかもしれない。
というのも真彦は女連れだったからだ。
しかもかなりの美少女。歳はオレ達と同じくらい。
やはりデートの最中と考えるべきだろう。
まぁ、釣り合っているかどうかは置いとくとしてだが。
「あ、悪りぃ、どうやらお邪魔だったみたいだな」
「違うって。この子は迷…いや、最近この辺に越して来たばかりだって言うんで、案内がてらに家まで送ってくところだったんだよ」
「なんだ、迷子か」
どうやらデートじゃなかったようだ。まぁ、真彦じゃな。
「おい、もうちょっと言い方くらい選べよ」
「えぇと、この子って真彦くんのお友達?」
「ああ、オレの友人で純っていうんだ」
ん? なんでオレのこと紹介する流れになってんだ?
「あ、そうなんだ。今度この町に越して来た花村美咲です。
良かったら私とお友達になってくれないかな。
実はこう見えて私、アイドルやってるんだ。
といってもまだデビュー前だけどね」
それになんだこの子、随分と馴れ馴れしいな……。
ってあれ?
アイドル?
デビュー前?
なんかどっかで聞いたような話だな。
「えぇっ、マジで⁈」
「うん。星プロからこの春デビューの予定だよ」
「うひょ〜!すげぇ!おい、純、オレ達アイドルの友達だぜ!まるで夢みたいだ!」
興奮しまくる真彦だけど、オレとしてはそんなことはどうでもいい。
どうやらこの子がオレの相方らしい。
まさかこんなところで出逢うことになるとは……。
結局、オレも真彦達に付き合うことになった。
で、その間いろいろな話をしたわけだが、それで判ったことはというと、
彼女はオレ達と同じ歳で、オレ達の学校に転校してくるらしいこと。
それは、来年の新学期だろうこと。
他にも彼女の家族構成とか、いろんなことが判ったわけだが、オレにとって重要なのは、やはりデビューの相方が彼女らしいということだった。
ただ、この時のオレには、判らなかった。
これが、これからのオレの人生を大きく動かす運命の出逢いだということに。