知っているのか、美咲ちゃん?
昼休憩。今日の昼食はいつもと違い構内広場でビニールシートを広げて。
以前話に出たように香織ちゃんが弁当を用意してきたのだ。
他にも鵺野が河合に、あとは美咲ちゃんと佐竹が自作の弁当を持ち込んでいる。因みに木田と瓶子はそれぞれ朝コンビニで買った結び3個と菓子パン2つ。斑目はやはりコンビニの焼き肉弁当…って木田と逆じゃね?
とまあこれが今日のメンバーだ。
やはり大学は講義によってコマが違ってくるせいか、同じ内部進学の仲間だからといって高校の時と同じ面子が揃うとは限らないってわけだ。
「へえ~、鵺野って随分と可愛らしい弁当を作るんだな。さすがはやはり女の子だ」
可愛らしい小さな弁当箱に色とりどりのおかずが並んでいる。ごはんの部分も振りかけが上品に散らばっていて、見ていてとても華やかだ。
なお、河合向けの方は箱が一周り大きいだけで内容はやはり同じメニューだ……って当然か。
「はい、純くん、あ~ん♡」
で、こっちはお馴染みの香織ちゃん。最初は恥ずかしくて悶絶を怺るのが大変だったけど、三年も続いたせいかすっかり慣れきってしまった。
しかし相変わらず凄い分量だ。なんてったって重箱だもんな。これだから香織ちゃんには自重を求めなきゃならないんだ。
などと考えながらも香織ちゃんの差し出した卵焼きを咀嚼する。
うん、本当にオレも慣れたものだ。
「はい、聡ちゃん、あ~ん♡」
こっちも負けじと鵺野がミートボールを河合の口許へ差し出す。
「おい、頼むからそういう恥ずかしい冗談はやめてくれ」
はは、顔を顰めて厭がってやがる。
とはいえ結局は受け容れて食ってるところを見ると本気で嫌がってるわけじゃないことが解る。
うん、もうお前らくっついてしまえよ。
オレも散々言われた言葉だけど、なるほど見てるとそう言いたくなる程に倦んでくるな。
「わあ、河合くんにも春がきたんだ」
などとふたりの関係に好奇心旺盛の美咲ちゃん。
その言葉の割には手の止まることはなく、タコさんウインナーを口に運ぶ。
こういうのもおかずっていうのか?
「本当、あなたって他人のそういうのが好きよね」
と、こっちはそんな美咲ちゃんに呆れる佐竹。
ただ、やはりその手は止まることなく黙々と──といっていいのかは迷うところだが──食べ続けている。
こっちは鶏肉のつみれだ。多分手作り。やるなぁ。
「…………なによ。コンビニの焼き肉弁当だけど文句有る?」
がっつり系の弁当をがっつく……というわけじゃないけれど、周囲を気にすることなく独り黙々と──こっちは正しく黙々と──食べる斑目。
まあ、ある意味正しい選択だろう。香織ちゃんや鵺野を見ても中てられるだけだしな。……って当事者のオレが言うのもなんだけど。
それよりも本題。
「例のライブの話だけど、あいつらのリーダーって実はオレ達の取ってる授業のクラスメイトだったみたいなんだよな」
「はあ⁈ なんだよそれ?」
オレの言葉に瓶子が困惑の声を上げた。
まあそうだろうな。敵対者が間近にいたってことだから。
「いや、俺も判ってから剰りもの間抜けさ加減に頭を抱えたんだけどマジな話」
とはいえ河合も肯定するとおり本気でマジな話。そして間抜けな真相。
実は同じ体育の授業の生徒で、気づかなかったのはオレ達の取ったのがいわゆるマラソンだったためだ。これだと順位が離れていると顔を合わせることもないしな。最近偶々スタート時点で顔を合わせ、そこで初めて知ったってわけだ。本当なんとも間抜けだよな。
「まあ俺がこれを選んだのは男鹿に付き合わされたせいだけど、まさかあいつも同じのを選んでたとは思わなかったな。
こんなしんどいのを好んで選ぶやつなんて男鹿くらいだと思ってたのによ」
「なに言ってんだよ。足腰と肺活量は運動の基本だろ。それを集中的に鍛えられるってんだからこれは最適な内容じゃないか」
なによりも怪我とは無縁だし、いったいなにが悪いってんだか。
「そういうのはお前だけだよ」
なんでだ? どうにも納得がいかない。
「まあともかくだ、さすがに話し掛けるのは抵抗感があったんで周りのやつに訊いてみたんだけど、なるほど言うだけのことはあるやつらだったみたいだ」
因みにその情報源は伊丹。といってもやはり例のサイト頼りだったわけだが、そこでいろいろなことが判った。……代わりにオレ達のこともある程度知られてしまったのが面倒だったけど、まあそれは仕方がない。
「まずやつら『RIDE』だけど、例の『DRAGON KINGDOM』をホームにしている結構人気のあるバンドだってことが判った。といってもやはりアマチュアなわけで、そういう意味じゃあいつらの方が格下だったのは予測どおり。
ただ、オレ達のホームだった『WYVERN』の三倍規模のライブハウスの常連っていうからその実力を侮るのは間違いだろう」
そう、これは結構無視できない。オレ達の三倍規模のライブに慣れてるっていうんだからそういう意味じゃ格上だ。
「メンバーは四人。全員がオレ達と同じ一年生。高校時代の軽音楽部で結成して今年で四年目っていうよくありがちな経歴だ。
で、まずはギター兼ボーカルの日高。
最初に河合達に絡んできたチンピラ風のヒョロ男だな。
高い技量に加えパフォーマンスで観る者を魅了するってあったけど、要するにただの格好気取りのお調子者ってことだろうな」
と、やつらのメンバーの分析に入ったわけだが、一堂がここで噴き出した。
「なんかどっかで聞いたようなやつだな」
瓶子が早速河合を揶揄する。
「ああ、誰かみたいにMCでスベれば笑えるのにな」
そして木田がそれに続く。流れるような連携振りだ。
「いつの話をしてんだよ。今の俺は完全無欠の完璧超人。そんな心配なんて無縁だっての」
「はいはい、お前は永遠の未完の大器だよ」
そんな木田に反論する河合だけど、それに対する返しがまた笑える。
「それって結局はダメってことじゃん」
そう斑目のツッコミのとおり。才能が有っても実らないっていう意味だし。
まあ冗談はこれくらいにして話を進めることにしよう。
「次はベース担当の輪島。
こっちは佐竹とやり合ってたやつな。
そんなこいつだけどこのバンドのサブリーダーなんだとよ。
やってることが馬鹿の日高と同じじゃ高が知れるってものだけど、それでも佐竹の毒舌とやり合えるってんだから案外馬鹿にできないかもな。
もしこいつが日高のブレーキ役で、あの振る舞いも計算尽くだったとすると油断は禁物かも知れない」
美咲ちゃんや香織ちゃんを認めた上でああも煽ってきたわけだし、その可能性は否定できない。
……そのお陰で景山さんが…。
「で、次はキーボードの雷電」
「雷電?
ねえ? それって本名なの?」
うん、剰りにもあり得ない名前だし、美咲ちゃん達が訝しむ気持ちもよく解る。漫画の類ならあるかも知れないけど、現実じゃ活動名の類と考えるのが普通だしな。
「ああ、冗談みたいだけど本名らしい。
この長髪ノッポ、後方に控えてて会話もなかったんで印象が薄いけど、本当名前だけはインパクトがあるよな。
ただ、そんなこいつだけど、こいつらの中じゃ輪島に次ぐ参謀格らしいぞ」
いわゆる陰の参謀ってやつか。
「知っているのかってやつかな?」
なんだそれ?
そんなこと言われても知らねえって。
「ぶふっ。
美咲ちゃんったら、またマニアックなネタを…」
あ、なんかのネタなんだ。
てことは漫画かなんかのネタか?
てか斑目、お前も同じ穴の狢なんだな。
「そういえば聞いたことがある──」
「え? マジ?
まさか美咲ちゃんからそんな話が出てこようとは…」
とはいえこれは貴重な情報。真偽を疑うのはその後だ。
「あ、ごめん。これもただのネタだから」
──と思ったらネタかよ。
こういう真面目な場面でそれはない。全くいい肩透かしだ。
「まあともかく、なんか不気味なやつだけど、気にしたところで仕方ない。所詮は影の薄いやつだし、もしかすると見かけ倒しかも知れないしな」
美咲ちゃんのせいで脱力。
とはいえこんなわけの解らないやつで時間を潰しても無駄だしな。
そんなわけで次にいくとしよう。
「最後にドラム担当の赤城。
こいつがこいつらのリーダーだ。
最後に出てきて謝罪するとみせて、実質喧嘩を吹っ掛けていったクソ野郎。
不遜で態度がデカいやつだけど、あの落ち着き振りは実績有って故ってことだろう。
実際調べてみたところあの連中、『DRAGON KINGDOM』じゃ何度かトリを務めてるみたいなんだよな。オーナーの信用の程がよく解るってわけだ。
というわけで、ナメて掛かるには少し手強い相手ってわけだ。
まあ、だからって負けてやる気は無いけどな」
と、あいつらの情報としてはこんなところか。
「当然だろ。アマチュア如きに、ああも見下されたままってんじゃプロの沽券に関わるからな」
と、まずは河合が賛同する。
まあ、直に喧嘩を売られた当事者だしな。
「素直に彼女の前で侮辱されたのが赦せないって言えばいいのに」
と、そんな河合を揶揄する瓶子。当然こいつも賛同である。
「だな。
とはいえ河合の言うことも尤も。ああいうやつらは一度その鼻っ柱を圧し折ってやらねえと解んねえからな」
で、やはりあの場にいた木田としても当然腹に据えかねてるわけで、こうして気炎を揚げている。
「……なによりも景山さんが怖いし…」
「「……うん、それが一番怖い…」」
河合の言葉にSCHWARZメンバーの声が揃う。
「コマが捌けたらすぐにでも虎谷を呼び出して練習だな」
万が一さえも許されない。そんな緊張感を以てオレ達は『DRAGON KINGDOM』でのライブへと挑むオレ達だった。




