性(さが)ってやつは…
高階を誘ったエアホッケーは散々な結果だった。奥ゆかしい性格から鈍いやつだと決めつけていたら、実はとんでもない猛者だった。
能ある鷹は爪を隠すってやつとは多分違うと思う。高階は常に専守防衛で積極的に攻めてくることはなかったし。
ただ、必死に守る高階のゴールは堅かった。「きゃっ⁈」とか「ひゃっ⁈」とか悲鳴を上げる割にはしっかりとオレの攻撃を撥じき返してきていて。
結果、それを崩そうと向きになって攻め捲ったオレに却って隙ができることとなり──要するに尽く カウンターをくらい自滅することとなったわけだ。
本人には自覚がないだろうけどこいつ絶対に才能がある。でなきゃこのオレがこうも完膚なきまでにボロ敗けするなんてことないはずだ。
取り敢えず自分にそう言い聞かせることでなんとか気を取り直す。
うん、誰にだって特技 のひとつやふたつはあるもんだしな。
「さて、それじゃ次は何をしようか?」
三戦したところで切りも良いことだしと他のゲームへと高階を誘う。
ベ、別に高階に勝てないと認めたから他の物でやり返そうとか、そんなつもりは……全く無いってわけじゃないけど、でもいつまでも同じことばかりやっててもな。
「それも好いですけど、疲れたので少し休憩しませんか?」
ああ、そういえば結構激しく動いたしな。
向きになってたオレは当然だけど、高階も随分と必死そうだったし、この提案は悪くない。
ただ、オレが体力面で高階が精神面での回復っていうのが気分を複雑にさせるけど。
「そうだな、少し休むとするか」
高階の提案を受け容れたオレは共に自販機の並ぶコーナーへと向かう。
香織ちゃんだったらここでオレの腕を取って甘えてくるところなんだけど、さすがに高階にそれはないか。
……って、おい、なんでオレはデート中に他の女の子のことを考えてるんだよ。
「高階は何が好い?」
自販機を前に高階の注文を訊く。
「あ、それじゃカフェオレの甘めの物で」
「ああ、解った」
ふむ、高階は甘めのカフェオレか。
そういえば香織ちゃんは無糖か微糖のコーヒーを好んで飲んでいたな。
いや、香織ちゃんだとここはオレと同じ物が好いって答えてたところか…。
……って。
だからなんでオレは香織ちゃんのことを考えてるんだよっ。デートの相手は香織ちゃんじゃなくて高階だろっ。
「あ、あの…、先輩?」
ヤバい。高階が不審がっている。
オレがこんな失礼なことを考えているなんて知られたら、さすがの高階も気を悪くするに違いない。
「いや、なんでもないって。
なんていうか、コーヒーなんて女性っぽくない物を選びながらも甘めの物なんて女の子らしいことを言うもんだからちょっと疑問を感じただけだよ」
取り敢えず適当な理由をでっち上げる。これで誤魔化せてくれないかな。
「知らないんですか、先輩?
コーヒーって美肌効果とかダイエット効果とかがあって結構女性に人気があるんですよ」
あ~、そういえばそうだったか。
でもダイエット効果っていうなら糖分たっぷりじゃ台無しだろ。
まあ今のところ問題なさそうだから言わないけど。
因みにオレは某製薬会社の販売しているスポーツドリンクだ。
やはり発汗後の水分補給といえばこれが定番だろう。その適切な濃度と体液に近い組成の電解質溶液は素早く身体に吸収される……っていうのはメーカーの受け売りだけど、でもその謳い文句には偽りはない。
……うん、なんにしても誤魔化せて好かった。
さて、ゲーセンの自販機前でこんな会話を交わすオレ達ふたりだけど知らない第三者から見れるどんな風に映るだろうか?
いや、なにを唐突にって思うかも知れないだろうけど、こんな風に声を掛けられるとさ。
「ねえ、お姉ちゃん達、好かったら俺達と一緒に遊ばない?」
現れたのはちょい悪風の青年三人。
おい、なんだよこの展開は?
もしかしてこういうのってテンプレなのか?
気になることはもうひとつ。今のお姉ちゃんってのにオレのことも入ってんのか?
そりゃまあ今朝の化粧で性別が中性的な外見になってるし怪訝しい話じゃないのかも知れないけど。なお、もし今のがオネエちゃんだというのならこいつら殴る。殴り倒す。
「ヒューッ。俺この小さくって男の子っぽい子、超好み。ねえ、キミってなんて名前っ?」
三人の中のひとり、ヒョロリとした男がオレの方へと手を伸ばしてくる。
やめてくれ、気持ち悪い。
「あ、おい抜け駆けかよっ、俺もその子狙ってたのにっ」
「え? お前もかよっ? でもその子の相手はこの俺だぜっ」
うげっ⁈ こいつら三人揃ってか?
全く、勘弁してくれってんだ。
「はあ~、さすがは先輩ですね」
いや、高階もなにを感心してんだよ。
「馬鹿言ってないで行くぞっ!」
高階の手を引きその場を駆け出す。
背後では「え~、マジか? 連れねえな~」なんて三人組のぼやく声が。幸いそこまで固執してくるようなやつらじゃなかったようで追い掛けてくる様子はない。
ふ~ぅ、救かった。
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「しっかし口ではアレなくせにちゃっかりと逃げる準備だけはしっかり整えているんだから高階も案外と強かだよな」
どうやら逃げきったと安心したオレは早速軽口を叩いてみる。
「ええ、奈緒子と一緒に出掛けると結構ああいう人達に絡まれることが多いんで慣れてるんです」
慣れてるねえ…。
でも慣れる程ってのは多くないか?
そりゃあ確かにふたりとも美人じゃあるけど…。
「ああ、でもそんなもんかもな。
あの歳頃の男なんて女の子を見れば声を掛けずにはいられないもんなんだろうしな。
本当男ってやつはこれだから…」
全く、同じ男として情けない。節操ってものを知らないのかよ。
「仕方がないですよ。先輩みたいな男の人なんてそうそういるわけじゃないですし」
う~ん、そういうものだろうか。
できればああいうのは一部の男性だけと信じたいところだけど…。
「まあでも、あいつらも結局は追い掛けて来なかったし、必ずしも悪いことを考えていたとは限らないよな。本当にそうならもっと悪どいアプローチとかをしてるだろうし」
うん、信じることは大切だ。じゃないと本当に人間不信になってしまう。
それだけにあいつは赦せない。
四葉幸房、人の良心の垣根を踏み越えて世の信用を裏切ったお前だけは絶対に潰す。
※1『尽く』は『悉く』とも書かれますが『尽く』は表外音訓で『悉く』は常用漢字外であるため公的な文章では『ことごとく』とひらがな表記が望ましいようです。
辞書に載っているのは上記の二つですが、他にも『盡く』『咸く』『畢く』があり、基本的に意味は同じなのですが微妙に意味合いに違いがあるらしいです。
【悉く】物事(事々)の全て。
【尽く】尽き果てるまで。
【盡く】『尽く』の旧字。意味も同じです。
【咸く】皆。全て合わせて。『咸』には『戉で脅し皆を黙らせる』という意味があるそうなので、おそらくは『影響の及ぶ全て』という意味? 常用漢字ではないため日本ではあまり使われません。
【畢く】終わりまで全て。『畢』には『畢わる』という読み方があり『終わる』という意味があります。
[Google 参考]
ここでは『尽くし果たした方策の全てが』ということで『尽く』としてみました。
※2『特技』と似たような言葉に『得意』という言葉がありますが意味は大きく違うそうです。
「え?マジ?どこがどう?」なんて思ったのですが違いが判ってみると納得でした。
【得意】主観的評価。大抵は自意識過剰な自己申告。『いい気になってる』ってやつです。
【特技】客観的評価。『うぉーっ、すげえーっ!』って誰もが認めるレベルの技能です。自称する場合、最低でも公式的な資格等でないと恥を掻く?
※この後書き等にある蘊蓄は、あくまでも作者の俄な知識と私見によるものであり、必ずしも正しいものであるとは限りません。ご注意ください。




