スカーレットと森越学園学園祭 -入場-
バスを降りると桜紅葉が出迎えた。秋といえば楓の紅葉か銀杏の黄葉のイメージだが、この色づいた桜も悪くない。
風に舞う落葉を手に取れば……。
あっ…。
あっさりと崩れてしまった。そんなに力なんて入れたつもりなんてないのに…。
「ちょっと、なにボーっとしてんのよっ。早くしないと始まっちゃうわよっ」
「ああ、すまない。なんかこの風情のある景色に見惚れてな」
急かす美智佳にこう応えてみたけど、やはり音楽をする者としてはこういう感性も必要だと思う。
「なに似合わないことを言ってんのよっ。
ほらっ、さっさと行くっ」
いや、美智佳の言うことも尤もだけど、でもさすがにこれは急かし過ぎじゃない?
「もうっ、ミッチーってば~っ。そんなにあの子と会うのが楽しみなんだ~」
「ちょっとっ、どういう意味よっ⁈
私はただ時間が無いから急ごうって言っただけでしょっ!」
美緒はこうして揶揄しているけど美智佳の言うことは間違いではない。
ここの学校の軽音楽部の部員はなにげに実力が高い。それは同じ『WYVERN』をホームとするアタシ達がよく知っている。特にマスタードボムなんてプロデビューが決まっていると噂されてるっていうし、ならば当然学校ライブといえど観に集まる者も多いだろう。
「ええ、できれば前列の方で観たいし急いだ方が良いかもね」
明美が場を収める。さすがはうちの頼れる参謀、ナンバーツーだ。
「よし、それじゃ急ごうか」
みんなの意見が纏まったところでアタシ達は目的地へと歩みを速めることにした。
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「うっわぁ~、すっごい人集り~」
美緒が呆れたように零す。
それもそのはず。道沿いの桜紅葉を袖にして、急いで門を潜ってみれば溢れんばかりのこの人の数。いったい何のお祭り騒ぎかと言いたくなる。…って、学園祭ってツッコミはナシね。
「はは…、さすがはアイドルの通う学校。私らの通ってた高校とは豪い違いだわ」
剰りの凄さに美智佳も唖然として立ち尽くしている。
そりゃあ無理ないわ。
これじゃ誰だって足は止まるってものよ。アタシだって同じだもの。
「同感。
でもこれってさすがに私達みたいな軽音楽部のライブが目的ってわけじゃないでしょ。正直それだけが救いだわ…」
確かに明美の言うとおりだ。
「…って、そうよっ!
こんなことで時間を喰ってる場合じゃないわよ!
早く行って場所を良い場所を取らないとっ!」
はっ! 確かにっ!
明美の言葉に美智佳が正気を取り戻した。
そしてその美智佳の発した言葉にアタシ達も正気を取り戻す。
アタシ達は会場へ再びその足を動かした。
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急ぎ足で会場に着いたアタシ達。
既にいくらかの人数は居たけど、それでも結構前の方の場所を取れたと思う。
因みに先客の多くはこの学校の生徒達…だと思う。みんな同じような制服を着ているし多分間違いないだろう。
「思ったより早かったみたいだな。まだそんなに集まってないみたいだし、これならもう少しくらいゆっくりしててもよかったかもな」
開演の11時までまだ約一時間、さすがに慌てて来すぎたかも。
「う~ん、確かにね~。一般客入場の時間からまだそんなに経ってないし、それにこの学校の子達は時間までは他のことしてるんだろうし、なによりもアマチュアバンドのライブなんだからそんなに興味が無いのかもね~。
だから多分、集まって来るとしたら、本命のトリが出る最後の頃ってとこじゃないかな~?」
「あ~、納得。確かに美緒の言うとおりか。
普通のやつってアマチュアバンドになんてそうそう興味なんて持たないもんね。
もしあるとすれば学校のアイドル的存在がバンドをやってるってパターンだけど、本物のアイドルが存在する中にそんなのがいるとは思えないし。結果美緒の言うことが正解になるってことなるんだろうな」
特にこの学校はそれが顕著だと思われる。
男性の御堂玲は有名過ぎるし、女性は花房咲に加藤香織とトップアイドルがふたりもいる。とてもではないけどこの子達に対抗できる存在がいるとは思えない。
「ある意味この学校の子達って、恋愛方面じゃ不憫よね。身近にこんな子達がいたらどうしても比べてしまうだろうし、とてもじゃないけど相手が見つかるとは思えないわ」
あ~、こっちも納得。明美じゃないけどこればっかりは仕方ないよな。
普通は理想と現実は分けて考えるところだけど、理想が現実に目の前を歩いてればそりゃあ夢だって見もするってもの。確かにそれは不幸だわ。
「え~、そうとは限らないんじゃない?
この学校の子って結構レベルが高そうだし。ほら~、例えばジュンくんとか。
あの子って女の子みたいに可愛らしいし、女の子にもモテモテみたいだったでしょ。
だからそういう子って案外結構いるんじゃないかな~」
「あ、言われてみればそうかも。
てか、今思い出せば、あの時のひとりって、アレ多分加藤香織だよな…?」
美緒の言葉にあの時のことを思い出してみれば、とんでもないことに気づかされた。
「ああっ、言われてみればっ!」
やっぱりか。美智佳も肯定しているしアタシの思い違いってわけじゃなさそうだ。
「はぁ~、なるほどね。そりゃあ詮索するなって言うわけだわ。
まあ、あの子のあの凄さを考えれば加藤香織が靡くのも納得だわ。
私がもう少し若ければアタックしてみるのもアリだったかも…。否、がんばればなんとかいけるか…」
「ちょっと、ちょっと、ちょっと~っ⁈
私としては冗談で言ってたつもりなのに、なにをマジに考えてんのよ~っ⁈」
いや、マジでかっ?
動揺し捲ってる美緒じゃないけどアタシも普通に驚いたぞ。まさか美智佳、本気で言ってんじゃないだろうな…⁈
「ちょっと、冗談になってないわよ。あなたの歳じゃ剰りに無理があり過ぎでしょ。それでもっていうんなら、不本意だけど通報するわよっ」
「ま、待てよっ! さすがにそれは洒落にならないってっ!」
剰りにも馬鹿なことを言う美智佳だけど明美のこの対応も困る。こんな不祥事でバンド解散なんてとてもじゃないけど笑えない。
「なんでだよっ⁈ 相手は一応高校生だろ?
私だってまだ20歳なんだから仮に相手が16歳でもそれならまだセーフのはずだっ」
ちょっと、美智佳ってば本気なのかっ⁈
普通に歳上ってだけでも抵抗があるだろうに4歳差ってのは身の程知らず過ぎだって。
「ちょっとっ、あなた本気なわけ⁈
一応訊くけど結婚可能年齢が18歳以上ってこと解ってるのよね?
それ以下の子に手を出そうってのは仮令相手が男の子だったとしても犯罪よ」
全く明美の言うとおりだ。もう少し常識ってものを考えろって。
「それはやめといた方がいいんじゃな~い?
相手には加藤香織がいるんだし、他の子もみんなミッチーより若いわけだし、オバサンのミッチーじゃ全く勝ち目は無いと思うんだけどな~?」
「誰がオバサンだっ!
それにそれを言うならば美緒もみんなも同じだろっ!
それになにが勝負にならないだ。相手はみんな子供じゃないか。ならば大人の色気で一発だ」
「だから、それはダメだって言ったでしょっ。
幼気な子供にそんな真似なんて絶対認められないんだからっ」
おいおいおい、なんなのよこれ。これじゃ全く収拾が着かないじゃないか。
美緒のオバサン発言に、美智佳の問題発言。明美は変に熱くなり過ぎだし、これってどこからツッコめばいいんだか…。
う~ん、まずはやっぱり美智佳だな、こいつが物事の発端だし。それに…。
「ちょっと美智佳、さすがにそれはないだろう。
だいたい大人の色気っていうけど、それで痛い目をみたのを忘れたのか?」
ああ、言っててつらくなってきた。あんな黒歴史なんて、もう二度と思い出したくなんてなかったのに……。
「ごめん。さすがにそれはなかったわ。
それをやってたら引かれること間違いなしだろうしね…」
「「……………………」」
ああ、余計な発言なせいでみんなして沈黙してしまった。
普段なら場を纏めてくれるはずの明美まで黙り込んでしまってるし、やはりこの話に触れるのはアタシらには絶対にタブーだ。
※1 日本における婚姻可能年齢は基本的に男女共に18歳以上となっております。また性的同意年齢は16歳以上で、同年代を除き16歳未満との性行為は同意の有無にかかわらず犯罪ということになっているようです。
と、以上のように説明してみましたが、それならその処罰条件に該当しなければ大丈夫、同年代同士ならOKよって奨めているわけではありません。
そんなわけで思春期の皆さんに一言、倫理的な問題ということもありますが、一番の問題は相手に対して責任が持てるかどうかです。なのでそういう行為は社会的に自立できるようになってからにしましょう。
※この後書き等にある蘊蓄は、あくまでも作者の俄な知識と私見によるものであり、必ずしも正しいものであるとは限りません。ご注意ください。




