HOLY DAY -香織の日記-
今回は、加藤香織視点。登場人物紹介では、まだ出番なしなんて言いましたが、予定変更となりました。
3月31日。
私は、神様を信じない。
私は、神様に呪われているのでしょうか。
アイドルとしてデビューして一年、未だに人気は低迷気味だ。
一応、ヒット曲がないわけではない。
デビュー曲の『ムーンライトロマンス』は、それなりにヒットしている。
但し、それは、アニメ『月霊天使エンジェルムーン』の主題歌としてであり、私、アイドル『加藤香織』の曲として知っている者は少ない。
とはいえ、中学生がアニメ主題歌を歌うというのは異例であり、自分で言うのもなんだけど、高い歌唱力が有ってこその話である。
そんな私なのに、その後は鳴かず飛ばず。やはり、神様に呪われているとしか思えない。
実際、私の歳でこのような抜擢を受ける者は稀だ。
偶にCM曲等で使われる者達もいたりするけど、彼らは大抵、それ専門か、一発屋だ。
だというのに、そんな中にも例外が存在した。
しかも、ライバル事務所である星プロダクションのアイドルとして。
あの子達だ。
彼女達の名は『リトルキッス』
キャンディーのCMで話題となり、その後デビューして以後、一躍名を馳せ、僅か一年足らずで、人気ランキング女性部門の18位と19位。
私でさえ、漸く97位。しかも、アニメ主題歌の影響有っての順位だというのに。
あぁっ、全くもって忌々しい。
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4月1日。
私は、神様を信じられない。
私は、神様に玩ばれているのでしょうか。
そういえば、今日はエイプリルフール。神様だって、戯れをすることがあるのかもしれない。
その日は、新曲『HOLIDAY』の発売イベントとして、とあるデパートでミニライブ。
集まった観客は、子供達とその保護者。あとは数える程のファンのみ。
前者は『ムーンライトロマンス』を歌い終わった途端、興味を失いその場を去って行き、いよいよ新曲となった時には、後者のみとなっていた。
そんな状況にも拘らず、彼らは私に声援を贈って授れる。
でも…、やはり、美男子達の掛ける白い声ならともかく、穢苦しい特殊嗜好者達の濁声なんて…。
しかも、彼らの多くは成人男性。それが女子中学生相手に…。
ああっ、穢らわしいっ。少女嗜好者なんて滅べばいいのにっ。
それでも彼らは、私の希少で大切な支援者、無下に扱おうわけにもいかないのが辛辣い。
漸く、イベント終了。
あとは、早々と撤収するだけ。
あぁ、これでやっと開放される。
だというのに…。
「香織ちゃ〜ん」「かおり〜んっ」
警備員達を押し退け、私に群がる男達。
嘘っ、油断してた。
まさか、私なんかに、こんな騒動が起こるなんて。
確かに、規模が小さいから、距離も小さく近づき易いかもしれないけど。それでも、まさか、こんな……。
って、そんなことを言ってる場合じゃなかった。
早く、この場を逃げ出さないと。
男達の群れが押し寄せてくる。
気がつけば、マネージャー達から、逸れてしまっていた。
それなのに、男達はそんなのお構いなしに追い掛けて来る。
そこからは、もう無我夢中で逃げ出した。
何処をどう逃げたかなんて、まるで覚えていない。
そして、遂に、息が切れてきた。
「も…、もうっ…、駄目っ……」
「こっちだっ!」
私の前にひとりの少年が現れた。
私は、彼に手を引かれ、再びその場を駆け出した。
とはいえ、やはり、息が辛辣い。
男達との距離が縮まってくる。
すると、彼は足を止め、背中から私を抱え上げ、そして再び、走り始めた。
所謂、『お姫様抱っこ』だ。
だというのに、彼の足は止まらない。
むしろ、さらに加速していく。
階段を駆け上がる時でさえ、軽やかなその足取りは、まるで疾風の如く思わせる。
そして、エレベーター前に辿り着く。
エレベーターに乗ると、片っ端から階層ボタンを押していく。
なるほど、そのうちの何処かひとつで降りて、追跡を撒こうというわけね。
こうして、エレベーターを降りたところで、バックヤードへと向かう。
ここまで逃げれば、もう安心。
私達は、警備員の保護を受けたのだった。
「ありがとう。今日は助かったわ」
「別に、大したことはしちゃいねーよ」
彼は謙虚だった。
しかも、随分と落ち着いている。
普通、相手がアイドルだと、浮かれ上がったり、得意気に自身をアピールしたりしそうなものだけど、彼にそのようなところは微塵も見受けられなかった。
そんな彼を、改めて観察する。
歳は若い。身長が私より、5cmくらいは低そうだから、150cmくらいだろうか。
だとすると、12歳前後といったところだろう。私よりふたつ歳下だ。
だというのに、こんなにもしっかりとしていて、頼もしい。
これが先の男達と同じ、男の人とは思えない。こんなにも歳が離れているというのに。
「ううん、本当に助かったわ。
これはお礼よ。
今日のイベントで配ってたものと、あとはこの子の限定グッズ。
良かったら、受け取ってちょうだい」
マネージャーからお礼の品がわたされる。
彼にも、私のファンになってもらえたら嬉しい。
「あ、そういうの間にあってるんで」
「はあっ⁈」
……え、えっと…。
理解が追いつかない。どういうこと?
仮にも、私はアイドルよ。それなのに…。
とりあえず、お礼の気持ちだからと言って、漸くなんとかグッズを受け取ってもらえたのだった。
あれから何度も、彼のことを思い出す。
今まで私の周りには、彼のような男性はいなかった。
どうしても彼のことが、頭の中から離れない。
いくら男の子だといっても、相手は歳下だというのに。
認めたくないけど、これが恋なのかもしれない。
意識すると、余計に彼のことが気になりだしてきた。
ああ、ちゃんともっと、彼のこと聞いておけばよかった。
いつか、彼と再び出会えたらいいな。
今日は一日、いい日だった。
少しだけ悔やむことはあったけど、それでもいい日だったと思う。
新曲『HOLIDAY』は、もしかすると神様の啓示だったのかもしれない。だったらいいな。
今日は、私にとっては『HOLY DAY』
本当は、神様っていい人(?)なのかも。
今回の主役の香織ですが、設定ではいろいろと千鶴と被っているところがあるというか、性格だけなら千鶴の上位互換的なキャラだったりします。と、この子に就いて語ったのですが、暫く、出番は少なめの予定です。
※作中のルビには、一般的でない、作者オリジナルの当て字が混ざっております。ご注意下さい。




