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香織ちゃんの名に懸けて

 香織ちゃんの報復をと意気込んでみたのはいいけど、実際のところこういうことには素人のオレにできることは少ない。探偵にいろいろ情報を集めさせてみたり、弁護士に裁判の準備を任せたり、こういった専門家達に依頼をした後は殆どすることがないのだ。多くのことはオレ以上に躍起になっている藤森さんに陣頭指揮を委ねたため、精々がその報告を受けるくらい。

 もしこの件にオレが積極性に携わったことで仕事や日常生活に支障が出たりすれば香織ちゃんが責任を感じて悲しむと説得され渋々と断念することとなったわけだ。


「はぁ~。なんか情けなくなってくるな。香織ちゃんがあんな目に遭ったっていうのにオレ自身はこうして普通に生活をするしかないなんて……」


 月曜日の昼。オレは大学の学食で己の無力さに項垂れていた。


「まあ気持ちは解るけどな。

 端から見れてて鬱陶しい程に公然とイチャイチャしていたし。それこそ何度爆発しろって思ったことか。

 そのくせお前は否定するばかり。そんなことだから今になってこうして後悔することになるんだよ」


 カチンときた。

 これまでも何度となく周囲の顰蹙を買う発言をしてきた河合だけど、今のこの台詞だけは聞き捨てならない。


「はあっ⁈ 今までずっと傍で見てきたくせになにを見当外れなこと言ってんだよっ。

 だいたい仮にそうだったとしても結局は同じだろっ。どうやってあれを防げっていうんよっ⁈」


「そりゃそうだけどよ。だけど他人に寝取られたっていう後悔だけはなかったはずだろ」


 なんだそれは。香織ちゃんはそういう対象じゃないと何度も言ってきたというのにどうしてそんな台詞が出てくる。

 所詮こいつにとって女の子っていうのはそういう存在に過ぎないっていうことかよ。


 見れば河合だけでなく瓶子や木田も同じような反応をしている。こいつらもやはり同じ穴の狢なのか。男とはそういう生き物だということなのか。


「嘘だろ…。なんでその気もない相手とそういう関係を持つことを肯定できるんだよ」


 男連中だけじゃなかった。朝日奈や向日(ひゆうが)鵺野(ぬえの)といった女性達までが河合の言うことに肯いている。


「まあ、なんというか…。

 確かに相手を選ばずに誰彼構わず手を出すような相手は御免だけど。でも女の子としては自分の認めた相手となら、そういう関係も吝かじゃないってところかな。

 実際今回みたいなことになってみると香織ちゃんには同情して止まない気持ちにもなってくるし」


「どうせなら初めては意中の相手に奪われたかったってところよね」


 オレの疑問に答える朝日奈と向日(ひゆうが)


 ……なるほど。香織ちゃんの気持ちを考えてみれば、そういう気持ちにもなるか。


「いや、それはそうなることが解ってるからだろ。結果がそれだからそれくらいならって話になってるだけで普通はそんなこと考えないって。その考え方が罷り通るのはそういう普通じゃない環境においてだけだっての。常識で物事を考えろってんだよ、全く」


 ヤバい。危うく納得するところだった。

 なんてことだ。やはり非日常は日常に悪影響を与えるようだ。


「ま、まあ確かにそれはそうだけど。

 でも意中の相手とそういう関係になりたいっていうのは男も女も同じででしょ」


「確かにそれはそのとおりだろうけど、それはあくまでも双方の合意があって初めて成立する話だろ。

 それを無理やり強行されて泣きをみてるのが香織ちゃんなんだよ」


 意中の相手か…。

 確かに朝日奈の言うことは世の中の男女全ての望むところだろう。

 でも必ずしもお互いが望み合うとは限らない以上それが成立するとは限らない。

 ……香織ちゃんには悪いけど、こればかりはオレも譲れないんだよな。


「そうだよね。今回の香織ちゃんは身勝手な男に一方的に玩ばれただけだし、そういう恋愛感情とかは無縁だもんね。

 本当、そんな男死ねばいいのに」


 うおっ? 珍しく斑目が好戦的だ。

 こいつでも義憤に駆られることってあるんだな。


「まあ、あくまでも男鹿が香織ちゃんとはそういう関係じゃないって言うんなら取り敢えずそれはおいておくとしても、だからってこのまま指を咥えてただ成り行きを見守っているつもりじゃないんだろ?」


 興奮する斑目の言葉を受けて、これをいい機と思ったか瓶子が話を進めに入る。

 オレとしても今は香織ちゃんとの関係で弄られたくないので早々にそれに乗らせてもらうことにする。


「まあそうなんだけどさ。さっきも言ったようにそれ専門の人を雇ったら今度はオレのすることが無くなっちまってどうにも落ち着かないんだよ。

 香織ちゃんのことを考えるとこうして安穏とした毎日を送ってることが苦痛で堪えられないってのに…」


 なにもできないのがつら過ぎる。

 せっかくこうして芸能事務所所長という地位を得たというのに…。


「なに黄昏(たそがれ)たこと言ってんのよ。こういうときの解決法はアンタ自身が一番よく知ってるはずでしょ」


 突如背後から声がすると思えば由希だった。最近道場の手伝いで忙しそうにしていたからこうして顔を合わせるのは珍しい。


「全く、余計な世話を焼かせるんだから。美咲ちゃんが心配してたわよ。

 実際見に来てみればこうしてめそめそと(ふさ)ぎ込んでるし。

 男ならいつまでも泣き言を言ってないでやるべきことをやりなさい。こんなんじゃ香織ちゃんが浮かばれないわよ」


 くっ、相変わらず辛辣なことを言う。

 そんなこと言われなくたって解ってる。

 だけど今のオレになにができるっていうんだ。解決法はオレ自身が一番よく知っているって、そんなことを言われてもオレにできることなんて……。


 ……いや、あった。

 解決法になるかどうかは判らないけど、それでも今までこれで何度か困難を乗りきったことがある。


「そうだな。確かにそのとおりだ。

 こんなオレでも香織ちゃんが認めてくれた男なんだ。だったらその証を見せてやらないとな」


 やってやる。こんなオレのことを好きだと言ってくれた香織ちゃんの名に懸けて。

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