香織ちゃんを追い詰めたもの
「……そう、私、死に損なったのね」
そんな台詞を悲しそうな表情で口にする香織ちゃん。
「馬鹿なこと言うんじゃねえよ! どれだけオレや香織ちゃんの家族が心配したと思ってんだよっ!
なにがあったかは知らないけど、そんな悲しい決断をする前になんで家族やオレ達周りの仲間に頼ろうとしないんだよっ⁈
オレ達ってそんなに頼りないのかよ⁈ 信用ができないっていうのかよっ⁈」
くそっ! なんなんだよ。
なにが香織ちゃんをそこまで追い詰めたっていうんだよ。
「……ごめんなさい。純くん達のことは信用してなかったわけじゃないの。
でも……言えなかったの。とても言えるような話じゃなかったの。
それになによりも、あんなことのあった自分が赦せなかった。だから……だから……」
オレの非難に謝罪しながらも、それでもと否定してくる香織ちゃん。
その訴えは遂には嗚咽となり、その悲しげな瞳からは滂沱の如く止めどない涙が溢れ出している。
くっ、やはりなにかがあったんだ。しかも他人には決して言えないことが。
自分自身を許せないだなんて、つまりそれ程香織ちゃんにとって重大なこと。
「なにがあったか訊かせてくれないか。そうでないとオレ達も対処できない。頼りないかも知れないけど、それでも香織ちゃんの力になりたいんだ」
なんだか嫌な予感がする。
だが、それでも訊かずにはいられない。
「……解ったわ。本当は純くんにだけは知られたくはなかったことなんだけど、でも同時に純くんには知るべき権利のあることだし、それにやはり知っておいてほしいもの」
オレの言葉を受け、観念したとばかりに語り始めたその内容は、ある意味オレ達の想定したもののひとつであり、そして外れていてほしいと願っていたものだった。
それを香織ちゃんの言葉で語るのは剰りにもつらいため、そこは省かせてもらうと次のとおり。
その日、バラエティー番組の収録を終えスタッフ達と打ち上げを行なっていたという香織ちゃん。それがなぜか気づけばホテルのベッドで翌朝を迎え、自身は全裸、部屋の風呂場からは見知らぬ半裸の男が。どうやらそいつと一夜を共にしていたということらしい。
しかもその男が言うには、香織ちゃんの方も随分と積極的で激しかったとかなんとか。
当然なにかの間違いと疑う香織ちゃんだけど……その…なんというか……そういう証が確かに認められたらしく……。
その後、その男はひとりさっさとホテルをチェックアウト。香織ちゃんは部屋でひとり茫然自失。正気を取り戻してみても募る罪悪感と自己嫌悪感が許容できないと自身を責め心を蝕み、そして終には自殺を図るにことに到ったという。
合意の上ではなかったんだからこれは事故みたいなものと取り敢えずは慰めてはみたのだけど「なんとなくだけど薄らとそういう記憶があるのが許せないのよ」と余計に自身を責めさせて泣かせることとなってしまった。
…………。
ええっと……つまりそのときは合意してたってことになるのか?
でもなんで?
普段の香織ちゃんからじゃ考えられない判断だ。
香織ちゃん本人は薄らとそういう記憶があって否定したくとも否定できないと言う。
なんだよそれ? わけが解らない。
それじゃまるで思考にエラーが起きているみたいじゃないか。
……つまりそのときはまともな判断ができる状態──正気じゃなかったってことか?
そういやよく読み物なんかに媚薬を盛られて理性を失くすって話が出てくるけど、もしかしてこれがそうなのか?
もしかするとそういう違法な薬を使ったのかも知れない。それならば納得できないこともない。
「それでその男は、いったいどこの誰だったんだ?」
香織ちゃんの親父さんが尋ねる。
口調は優しいながらもやはり苛立ちを隠しきれない。
まあそりゃそうだ。どんな形であれ娘をキズモノにされ、剰えその娘が自殺を図ったわけだ、そりゃ腸が煮えくり返ってないわけがない。
「判らないわ。さっきも言ったけど相手についてはまるっきり判らないの。多分仕事の関係者だとは思うんだけど」
そういやそう言ってたな。
つまり相手は香織ちゃんの仕事関係の人物で、なおかつ香織ちゃんからはその程度の認識しか持たれていない人物。
「まあそこはホテルの側に問い合わせてみれば判るんじゃないでしょうか。普通なら答えてはくれないでしょうけど、今回は話が話なわけですし、事務所を通じてなら否とは言わないはずですよ。
何者かは知らないけど必ず香織ちゃんにしたことの報いは受けさせます。絶対に逃がしませんよ」
本当なら八つ裂きにしてやりたいところだけどさすがに殺すわけにはいかない。ならばとボコって半殺しにとも思うけど、安易に暴力に訴えるだなんて子供のやることと同じだ。逆に傷害で訴えられかねないし、なによりも一時的に気が収まるだけで問題の解決になっていない。
ならばここは大人の解決法で法の裁きに訴えて再起不能なまでに叩き踣してやるだけだ。巧くいけば合法的に社会的な抹殺も可能なわけだし言うことなしだ。
大人の世界ってなにげに大人げないけれど、でも今回ばかりはこれが相応しいだろう。




