義務ではなくって道徳観 -情は他人の為ならず-
今回、陸でもない外道な理論が出てきますことを、前以てお詫び致します。
読者方に於かれましては、悪影響を受ける可能性がありますのでご注意下さい。
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この前、千鶴さんが『才ある者の義務』なんて言葉を口にしていた。
『才能ある者は、それを以ってして、社会に貢献するべきである』ということらしい。
似た言葉として『noblesse oblige』なんて言葉もある。
19世紀に仏国で生まれた言葉で『noblesse』と『obliger』を合成したものだ。
財力、権力、社会的地位の保持には責任が伴うことをさす。身分の高い者はそれに応じて果たさねばならぬ社会的責任と義務があるという、欧米社会に浸透する基本的な道徳観である。
法的義務や責任ではないが、自己の利益を優先することのないような行動を促す、社会の心理的規範となっている。
また、聖書の「すべて多く与えられた者は、多く求められ、多く任された者は、さらに多く要求される」(『ルカによる福音書』12章48節)に由来するとも言われる。[Google 参考]
義務なんて言われると抵抗感があるが、道徳観と言われれば受け入れられないわけじゃない。
言い方を変えて、成功者による『幸福のお裾分け』とでも言えば、万人に受け入れ易いんだろうか…。
意味合いは変わるが、友人のひとりがこんなことを言っていた。
「持たない者から、何かを得るには、どうすればいいと思う?」
なんとも非道い台詞だが、ここでは敢えて置いておく。
「俺の答は、『与える』だ。
そして、その後でそれを回収する。
そうすれば、後に『貸し』が残る。
つまり、『義理』と『依存』による忠実な『下僕』が得られるってわけだな」
全くもって、怪然らない陸でなし、というか人でなしな意見だが、やはり、ここでは敢えて置いておく。
オレがここで気になったのは、『与える』と『回収』だ。
確かに『与える』ことにより『回収』することが可能になる。
これって、ある意味、利益の循環ではないだろうか。
『金は天下の回り物』とも言う。
これは本来、金の無い奴を励ます言葉だが、オレとしては、金は天下を流れてこそ、流通の必要性を説いた言葉じゃないかと思っている。
商売だって、相手が在ないと成り立たないのだ。
共存共栄というわけだ。
「まあ、家畜の養殖みたいなもんか?」
全く、こいつは…。
実際のこいつは、そんなに悪い奴じゃない。
口じゃ悪装ってはいるけど、その実、困った友人は放っておけないお人好しだったりする。
美咲ちゃん風にいうなら、ツンデレとかいうやつだ。
そんな奴じゃなきゃ、友人なんてやってねえ。
『下僕』や『家畜』と言えば言葉は悪いが、『依存の代償』というなら、お互いの利害が一応は一致するわけだし。
こいつの言い分は、一方的な施しじゃ、相手の為にならないからと、その対価を求めるというだけだ。
本当、こいつ、口さえ悪くなけりゃなぁ…。
で、話は戻る。
才能ある者の社会への貢献ってやつだが、これはなにも一方的なものとは限らない。
『情は他人の為ならず』ってやつだ。
勘違いされがちだが、他人の為成らずではなく、他人の為非ずなのである。
つまり、因果応報。『他人のための善行は、巡り巡って、何時か自分に還って来る』という意味だ。
要するに、相互扶助の行ないを、まずは余裕の有る側からというのが『優れし者の義務』の、正しい考え方だと思う。
まあ、いろいろと劣る者からのヘイトを躱すための、知恵っていうか、建前上の申し訳程度の言動ってのもあるんだろうけど…。
では、そんなオレが、今、何をしているかといえば、まあ、いつもの如くだ。
「わ〜ん。やっぱり、よく解んないよ〜」
つまり、美咲ちゃんとの中間試験対策の勉強会である。
責めて、そろそろなんとかしないと、本気でヤバいぞ美咲ちゃん。
がんばれ美咲ちゃん。
オレ達が応援してるぞ!
※作中の『非ず』ですが、正しくは『あらず』と読みます。
※作中のルビには、一般的でない、作者流の当て字が混ざっております。ご注意下さい。




