純、聞き込みをする
フェアリーテイルのやらかしについての対策が決まったところで……って、実際は決まったなんていえるようなものではなく、成り行きに合わせて臨機応変に対応するっていう消極的な結論なわけで、つまり問題の先送りなわけだがこれは仕方のないことだろう。
そんなわけで目下は英気を養うことでそれに備えることにした。現実逃避ともいえる行為だけど、くよくよと鬱ぎ込むよりはマシだ。
「あ~、でもやっぱり周りの反応ってのは知っておくべきか」
というわけで、まずはレナ達の太鼓持ちふたりの意見からだな。
「正直腹の立つ話だけど、一応はふたりが納得して受け容れている以上俺達がとやかくいえる話じゃねえよ。
ただもう少し言い方っていうか、やり方ってのを考えてほしかったってのが本音だな」
大宮の反応は凡そ予想どおりで、レナ達ふたりの意見を尊重するというものだった。当事者が前向きに受け容れているんだから、他人が引っ掻き回す必要がないってわけだ。
まあ慷慨忠直を地でいくこいつらだけに本人並みに腹を立て、そして呑み込むことができたってことだな。さすがは親衛隊を自称するだけのことはある。
「ああ、全くだ。俺達はまだ、側で物事を見ているからふたりのいうことをなんとか受け容れられているけど、そうでないやつらはやっぱりそれなりの反応になるんじゃねえの?」
ただ、多くの者は小宮の言うとおりの反応となるだろう。
フェアリーテイルのファンが憤るのはまだ解る。ある意味当事者みたいなもんだからな。
でも関係の無い第三者までが不条理に閑人騒ぎ出すなんてことを気取るのはどうだろう。実際は他人をネタに騒ぎを煽って喜んでいるだけのくせにな。
こいつらは目的と手段がファン達と逆だ。それだけにそれを黙らせるのは難しい。最初からこっちの意見を聞く気の無い連中だからな。説得を試みても揚げ足を取ろうと待ち構えているだけで話し合いは通用しないだろう。本当に面倒な連中である。
「なによそれっ。本人がいいって言っているのに、それを差し置いてそんなのって可怪しいでしょっ」
「そうよっ。どうせその人達って本当は私達のことなんてどうでもよくって騒ぎが起こるのを楽しんでいるだけなんだから。本当厭になる話よね」
小宮の言葉に不快を示すレナとミナ。
う~ん、ここはツッコミを入れるべきところだろうか。でもこのことではもう責めないと言ったばかりだし自業自得とは言えないよな…。
「お前らの意見は解ったけど、クラスの連中とかの反応はどうだったんだ?」
大宮の言葉じゃないけれど、こいつらふたりはレナ達との距離が近過ぎだ。もう少し客観的立場からの視点の意見を聞くべきだろう。
「ああ、それなら問題は無いって。そりゃあ最初はあれこれと言ってはいたけど、ふたりの説明があってからというもの、今じゃそれがあってこそ今のふたりがあるなんていう重要なエピソード扱いだよ」
ふむ、なるほど。一応クラスの連中は納得してくれているわけか。…って、こいつらもレナ達と同じクラスだったんだな。ならばこいつらもふたりの説得に一役買っていることだろう。威圧とかしてなければいいんだけど…。
「う~ん、なんかお前らの言うことだけじゃ信憑性が怪しいな。
ここは直の意見も聞いてみるべきか」
というわけで、レナ達を残し再び会場入口へ。
「入場料ひとり200円になります」
……って、取るのかよっ。話を聞きに来ただけだっていうのに。
だが払わないと話に応じてくれそうにない。
…仕方がない、払ってやるか。高々200円をケチったなんて変な噂を立てられたくもないしな。全く強かな受付だ。
とまあこんなやり取りはともかく、さっさと本題に入ろう。
受付の話の内容は先ほどの大宮達の言っていたことと変わりなかった。どうやら大宮達が威圧的に受け容れさせたってわけでなく、レナ達の言葉に納得した模様。
「そっか、それなら良かった。
正直心配だったんだよ、あいつらの実体を知った周りの連中が引いていったりしないかってな。
そんなわけだ、これからもあいつらふたりのこと引き続きよろしく頼むな」
ふたりのことを改めて頼んだところで、オレ達は受付を後にした。
さて次は一般客の反応だ。
都合好く出口近辺にひとりの客が居た。
よし、それじゃいってみるか。
「ええっ、もしかしてリトルキッスの花房咲⁈」
はは…、なにもそんなに驚かなくてもいいだろうにな。しかも少し挙動不審っぽくなってるし…。
まあ美咲ちゃんと一緒にいればこういう反応は仕方ないか。
でも制服から察するにこいつも同じ学校の男子生徒なんだよなぁ。そりゃあ相手は憧れの女性アイドルかも知れないけど、それでも同じ学校の生徒同士だろ。もう少しくらい慣れていてもよさそうなもんだろうにな…。
「うん、ちょっと訊きたいんだけど、ここでいろいろと扱われている記事とかってどう思う?」
今度の訊き込みは美咲ちゃんだ。
なおこれは別にこれって思惑が有ってってわけではなく単に話の流れである。
まあ、相手は男子生徒だしオレが訊くよりはいろいろと訊けるかも知れないな。
「ええっ?
…う~ん、なんていうかアイドルっていうのもいろいろあって大変なんだなって思ったってところかな」
なんとも無難な答が返ってきた。
幸い相手の緊張は解けてきているようだけど、それでもやはり嫌われないようにと構えていることに変わりはないってことか。
「そんなに警戒しなくてもいいって。というか今はそんな無難を装った言葉よりも素直な感想を訊きたいんだよ。具体的にはそこに有る記事について」
話が思うように進まないのでオレが代わって話すことにした。
なんか相手は残念そうにしているけど、こればっかりは仕方がない。
「ええっと…、これ?」
どうやらまだその記事については見ていなかったらしい。
「嘘? マジで? このプロデューサーって性格悪過ぎだろ?」
ああ、やっぱりこういう反応になるよな。
見れば美咲ちゃんが笑ってるし。声こそ上げてはいないけど、それでも怺えるなりなんなりともう少し遠慮してほしいところだ。
咲うって漢字にもあるようにその笑顔はまるで花が咲くよう。当に名は体を表すだな…って、その芸名を付けたのはオレだったか。
ああ、認めたくはないけど、可愛いは正義なんてふざけたことをいうやつの気持ちが解ってしまう。全く質の悪い話だ。
いや、今はそんなことよりも話を元に戻そう。
「でも、芸能界って案外そういうものなのかも。結構厳しい世界っていうし。
ただ、ユニット名に毒が含まれていたってのは意外だったな。まさかこんな可愛いらしい名前にこんな裏話があったなんて…。
まあプロデューサー本人がそうはっきりと言ったってわけじゃないし、毒舌で有名な早乙女純の意訳だから必ずそうとは言いきれないけど、でもなんていうか凄い解釈の仕方だよね。
正直、せめて『夢を追う者』っていうところで止めておけばよかったんじゃないかなと思う。一応は夢を夢で終わらせるかどうかは努力次第なんてメッセージ性も有るわけだし」
やはりオレが代わって正解だったな。結構意見を引き出せてるし。
でも、今度は早乙女純か…。
なるほどJUNの命名をこうだと解き明かしたの早乙女純だし、そっちの風当たりが強くなるのも当然か。
「ねえ、これって純ちゃんの方もまずくない?」
美咲ちゃんもそう思ったようで不安そうに訊ねてきた。
「まあな…。でも一応は毒舌キャラで通っているわけだし、そこはなんとかなるんじゃないか、多分」
正直いってオレも不安だ。だからどうしても大丈夫と言いきることができない。
「多分なんだ…」
ヤバっ、余計に美咲ちゃんを不安がらせてしまった。
「仕方ないだろ、こればっかりはなってみないことには解らないんだから。
残念ながらただの希望的観測に過ぎないけど、それでも全く根拠が無いってわけじゃないんだから今はそれを信じるだけだ」
とはいえやはり絶対ってことはいえない。できるのは不安を共有し、気休めの言葉を投げることくらいだ。
「信じる者は救われるってわけだね」
受け取った側の美咲ちゃんもやはりテンションは低い。まあ、所詮は気休めだもんな。
こんな言葉ではあるが、せめて掬われるでないこと祈りたい。ネタ系ではあるけれどこっちも言葉として成立しつつあるからなぁ。全く洒落になっていないよな…。
「まあそういうことだな。
悪いことばかり考えたってなにも良いことなんて無いし、だったらここは気持ちを切り替えるべきだろ?
もちろん反省は大切だけど、それがすんだら次は前を向くべきだ。
大事なのは済んだ過去なんかじゃなく、これからの未来なんだから」
マイナス思考は何も生まない。否、新たな不安を生むだけだ。
ならばここはポジティブにプラス思考で失敗をバネにすることを考えるべき。
実際はいきなりそんなに都合好くってわけにはいかないし、物事もそう好転はしない。だけど機会はきっとくる。
今はそれを信じて英気を養うべきだろう。
……って、結局はこの結論になるんだな。
まあいいか。同じ結論に至るってことはこれが最善ってことなのだろう。
「うん、そうだよね。それに失敗した分は取り戻していけばいいだけだもんね」
美咲ちゃんも賛同とばかりに笑顔で返してきてくれた…ってか、美咲ちゃんはさらに前向きだ。
ははは…、なんで気付かなかったのだろう。励ますつもりが逆に教えられることになろうとはな。
「うん、さすがは美咲ちゃんだ。
やはり美咲ちゃんが言うと説得力が違うよな」
「え? そうかな?」
オレの言葉に美咲ちゃんが照れたように応じて笑う。
ただ、なぜこう言われたかについてはあまりよく解っていないみたいだけど。
でもなんとなくといった感覚では理解していると思う。言葉にするのが苦手なだけで感覚的に聡いのが美咲ちゃんなのだから。
「ああ、間違い無い。なんてったってあれだけおバカアイドルなんて揶揄されながらも日本アイドル界のトップに君臨しているわけだし、これほどの実例は他には無いんじゃねえの?」
悪戯心が湧いてきたので美咲ちゃんを弄ってみる。
いやだって、なんか素直に褒め続けるのってなんとなく照れ臭いんだよな。
「そ、それはそうだけど、でもだからってここで例に出さなくたっていいじゃないっ。
もうっ、純くんの意地悪っ」
ぷくっと頬を膨らませ拗ねる美咲ちゃん。
でもオレにとっては最も身近な実例であることには変わりないんだよな。
特に高校受験の時の出来事なんかがよい例だろう。
いかに推薦入学だったいえど、それまでの成績は決して振るっていたわけではなく、加えて生徒会選挙の件では学校側を敵に回して推薦自体が危うくなったりもしたのだ。
それを考えれば、今回の件だってきっとなんとかなってくれると、そんな風に思えてくるってものだ。
ああ、美咲ちゃんのお陰で気分が上向いてきた。
うん、きっとなんとかなる。なんだかそんな気がしてきた。
「レナ達も待っていることだし、そろそろ戻ることにしようか」
胸の痞が取れ清々としたオレは美咲ちゃんを促し会場を後にした。




