よ~く考えよう。保険は…以下略
今回のサブタイトルは有名な保険会社のCMに因んだものです。
一応途中からは略としていますけど、その前のフレーズだけでアウトかも…。
瓶子達からの勧誘を受けたオレは結局SCHWARZの暫定メンバーとしてキーボードを担当することとなった。
暫定なんていうと往生際が悪いって思うかも知れないけど、そこはまだ問題が残っているのだから仕方がない。そう、オレの正体をいかにして隠すかという問題だ。
まあそれについては知ってるやつは知っているのだが、それは基本この学校のやつくらいなので外来のやつらにまでそれを積極的に明かすつもりはない。『JUN』の名はそれなりに知られていても個人情報まで知られているわけではないのだ、ならばやはりそこは明かさずにおくのが賢明というものだろう。
「おい、なんの冗談だよ、そのふざけきった格好は」
暫くこの場を離れ、ステージ衣装を見繕ってきたオレに河合が呆れ塗れの言葉を投げ掛けてきた。
「知らねえのか? 魔法少女マジカルリリーのリリーこと遠野百合だよっ」
オレは模擬店で買ってきた面をずらしてそう応えた。
「うおっ? …て、男鹿…だよな?」
おい、河合、顔を見せたのになんで疑問形なんだよ?
「マジかよ…。まだ面を被ってた方が解るってのはどうよ?」
木田もかよ。
「うん、同感。なるほどここまで化けるんならアキと同一人物だってのも納得」
そして虎谷も。
念のために説明しておくが別にアニメキャラの全身コスプレをしているわけでない。ただその面を被っていただけだ。
まあ、その代わりに多少の変装はしているのだが。
……そうだよ、女装だよ。
万が一に備えて常備していた亜姫用のウィッグやメイク道具と購買で購入した女子用の制服によるものだ。といってもさすがに亜姫になるのではそれもまた問題になりかねないので別バージョンのアレンジである。
しかし、万が一の備えが本当に役に立つだなんて…。
結局のところ男鹿純としての正体を隠すならやはり河合達の言うようにこうなる。
早乙女純との関連性については、まあメンバー達や知り合いには疑われる可能性も無いとはいえないが、そこは佐竹に二代目を譲ったお陰で今や別人物となっている。まさかオレが初代だなんて思うわけもなく、ただ似ているだけと認識するのが関の山だろう。
なお、亜姫についてはもう諦めている。といっても仲間内限定でだが。一応口止めはしているけど、それでも河合達に明かした時点で剰り期待はできないだろうしな。
「正直返答に困るな。確かにスキルの習得は喜ばしいことなんだろうけど、でもそれが女性用スキルってのがなぁ…」
そう、女装スキルなんて身に付けたところで普通は使うことなんてないし、使うような事態だなんて考えもしないものだ。女性キャラへの変身願望なんて精々がゲームの中くらいで、それでもなりきりのロールプレイをしようなんてやつはそういない。況してや現実でならばなおさらだ。黒瀬みたいなやつが例外なのだ。
「はは…。そういえばお前ってしっかりアキってキャラになりきってたもんな。あれはどう見ても完全に女の子だったし、木田のやつなんて…って、だから拳を振り上げるなって」
河合のやつ、まだ懲りていないのかよ。同性にそんな目を向けられるのは想像以上に気持ち悪いってのに。
もう一度殴ってやろうと思ったけれど、さすがに人目がある中で何度もってわけにはいかないか…。くそっ、命冥加なやつめ。
「そんな馬鹿なことはともかく、それなら確かに誰もお前だとは解らないだろうな。
正直そのふざけた面って要ったのかよ? どうしても気になってしょうがないんだけど」
空気改善と思ったのか瓶子が話の論点を面に移してきた。
「あ~、それそれ、俺も気になってたんだよな。いや、キャラのことじゃないからな」
それについては他のメンバー達も同様に思っているようで木田もそれに続いてきた。
なお、後半の台詞は先ほどのオレの返しに対するものだろう。ボケは要らないってことだな。
「そこのところは保険だな。
一応は同じ女装なんだし、なんだかんだで亜姫とは似たところが出てくるだろ、だからそこから目を逸らさせるための面なんだよ。
どうやら今の言葉を聞くにオレの目論見は巧くいってるみたいだな」
「全く、用心深いことだな。でもそれを着けるんだったら化粧とかは要らなかったんじゃねえの?」
オレの答えに納得がいかなかったのだろう、河合がこんなことを返してきた。確かに聞けばそのとおりと思えるだろうが実際はそんなわけがない。
「馬鹿言ってんじゃねえよ。まさか面を着けたままで演奏すると思ってるのかよ?
いくらなんでもそれはないって、さすがのオレもそんな実力なんてないからな。だから本番じゃずらしてから演奏するつもりだよ」
シンセサイザーの扱いについては多少は慣れてきてはするけど、それでもやはり日は浅い。とてもじゃないけど悪い視界で演奏なんて無理がある。これがピアノとかだったなら、慣れてるし違ってくるんだけどなぁ…。
「あ~、さすがにそうだよね。でもそれって気にし過ぎなんじゃないの?
それだけ完璧に化粧できてればそうそう解るものじゃないと思うけど」
確かに虎谷の言うとおりだろう。
ちゃんと化粧のしかたには気を配って別のイメージになるようにしたつもりだ。長年に培ってきた技術だけにそれだけの自信もある。
だが、それでもやはり念を入れておかないとどこか不安があるんだよなぁ。
「まあこればっかりは仕方ないか。本人がちゃんと納得できないと不安は拭えないだろうからな」
そういうことだ。当に瓶子の言うとおりなのだ。
もちろんそれだけじゃないけれど、それでも気持ちの問題も大事だろう。というわけでの保険である。
そう、これは保険 なのだ。無駄に終わる可能性は高くともやれば安心できるのだ。
まあ実際は転ばぬ先の杖 って形に近く、こっちに先は依存する形なのだが。
ともあれ、せっかくこうして手を打ったからには奏功となってほしいものだ。できればオレとの関連だけでなく亜姫との類似性についても気づかないでいてほしい。
オレ達がそうこうしているうちに遂にSCHWARZの出番がやってきた。
※1『転ばぬ先の杖』とは『将来に起こるであろう災いに備えておくこと』という意味なのはご存知のとおりです。一方で『保険』という言葉の意味は『将来に起こるであろうリスクに対する備え』のこと。
意味合いはどちらも同じですが、個人的には先に備えるのが『転ばぬ先の杖』で、後から補うのが『保険』のイメージ。『保険をかける』という行為で初めて『転ばぬ先の杖』という意味合いになるものと思っております。つまり『杖』が『保険』に当たるわけですね。
これをゲームに喩えるなら『転ばぬ先の杖』で備えるのが『装備品』等で、特に武器や盾等の積極的に使うことが前提の物。『保険』で用意する物が『回復アイテム』のような使われないことが望ましい物というイメージです。
で、作中の場合、結果はどうあれ既に対策を実行しているので前者だといっているわけです。
※この後書き等にある蘊蓄は、あくまでも作者の俄な知識と私見によるものであり、必ずしも正しいものであるとは限りません。ご注意ください。




