フェアリーテイル、久々にやらかす
「ねえ、途中で脱けてきちゃったけど本当によかったの?」
罪悪感に駆られたのだろう、美咲ちゃんが不安そうに訊ねてきた。
「良し悪しを問うというのなら当然褒められた行為ではないけど、美咲ちゃんの都合を考えるなら間違い無く好かったといえるな。
今でこそ閑古鳥が鳴いている状態だけど、客が集まりだしたらまず脱け出すことは難しいだろうからな。なんてったってうちに来る客の多くが美咲ちゃんが目的なのは間違い無いし。
だから今のうちにあの場を離れたのは正解だよ」
もちろんなにもすることが無く閑を持て余していたってのもあるけど、やはり美咲ちゃんのためってのが一番の理由だ。
「まあ、そんなわけだ、せっかくだし今年は去年までの分を取り戻す気で楽しもうぜ」
手段は少し強引だったけど、それでもこうして時間を作ることができたわけだし、その分美咲ちゃんにはいろいろと楽しんでほしいところだ。
「去年までの分? 私は毎年しっかりと楽しんでいるけど?」
まあ、それは確かにそうだろうけど、それはあくまでも学園祭の楽しみの一部でしかない。いつも仕事で周りを楽しませているんだし、偶には楽しむ側に回ってみたっていいと思う。
「いや、それならそれでいいけどさ。
ただ、美咲ちゃんは去年、一昨年と模擬店巡りはできていないだろ。
といっても、そこは補習だったんだから自業自得ではあるんだけどな」
「もうっ、純くんのいじわるっ!」
はは、拗ねてるし。
でもそんな姿も可愛らしい。
これだから美咲ちゃんを弄るのは止められないんだよなぁ。
ああ、念のためにいっておくけど、これはイジメじゃあないから。これはあくまでも軽く揶揄っているだけで、本人もそこは解ってくれている。
そんな風に言えば「加害者ってのはみんなそういう風に言うんだよ!」なんて責められそうではあるけど、でも、それでも違うと断言できる。だって本気で嫌がっているのならあんな笑顔を向けてくるわけがないもんな。
まあ、だからといって全く気を悪くしてないってこともないだろうけど。後でなにかフォローを考えておこう。
「ああ~、まだ観て回るにはちょっとばかり早かったか…。でもそのタイミングじゃないとこっちも脱け出すなんてできなかっただろうし、そこは仕方の無い話か」
模擬店はその殆どが開店から間もないせいかイマイチ盛り上がりに欠けていた。
「でも結構人の集まってるところも有ったよ」
確かに有るには有ったけど、でもそういうところは……。
「ああ、そうだ。せっかくだしレナ達のところに行ってみようか。今なら多分まだ空いてるだろうし、行っても邪魔にならないだろうからな」
あいつらのところもうちと同じで、そういう目的の客達が集まってくるだろうから、もし行くのならば今のうちだ。
「うん、そうだね。私も気になるし行ってみようか」
美咲ちゃんの言う気になるってのは多分普通に興味があるってことだろう。決め付けるわけじゃないけれど、恐らくは深い考えは無いと思う。
まあそれはオレも同じだ。余り変なことを考えたくないしな。
▼
レナ達のクラスの出し物は……。
「なんだこれ? アイドル『フェアリーテイルのキセキ』?」
どうやら展示会的な催しらしい。
こいつら……。
こういうところは中学の頃から全く変わってないんだな。
まあ当時とは違って今は多少はなりに格好が付いてきているけど、だからって自分からそういうことをするもんか?
会場である教室に入るといきなり声を掛けられた。……美咲ちゃんが。
いや、そこは受付なんだから当然といえば当然なんだけど、ただその声は受付が客に掛けるものではなく、明らかにファンがアイドルに対して掛けるもの。
「お前、そんなことよりも(受付の)仕事はいいのか?」
余程そう言ってやろうかと思ったのだが……って…言ってたか。
まあ気持ちは解らないでもない。なんてったって日本屈指の人気アイドルがこうして目の前に現れたわけだから。
フェアリーテイルの展示会をするようなやつらが、その姉的存在であるリトルキッスの花房咲を知らないわけがないもんな。
入場料金を支払って……って、取るのかよ。まあ200円ではあるけれど、それでも素人の催す展示会だろ…。
些か不満はあるけれど、それでも大人しく払うものを払う。
美咲ちゃんがサインをしたり、握手をしたりしていたけど、他に店番や客は居ないみたいだし、まあいいか…。
美咲ちゃんのファンサービスが終わったところで、それじゃ早速見て巡るとするか。
会場内にはレナ達フェアリーテイルに纏わる数々の展示品が有った。ただその中にリトルキッスに纏わる物も少なくなかったのには苦笑したが。
デビュー祝いに美咲ちゃんと渡した物とかならまだなんとか解る。でも去年、一昨年にオレ達の模擬店から買っていった商品ってのはないだろう。
全く、あいつらどれだけリトルキッスが好きなんだよ。あれじゃ先輩を尊敬する後輩ってよりも、ただの熱狂的なファンだ。
まあその憧憬が高じた結果がフェアリーテイルの誕生に繋がったわけだし、それを否定しきれないところでもある。
その後も美咲ちゃんとふたり、いろいろなものを見ていった。
展示物や記事の貼り紙等、いつの間に事務所の許可を得たのか中には販売用のグッズなんて物も有った。
そして……。
「マジかよ、なにもこんなものまで置かなくたって…」
そこにあったのはフェアリーテイル誕生秘話と書かれた記事の貼り紙。
ふたりがリトルキッスに憧れた理由とかスカウトされた経緯とか、その辺までなら理解できる。
ただその後のプロデューサーJUNが出てきたところからが好くないというか、良くないというか、とにかくいろいろと不都合だ。
全く、なにを考えてフェアリーテイルの命名由来なんてものを公開したりしてんだよ。
オレは慌てて部屋を飛び出すと、急ぎで事務所へと連絡を入れた。
ヤバいぞこれ。
恐らく…否、絶対ネットで炎上するぞ…。




