景山マネージャーの想い
大学に進学したばかりとあってあれこれとするべきことが多かったりするが、仕事がなおざり だったわけではない。もちろんおざなり にしてもいない。そりゃあ多少の影響は出てるかも知れないがそれでもできる限りのことはやってるつもりだ。
というわけで今日も授業の終わった虎谷を呼び出し、事務所で曲の練習中。週末にはSCHWARZのライブの予定が入っているのだ。
「よし、今日はこれくらいにしとくか。取り敢えずこんなものだろうしな」
こんな台詞を聞くと、なんだやっぱり適当じゃないかなんてツッコミたくなるかも知れない。
でも待ってくれ。時計の長針が7近くを差している。オレや河合はともかくとしてまだ高校生の虎谷を連れ出すには微妙な時間なんだ。
法律上は午後10時までは問題ないし男なんだからと思わないでもないけど、それでもやはり未成年なわけだしな。そういうわけでそこを配慮したってわけだ。
「ふ~っ、やっと終わりかあ。
今までやってなかった曲が増えたせいか今回はちょっと大変だったぜ」
河合が早速息を吐いた。
まあ今回は今までのライブではやったことのなかった『Shadow Walker』と『Rule Breaker』の2曲を加えての練習だったしな。
「まあそこは仕方ないって。なんたってアルバムに併せてなんだし。やはりオリジナルの収録曲は一通りやっておきたいからな」
「だな。せっかくの俺達のオリジナル曲なんだし。出し惜しみしてたってもったいねえだけだもんな」
対して瓶子と木田は元気そうで、疲れを見せる河合を宥めている。やはりこういうところは根っからのバンドマンかどうかの違いっていうことだろうか。なかなか頼もしいやつらだ。
「そういやこの2曲も河合さんがメインなわけだけど、男鹿さんはカバー以外じゃそういうのやらないの?」
今までの曲を振り返って思ったのだろう。虎谷がこんな疑問を投げ掛けてきた。
止せよ、河合が不安そうな顔でオレに向けてるじゃないか。なお、瓶子と木田は普通に好奇心で気になるといった感じだ。
「今んところはオリジナルは河合に任せて、カバーで偶にオレがって感じかな。今はSCHWARZのボーカルは河合が基本っていうイメージで認知してもらうことが重要だし。だからオレがメインの曲を考えるとすると、その後で追い追いってことになるだろうな」
これは何度も言ってることでSCHWARZのメインボーカルはあくまでも河合、オレはサブで控えってのが基本。まあ後々は解らないけど。
「まあそれは仕方ないだろうな。河合には悪いけど未だにアキに執着してるやつもいるわけだし。まずは河合の実績作りってわけだな」
まあそういうわけだ。
瓶子の納得の言葉に木田も「ま、それもそうだな」と肯いている。
そして虎谷もまた──。
「でもツインボーカル体制なわけだし棲み分けっていうか役割分担ってことで良いんじゃない?
『Engage Moons』とかみたいな女性並みの高音じゃないとボーカルが務まらない曲ってのもあるわけだしさ、そういうのができるってのもSCHWARZの売りにして良いと思うんだけど」
いや、虎谷はちょっと違うか。あくまでも棲み分けで共存することに拘るようだ。
オレとしてもそれは否定しないけど、でもそれは段階を追ってであるべきで、なにもそうまで急かなくても……まあ河合次第じゃあるんだけど。
「ちょっといいかな?
横から口を挿むようで悪いんだけど、マネージャーとして一言」
ここで今まで黙ってことの成り行きを見ていた景山が話に入ってきた。
「こういうバンドとかやっていればいろいろと問題は当然出てくるものだと思う。例えば今の方向性とか方針とかいったようにね。
マネージャーとしての意見を言うなら、駆け出しの君達にはやはり武器は多いに越したことはないと思うよ。況してそれが強力で有効なものなら使わない理由が無いと思う。
あと、アイドルを目指しながらそれが叶わなかった人間として正直に言わせてもらうなら、能力を持ちながらそれを出し惜しむなんていうのは怠惰であり、持たない者に対する侮辱だ。
僕達はね、今日が無ければ明日は無いという覚悟で挑んできたんだ。そして能力無くして敗れた。
だから君達に言いたい。何に挑むにしても常に全力を尽くすべきだと。
君達もいずれなんらかの壁にぶつかる日がくることだろう。もしその時、事成らぬときには必ず後悔することになる。ああ、あの時全力を尽くしてさえいればとね。まあ、僕の場合全力を尽くしきってなお遠く及ばなかったわけだけど…。
そんなわけだ。本当に君達が本気だというならば今できる全力を尽くすべきだ。そして力の限り走り続けるべき。そうやって死力を尽くし、己の持てるもの全てを搾り尽くして、汗の、血の一滴、魂の欠片さえも残らぬ程に搾り尽くして、その果てに辛うじて手に届くかどうか。
そうっ、それこそが誰しもが目指し憧れるっ、限られし者のみが到り掴み取れる究極の頂点っっ!!
……すみません、つい熱くなってしまいました。恥ずかしながらどうにもあの頃の熱が冷めきらなくて……」
…うん、この人のこの想いは解ってはいたつもりだったけど、でも、まさかここまでのものだったとは…。
景山さんの情熱は尊敬に値すると思うけど、でもこれはちょっと暑苦し過ぎかも。
とはいえ、彼の言うことはいろいろと尤もだとは思う。
何かに挑む姿勢と覚悟はきっと彼の如くあるのが正しいのだろう。
景山さんは言っていた。かつて目指した憧れに対する未練が今の仕事を選ばせたと。つまりオレ達は彼の夢と情熱を受け継ぎ……いや違うな、彼の夢は形を変え、そしてオレ達の夢とひとつになったというべきだろう。
そう、彼は紛れもなくオレ達の同志、SCHWARZの一員だ。暑苦しいのはちょっとアレだけど…。
景山さんからの忠告ともいえるアドバイスを受け、改めて今後の方向性と方針について話し合った結果、SCHWARZは河合とオレの双方の特徴を活かした形で活動をするということになった。虎谷の言ってた形だな。
オレの思っていたより若干予定が早くなってしまったが、そこは河合に我慢というか苦労してもらうということで……まあ仕方ないよな。
というわけで、まずは週末のライブをがんばるとするか。
※1 この『なおざり』と『おざなり』という言葉、読者の皆様はその違いが解りますでしょうか? 正直作者は違いがよく解っていませんでした。というか片方が間違った言葉という認識で、それぞれ別の言葉とは思ってなかったんですよね。
『なおざり』とは『なおせざり』ということで『敢えて放置』という意味合い。因みに漢字では『等閑』と書くそうです。
一方『おざなり』は漢字では『御座形』と書き、『宴席での形だけの客あしらい』から転じて『いい加減な対応』という意味合いになったそうです。
※この後書き等にある蘊蓄は、あくまでも作者の俄な知識と私見によるものであり、必ずしも正しいものであるとは限りません。ご注意ください。




