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鵺野鴇子

 新キャラ登場。といっても今回は…。

 大学での授業の形は大きく二つに分かれる。

 一つは大人数を対象に教員による一方的な講義形式、もう一つは少人数の学生が主体に討論や発表を行なうゼミ形式だ。と言っても世間一般的には三年生から始まるというのが殆どで、うちの大学でも一年生のうちから受けられるものは極僅かなのだが。

 後が楽だからと一年生のうちから取れるだけの単位取得をと思っていたオレだったけど、でもGPA (※1)のことを考えるとなあ。

 そんな理由でまずは必須科目や一般教養といった定番から、時間を喰われるゼミはその後だ。

 うちの上限は前期20コマ、後期24コマだからだいたい週に12コマ程度。4コマ×3日で十分余裕なはずだよな。


「いやだからって、なんでこんな朝早くからマラソンなんだよ。必須科目に体育があるってだけでも納得がいかないってのに、なにも一限目に持ってこなくてもいいだろ。嫌がらせかってんだ、全く」


 悪態を吐く河合。

 通常授業で顔見知りと同じクラスになることは稀だというが、やはりこれはオレ達が同じ内部進学なのだろうか?……ってその割には瓶子や木田を見ていないし、多分ただの偶然なのだろう。


「なに大袈裟なこと言ってんだよ。こんなのただのランニングだろ。この程度のことでぼやいてるようじゃ女子達に嗤われるぞ」


 などと諭してはみるが、実はそこそこの距離を走ってる割に、河合はさほど喘いでる様子はない。

 ああ、そういや体育祭じゃ100m走とかに出てたもんな。なるほど人間なんらかの一つくらいは取り柄が有るってわけだ。


「ははは、それは嫌だな。

 もしかすると女子達も同じ時間でやってるかも知れないし、そこに美咲ちゃんとかがいて俺達を見ていないとも限りないしな。

 仕方ない、一丁がんばるかっ」


 余裕の有るせいか珍しく前向きなことを言ってるけど、でもその動機がこれじゃな。


「へへ、見ろよ。あの子、俺の方を見て手を振ってるぜ」


 促す河合に従いそちらへと目を向ければ…。


 ……本当にいるし。

 声こそ掛けてきてはいないけど確かにいる。

 しかもその視線が向けられているのは……。


「……マジかよ?」


 いや、まあ、そりゃあ可怪しい話じゃない…かも……知れないけど 、でも……。


          ▼


 次の講義への移動中、ばたりと先ほどの彼女と遭遇した。

 信じられないことに、やはり彼女が対象にしていたのは河合だった。

 いや、本当に信じられない。

 だって……。

 小柄で華奢な色白美肌、清潔感のある身形に落ち着いた雰囲気──落ち着いた振る舞いというにはちょっとアクティブな感じなので敢えて雰囲気──そんな美少女がよく馴れた感じで河合と話してるんだから。


「はあっ⁈ お前、(とき)()かっ⁈ マジでっ⁈

 ちょっと見ないうちにここまで変わるか? 殆ど別人だろ?」


 感じとしては幼馴染みとかそんな関係だろうか。普段からアレな河合じゃあるけど、それにしてもこれは(あま)りにも話し方に遠慮が無さ過ぎる。


「当然だよ。男子三日会わざればってのは女の子だって例外じゃないんだから」


 対する彼女も随分と馴れ馴れしい感じ。この好感度も高さからすると多分それで間違いはないだろう。

 全く、それなら覚えておいてやれよ、河合。お前に対し高い好感度を持っている稀少な女の子なんだから。

 

「しかし、お前もここの大学だったのかよ。昔からずっと私立の女子校通いだったからそのままそこに内部進学するもんだと思ってたのに」


「え~、だって翠嶺って男の子がいなくてつまんないんだもん。

 そんな理由で聡ちゃんを追い掛けてきちゃった。えへっ♡」


 えーっ⁈


 いや、マジでか⁈ これってただの幼馴染みいうんじゃなくて、この子が河合に懸想しているってパターン⁈

 いや、まさか。まだそうと決まったわけじゃ…。


「あ、そういえば自己紹介がまだだったな。

 こいつは(ぬえ)()(とき)()。俺とは従姉妹同士の関係だ」


 あ、なんだ、そういう関係か。河合の説明に納得する。

 でも河合が顔を忘れてたっていうんだから案外その付き合いは浅いのかも知れないな。


「え~っ、それだけ~っ?

 婚約者に対してその扱いはないでしょ?

 というわけで改めて。

 芸術学部文芸学科の鵺野鴇子です。

 4歳の時に聡ちゃんのプロポーズを受けて、以降婚約者をやっています」


 あ~、なるほど、そういうことな。

 幼少期補整ってやつだ。

 律儀ってのもあるかも知れないけど、会ってない時間と伴い脳内美化が進んだってことだろう。


「芸術学部音楽学科の男鹿純だ。

 こいつとは高校からの付き合いで三年間同じクラスだったから、もし何かこいつについて知りたいことがあるなら訊いてくれ。さすがに何でもってわけにはいかないけど、それでも答えられる範囲なら答えるつもりだから。

 というわけでよろしくな」


 こちらも自己紹介を返す。とはいえそれは無難なレベルで必要以上に余計なことは言わない。オレや河合の社会的立場を明かしたって面倒なだけだし。


「ところで従姉妹って四親等だから結婚は可能なんだったよな。

 せっかくこんな美人がこうして受け容れてくれてるんだからボロを出して愛想を尽かされないようにしないとな」


 代わりに河合との仲を応援……とまではいかないけど肯定することで話をそちら方向へと流す。


「やめてくれよ、あくまでも子供(ガキ)の頃の話なんだし。

 (とき)()も冗談はここまでだ。これ以上は変に勘違いされて困るだけだからな」


「なんだ、そういうことか。

 残念だけどそういうことなら仕方ない。周囲の勘違いに振り回されるのが大変なのはオレも身に沁みてよく解ってるしな」


 う~ん、もしかしてなんてことを思いはしたけど、なんだ、社交辞令の一種か。


「え~、私はそれでも好いんだけど。てかそっちの方が良いんだけど。

 ねえ、聡ちゃんは私のこと嫌い?」


「だからそういうのはそこまでだって」


 ……これってどういうことなのだろう。

 もしかして彼女の方は本気なのか?


 う~ん、やっぱりオレにはこういうのはよく解らないや。

※1『GPA』とは『Grade Point Average』の頭文字を略した言葉で大学生の成績評価を数値化するために使用される指標のことです。といっても日本では算出方法が統一されておらず、大学ごとに評価の基準が異なるらしいのですが…。

 次のものはとある日本の大学GPA計算式です。


 GPA =(GP × その科目の単位数)の総和 ÷ 履修科目の単位数の合計


[GP] 1つの履修科目ごとにつけられた成績

[GPA] 各履修科目につけられたGPから算出した成績の平均値


 GP  評点    評価区分

  4  90~100点   秀 /S

  3  80~ 89点   優 /A

  2  70~ 79点   良 /B

  1  60~ 69点   可 /C

  0   0 ~ 59点  不可/D


 なお、評価については次のとおり。


 GPA    評価

 3.5~4.0 とても優秀

 2.9~3.4 優秀

 2.4~2.8 平均

  0 ~2.3 努力が必要     [Google 参考]


 というわけで、履修科目が増えるほどGPAはばらつきやすくなるわけで、時間が限られていることを考えると欲張った分だけ評価低下のリスクが高まり不利になるというわけです。

 まあそこのところを考えるのも本人の実力であり自己責任と言われれば身も蓋もないのですが、それでもそこのところを慮っての上限というわけなのでしょう。


 ※この後書き等にある蘊蓄は、あくまでも作者の(にわか)な知識と私見によるものであり、必ずしも正しいものであるとは限りません。ご注意ください。

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