相良芳江と歪んだ倫理
件の相良芳江と会うことにした。
本当は顔を合わさない方が良いのかも知れないが、それでも直に話を訊きたいと思ったからだ。
「へ? あなたがJUNさん?
ええ~っ! あの子ってこういう趣味だったの~っ⁈」
いきなり失礼な反応を受けたけど、まあそれも仕方ない。
今回、オレは長髪の鬘に化粧を施し、ほぼ女装に近い格好でこの話し合いに臨んでいる。要するにSCHWARZのときの格好だけど、さすが衣装までというわけでなくそっちは中性的なスーツを着用している。
つまりそれ故の反応なわけだけど、果たしてオレは女性として見られているのか、それともそういう趣味の人間として見られているのか。
「いきなり随分な態度だな。年齢はほぼ同じかも知れないがこれでもオレは一事務所の所長だぞ」
驚かせておいてこういうのはなんだけど、それでも立場というものを主張する。いわゆる軽い威圧なわけだけど、この格好だし効果の程はそんなに期待はできないかな。
「ええ~っ⁈
だって男の子だって聞いていたのに出て来たのはまるで男装の女の子なんだもん、そりゃあ驚くでしょ。どおりで事務所が熱愛宣言にOKを出すわけだわ。
でもそっか。これじゃ香織に靡かなかったのも納得だわ。女の子同士の恋愛なんて望んでも報われるとは思われないもんね。妬んでた私が馬鹿みたい」
SCHWARZモードで声がやや高めなせいだろう、すっかりオレのことを女だと思い込んでいるようだ。
「なるほど、聞いていたとおり動機は妬みだったってわけか。
でもさすがにあれはやり過ぎだろ。況してあれだけ純情で一途な子をあんな目に合わせて罪悪感ってものは感じなかったのかよ?」
感じなかったんだろうな。そんな子ならば端っからこんなことをするわけがないだろうし。
「そこまで大事になると思わなかっただけよ。
だいたい香織も周りもこの程度のことで大袈裟なのよ。こういう仕事をやっていれば裏でそういうことのひとつやふたつ珍しくもないでしょうに。そんな覚悟もなしにやっていこうだなんて香織もこの業界を舐め過ぎよ」
マジか? いかに仕事とはいえ女の子がそういうことをいうか?
「そういう風に言うってことは、お前も仕事として求められればそういうことするってことだよな?」
ハッタリだ。単に意固地になって理屈を付けて正当化しているに過ぎない。
「当然でしょ。というかもう何度となくそういうことをやったわよ。
仕方ないでしょ。売れなきゃなんでもやらないと仕事にありつけないんだから綺麗事なんていってられないわ。
そりゃあ契約に縛られてるっていうのもあるけど、それ以上に仕事に対する責任ってものがあるのよっ」
なるほど、そういうことか。
問題なのはこの子の価値観だけでなくこの業界における倫理観だ。
何でもかんでも売れるもの全て売り尽くさなければすまないこの体質。いくら需要があるからといって応えて良いものばかりじゃないということを解ってないことが問題なんだ。
「なるほど言いたいことはよく解った。
仕事に向き合う真摯さと責任感はある意味立派だと思う。
でもその考えを他人に強要するのは間違いだし、それに反する行動にペナルティを科す権利は誰にもない。
働く者には仕事に対する義務があるのは確かだけれど、それでも自己を守り主張する権利があり、仕事を選ぶ権利がある。
況して非合法なことを強要されたり、忖度させられる義務はない。
他人のプライベートな権利に踏み込んだ時点でお前のそれに正当性は、正義はない」
全く、この子は馬鹿な子だ。
結局はこの子も歪んだ社会倫理に翻弄された被害者だったわけで。
もちろん香織ちゃんを傷つけた今回の件に加担したことは赦せない。
だが、もしその誤りを正し、その過ちを償う気があるというのなら……蟠りが残らないわけじゃないけど和解を考えるべきかも知れない。
「なんにせよ全ては詳しい話を訊いてからだ。お前の態度と働きによってはある程度の歩み寄りを考えてもいい。
だが、もし嫌だというのなら──」
未だ悪怯れる様子のない相良芳江に改めてプレッシャーを掛ける。
挨拶のときのような軽いものでなく今度は威嚇レベルの重い威圧だ。
「……嫌だというのなら──」
ゴクリと唾を呑む相良芳江。
ふっ、さすがにオレを同年代の若造と侮った様子はないか。
「なに、社会人として大人の話し合いの場に出るだけさ。もちろん所属タレントに被害を受けた事務所の所長としてだけど」
ニヤリと黒い笑顔で答えてやる。
う~ん、なんか悪役にでもなった気分だ。
「わ、解ったわよ。お願いだからそれだけはやめて」
企業を背負っての個人への制裁、そんな実力行使前提と匂わせればそりゃあさすがに折れるよな。
ということで相良芳江を味方に確保。もちろん彼女にもそれなりの報いは受けてもらうと伝えたが、そこは最悪を避けられればと断念というか観念したようだ。
よし、次は本丸、四葉幸房だ。
待っていろよ。香織ちゃんにしたことを必ず後悔させてやる!




