謎の彼女の正体は… (真?)
軽音楽部ライブ午前の部のトリは黒瀬の所属するマーキュリークイーンだった。
まあこんな言い方をしているけど、一応プログラムは発表されているし、なによりもオレの関わるSCHWARZも参加しているイベントだからそのことについては知っている。
ただ、こんなアマチュアバンドのメンバーなんて一般の観客が知るわけもなく、それを知る者は関係者か、もしくは昨日のミスコンで彼女に興味を持った者くらいの者だろう。もちろんオレもその後者である。
そんなわけで彼女の登場に会場は哄めき の声を上げることとなった。
いや、これだけでは説明としては不十分か。確かに黒瀬はミスコンで準優勝する程の美少女ではあるが会場が騒つく理由はそれだけではない。
「ええっ⁈ 嘘っ⁈ あの子ってっ⁈」
「うん、あの子って以前デスペラードに加入していたアキよね?
あの子ってうちの学校の子だったんだ…」
奈緒子が驚きの声を上げた。
そして高階がそれに続く。
満智子もふたりと同様の混乱ぶりだ。いや会場の他の観客達と同様というべきか。
そう、黒瀬は一時期デスペラードにゲスト加入していた亜姫と容姿が似ているのだ。さすがに佐竹と早乙女純のような生き写しってレベルではないが、それでもやはり遠目に見るには違いが解らないからな…。
「あれは別人だよ。格好を似せているだけのな。
黒瀬っていう軽音楽部の一年生の子なんだけど、昨日のミスコンを見てなきゃ解らないか」
正直オレも知らなかった。あんな一年生がいただなんて。
おそらくは例のオーディションに参加していなかった子なんだろうな。
「へぇ~、ミスコンですかぁ~。
でも意外ですねぇ、男鹿先輩って、てっきりそういうのに興味が無いものとばかり思ってたのに。
やっぱり先輩も男だったってわけなんですね。このむっつりスケベっ」
「誰がむっつりスケベだっ、人聞きの悪いっ。
だいたい昨日のミスコンはアイドルイベントの序でだよっ。毎年香織ちゃんに誘われてるからな」
奈緒子のやつ、相変わらず他人の揚げ足を取ってきやがる。
「でもあの子に興味を持ったってことに変わりはないわけでしょ?
男のくせに言い訳なんて見苦しいだけですよ」
しかも執拗い。くそっ、どうにもこいつとは馬が合わない。
「そりゃあ知り合いと似ていれば気にもなるってものだろ?
それよりもお前、そんな風に捻くれたものの見方をしてばかりじゃそのうち友達を失くすぞ」
というか敵を作るようなことばかり言っていたらというべきか、ともかくろくなものじゃない。本当将来が心配になる。
「そういえばアキさんって男鹿先輩が見つけてきたんでしたよね。彼女もこの学校の生徒だったりするんですか?」
高階がスルーするように話を逸らしてきた。これは幼馴染みに対するフォローなのか、それとも単にどうでもよいと無視しただけか…、まあそんなのどっちでもいいか。
「悪いけどそれについては答えられないな。個人のプライバシーに関することだし」
「あ、そうですよね。すみません、配慮が足りませんでした」
うん、こういう素直なところは高階の美点だな。こいつら幼馴染み同士だってのになんでこうも差がついたんだろうな。謎だ。
「お、それよりも始まるぞ」
そんな高階を責めるのも気が咎めるので、この機に 合わせ話を逸らせることにしよう。
「うん、やはりこの子はオーディションの時にいなかったみたいだな。いれば間違いなくSCHWARZにスカウトしたかったレベルだ」
黒瀬の歌を聴いたオレの感想はこれだった。まあさすがに即プロにってレベルではないけれどアマチュアとしては結構高水準だと思う。
歌唱力はそこそこある。
バックの演奏との息も合っており、連係具合も悪くない。
MCもなかなかで場を盛り上げる術をよく心得ている感じだ。
ルックスもミスコン準優勝というだけあって当然良い。
うん、なかなかの逸材だ。
強いて欠点を挙げるとすれば、小柄さ故の体力の無さか。
「あ…、ダメだこいつ。実力は有ってもオレとの相性は最悪だ…」
「えっ? どういうことですか?
実力が有るのに男鹿先輩との相性が最悪だなんて?」
オレの漏らした言葉に高階が不思議そうに問い掛けてくる。
「そうですよね。なにが悪いのかは解らないですけど、これだけの実力が有る子をそんな風に言うのってもったいなくはありませんか?」
満智子もやはり怪訝そうで、こんな風に諭してくる。
確かにそれはそのとおりだろう。客観的にみれば間違い無くそうに違いない。
「もしかして嫉妬ですか?
自分よりも有望そうな子が現れたからってそれはないでしょ」
「そんなんじゃねえよ。そういう基準で他人を判断はしないっての」
奈緒子にそうは応えてみたものの100%そうと言いきれないのが複雑だ。
いや、嫉妬が有るってわけじゃない。断じてない。欠片すらも有りはしない。
ただ相性が悪いってだけだ。他人に説明はできないけど。
そう、説明するわけにはいかないだろうな。仮令こいつの正体を知ってるやつが結構いるとしてもだ。
理由? まあアレだ。言いたくはないが同族嫌悪ってやつである。
認めるのは癪に過ぎるし、断じて認めたくはないが、それでも客観的にみればそうとしかいいようがないだろう。
なぜならば……。
こいつ、おそらくは男の娘だろうからなぁ…。
うん、違う。絶対に同族なんかじゃない。オレは断乎として否定する。
こいつがどういう理由でこんなことをしているか知らないけれど、とにかく関わらない方がよい相手には違いない。
間違えても亜姫の正体バレは許されない。特にこいつには絶対だ。
うん、本当にこいつとは相性が最悪だ。
※1 この『哄めき』という言葉は、他に『響動めき』『響めき』とも書かれるようです。『響めき』とする場合『響き』と紛らわしいので注意が必要です。
ここでは『音』ではなく『声』であることを表したかったので『口』のついた『哄めき』の方を採用しています。
※2 よく間違えるのですが『この期に』ではなく『この機に』が正しい言葉です。
『機』とは『チャンス』のことで『期』とは『決められた日時』のこと。つまり『機』とは『つかむもの』で『期』は『至るもの』って感じでしょうか。
因みに『期』だと『この期』となり、『この期に及んで~』と悪い場面で使われることが一般的です。
例を出すなら「この期に及んで諦めが悪いやつめっ。これを機に素直に改心しやがれっ!」みたいな感じになります。
……いや、別に欲求不満を溜め込んでいるわけでは…。
※この後書き等にある蘊蓄は、あくまでも作者の俄な知識と私見によるものであり、必ずしも正しいものであるとは限りません。ご注意ください。




